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90話──漆黒の竜

 





「まいどっ! この一本はサービスだ」

「お、サンキュー」


 キャンディを4本買ったら1本おまけが付いてきた。


「ほれ、どれがいい? プレーンとイチゴとブドウ味だってよ」

「それなら、プレーンを頂きます」


 アルメに渡すと子供が笑うように目を細めた。


「ありがとうございますノゾムさん。遠慮なく頂きますね」

「おう、感謝しやがれ」

「ふふ、はい」


 夕焼けが町をジリジリと焼き始めた頃合い。もうすぐ訪れる夜を肌で感じながらしんみりとお姫様と歩く。けっこうじゃないか。



 赤ん坊の顔くらいはありそうなペッタンコキャンディ。棒がやけに細く感じられる。


 それを持ってペロペロ舐めながら味わう。


「あめ~。疲れた体に甘味は効くなあ」

「ええ、美味しいですね」

「王女様のお口にも合うもんなのか?」

「もちろんです。美味しい物は身分関係なく美味しいものです。それに……」

「それに?」

「最近は、こういう嗜好品はあまりとれていなかったので……」


 と、恥ずかしそうに言うアルメ。どうやらかなり苦労してるらしい。


「なあ、余計なお世話かもしんねえけどよ、そうまでして私財をはたく必要はないんじゃないか? 一応王族なんだし、生活水準くらいは維持すりゃいいだろ」

「いえ。戦争とは国家の大事。そしてそれは王族の責任。民と苦労を分かち合いたいたいのです」

「そうか」


 立派だと感心はするが、やはり共感は出来ないな。人生なんて自分のためにあってナンボよ。


「それに、ノゾムさん達にまともな支援をせずに自分だけ贅沢してはどんな脅しを受けるか分かりませんし」

「おい、人の事なんだと思ってやがる」

「ふふ、冗談です」


 意外なお茶目な一面を見せながら、楽しそうに飴を味わうアルメ。


「でも、周りに苦労させておいて自分だけが楽するのは王として相応しくないでしょう?」

「良い言葉だな。俺の元居た世界の政治家どもに聞かせてやりてえよ」

「元居た世界? そう言えばそんな話も少し聞いたような……ノゾムさんは別の世界から、天使様の導きによって来たのでしたね」

「ああ、異世界転移ってやつだ。本来なら俺はモンスターどもの脳天をぶち抜くカッケえガンスリンガーになってる予定だったんだがな。馬鹿天使のせいでこのザマよ」


 今じゃご存知、愛と正義の変身ヒロインになって戦ってるってわけだ。


「しかし、異世界ですか。にわかには信じられません。こことは違う世界があるなんて」

「まあな。俺も異世界来たのなんて初めてだしな。多分」

「でも、どうして魔法少女になったのですか?」

「んなもん俺が聴きてえよ……」


 ハトエルのくしゃみの事と、やり直し利かずにこの世界に放り込まれた事を説明した。


「そんな事が……その、何と言いますか……不運、でしたね」

「ああ。今思い返しても腸が煮え繰り返ってくる」


 ちくしょう、あのアホ天使め。


「なんか腹立ってきた。よし、このキャンディはハトエルの分だ。少し食ってやる」

「まあ、駄目ですよ意地悪しては」


 と、アルメがふと真顔になった。


「でも、もしノゾムさんがこの世界に来なかったら魔法少女は現れなかったのでしょうか」

「あん? そうだな……」


 たしかに。不本意ながら俺が伝説に語り継がれる魔法少女(別人ではあるが)な訳だが、それは事故でなったようなもんだ。

 もし、あのくしゃみが無かったら魔法少女は現れなかったという事か?


「まあ、わかんねえけどよ。もしかしたら、もっと相応しい奴が魔法少女やってたのかもしんねえな」

「なるほど。たしかに……あっ、ごめんなさい。悪く言うつもりはないのですが……」

「気にすんな。相応しくないのは俺が誰よりも理解してる。つうか、相応しくあって欲しくもないからな」

「……」

「まあ、けど……」


 なっちまったもんは仕方ねえ。


「せめて乙女達の夢を壊さないよう、ほどほどに魔法少女らしくやってくつもりだからそこは安心しな」

「……ノゾムさん」

「ん?」


 アルメの真っ直ぐな瞳がじっと見ていた。


「あの、私……貴方に言いたいことが──」


 お?なんだ?

 まさか、告白タイムなんじゃ──



 そんな、馬鹿げた事で心が浮き立っていた時だ。




 ──ゾクッ──



「!!?」

「っ?!」


 何か──


 どこからか、異様な気配がした。


 それは俺だけでなく、アルメもそうであったようだ。


「い、今何か……」

「ああ」


 なんだ?


 何か不気味な気配がしたが……。


(この感覚……なんだ?)



 ──パリンッ──



「?」


 そして、続いて何かが割れるような音。脳天に響くような奇妙な音だった。

 例えようがないが……何か、代えがたい何かが壊れてしまったかのような。そんな音だ。


「今のは……?」


 途端にふっと不気味な静けさが町に落ち込んだ。


 俺やアルメだけじゃない。そこらに居た他の人間も異様な気配を察知したのだろう。不安げに辺りを見回している。


「な、何なんでしょう。この胸騒ぎは……」

「まさか……」


 嫌な予感が背筋を走った時だった。


 ──グオオオオオオォォォォ……──


「「!!」」


 既に夜へと色変わりした頭上の空へと吸い込まれるような音が響き渡った。

 それは地の底から這い出てくる声のようであり、空を震わせる恨みの咆哮のようでもあった。


 そう、何か得体の知れない存在の咆哮。


「!? ノゾムさんっ、あれ!」

「っ! あれはっ……!」


『グオオオオオオォンッッ』


 町のど真ん中。そこからヌッと現れた闇の塊。

 それが首を伸ばし、翼を広げ、長い尾で夕日を切り裂く。

 一言で言えばそれはドラゴンだ。巨大で漆黒のドラゴンが突如として町の中に現れたのだ。

 しかし、それは少なくとも俺の知るドラゴンとは違った。もっと異質な、禍々しくて邪悪な存在だった。


 闇という物を、別の姿に変えて顕現させたかのような姿。巨大な影。離れたここからでも分かる生気の無い目。体表の皮膚も生物らしさは無く、朽ちた枯れ木を連想させるようなおぞましい物で出来ている。

 翼にいたっては実体が無く、闇の霧が集結したような薄い物だ。


 だが、何より──


「!! やっぱりか!」


 その首元、いや、胸部。緋色に燃える真円の月。

 夕日の光を受けて光るコアだ。


「イクリプスだ……!」

「あれが例の?! なんと恐ろしい……本当にあんな生物を産み出せるなんて……!」


『ゴオオオオオオオオオッ』


 天を震わせる咆哮。それは高く、遠く、深く空に木霊し、俺たちの元にまで降り注ぐようだった。


 町全体が、奴の鳴き声でビリビリと震えていた。

 今まで産み出されたイクリプスの中でも最大だ。


「あいつら! マジで祭りのど真ん中であんなモン出しやがった!」


 ゆっくりと動き出すイクリプス。動きが緩慢なように見えるが、それはサイズ故だろう。

 奴の膝くらいの高さに民家の屋根がある。特撮の怪獣みたいなサイズ感だ。多分30メートル近いだろう。


「くっ、ともかく、安全な所へ避難するぞ!」

「は、はいっ」


「後はお引き受けいたします」


 と、そこへ。いつの間に近づいてきたのか、どこからともなく紳士が現れた。アルメお付きの執事オーネットだ。


「うお、いつの間に」

「アルメ様。ここに居ては危険でございます。既に周囲の兵士が事に当たっております。すぐに避難を」


 アルメは迷うような素振りを見せたが、小さく頷いた。


「そうですね。私が居ては皆さんの邪魔になります」

「さ、早く。ノゾム様。後はお任せしても?」

「おう、任せとけ」


 ここでは人目につく。どこかで変身しなくては。


「ノゾムさん」


 変身出来る場所を探していたら、アルメが名前を呼んできた。

 振り向くと、アルメは真っ直ぐにこっちを見ていた。


「あの。よろしくお願いいたします。この国のためにも……」

「……」

「あ、あと。魔法少女としての振る舞いにはイメージを壊さないよう、くれぐれも注意して下さい」

「おい。今言う事かあ?」


 なんか一気にガクっと力が抜けた。


「たくっ。緊張感ねえのかお前は」

「ご、ごめんなさい。どうしても魔法少女の事になるとつい……出来ればキメ台詞なんかもあるとなお良いのですが……」

「本当に緊張感ねえな?!」


 まったく。キリッとその気になった俺がアホみてえだな。


 だが、お陰で少し肩の力が抜けた。


「心配するなら、報酬金の事を考えやがれ」

「はいっ、必ず。あのっ」

「何だよ、まだ注文か?」

「いえ。……どうかお気をつけつけて」

「……行ってくる」



 オーネットに連れられ、去っていくアルメ。



「さてと……」


 やるか。




お疲れ様です。次話に続きます。

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