80話──別視点⑪〈暮れゆく山に〉
苦渋の決断の退却をしてから数十分経った頃。
「あいつつつ……」
「おい、動くなよ」
「あんたねえ、もっと優しく出来ないの?」
「うるせえ。人の事言えんのか?」
小さな沢の縁で、ジェイドに包帯を巻いてもらいながら、サフィラは苦痛に顔を歪めた。すでに変装は解いており、元の姿に戻ってる。
「ちょっと、そんなにキツくしないでよ」
「たく、うるせえなあ。女は自分がやる時はいい加減なくせに、人にやってもらう時は文句ばかり言いやがる」
「それでも女の子に優しくするのは男として当然でしょう?」
「お前が女の子ねぇ……いてっ!」
パチッと静電気を受けて飛び上がるジェイド。
「何しやがる!」
「フン……」
サフィラはそっぽ向き、小声で呟くように言った。
「悪かったわね。足引っ張って」
「ああ、まったくだ……いって!」
側の岩に座っていたオニックスがどんぶりのような手で川の水を掬って浴びるように飲む。
「ふぅ。それで、どうやって逃げる。ポータルはここには届かんぞ」
「走って逃げりゃいいだろ。あんなノロマなリヒトどもじゃ追い付けねえよ」
「それはそうだが……」
オニックスはチラリとサフィラに目を向けた。
サフィラの怪我は命に別状はない程度のものであったが、それでも無理の利く状態ではない。追手の追撃から逃げながら山道を強行突破する体力は無いだろう。
強行軍は得策とは言えなかった。
「あたしなら平気よ」
と、そこでサフィラが言った。
「あたしはここから自力で下山する。だからあんたらはそのまま逃げてよ」
「お前バカか? そんな事したら捕まるだろ」
「あたしはエルフよ。つまり、別にここに居ても不思議じゃないし、万が一魔術師達に調べられても変装でない事はすぐに分かる」
そう言いながらサフィラは指輪を外し、アミュレットも取り出してジェイドに渡した。
「これ預かっておいて。怪しまれたらマズイから」
「ふむ。たしかに、それならお前は敵中に潜り込んでも問題ないな」
そう言ってオニックスはのそりと立ち上がり、近くに生えていた細い木を掴んだ。細いと言っても、大人の腕ほどはあろうそれを容易くへし折る。
折れ目の尖った木の繊維を岩で豪快に削り落とし、それをサフィラに渡す。
「大した山ではないが、その体だ。無理せずに行け」
「あら、気が利くわね」
頑丈な即席杖を握り、立ち上がるサフィラ。
「それじゃあアジトで落ち合いましょ。もし、あたしが明日の朝まで帰ってこなかったら捕まったと思って」
「おう。行こうぜオニックス」
「うむ。ぬかるなよサフィラ」
三人は二手に別れてそれぞれ山からの脱出を始めた。オニックスとジェイドは峠を越える道へ。サフィラは元の麓への道を。
「ふぅ……」
授かった杖を使いながらゆっくりと下りていくサフィラ。
その足取りは決して快活とは言い難かったが、三本目の支えが良い足となって彼女を安全に下へと導いていた。
「……」
既に午後もさらに回っているのだろう。山の中は少し薄暗く、葉の間をすり抜ける陽光はやや黄金味を帯び始めていた。
「暗くなる前に下りなきゃね……」
そっと呟くサフィラ。大した山でもなければ、麓からそんなに上がった所でもないが、万全な状態ではないため、明るい内に下山する必要がある。今の彼女はレイド・ストーンもアミュレットも持っていないのだ。
そう思うと、サフィラは途端に心細い気持ちになった。今の自分は仲間との繋がりもなければ、切り札もないただの怪我人なのだ。
「ふぅ、ふぅ……」
痛む体に山道はしんどかった。
四天王達にとって魔法少女の力は想定以上のものであった。伝説に語り継がれる強さ、いや、それ以上の凄まじい脅威と言えた。
四天王と一くくりにしても、各個人の間にも実力差はある。サフィラは、己が最も非力な事を自覚していた。
非力と言っても、四天王。一般兵などに比べれば桁外れの実力者ではあったが、それでもサフィラは油断なく動く性格であった。
オニックスとジェイドが真っ向勝負を仕掛けても敵わなかった魔法少女。そんな相手とまともに戦っては勝機はないとサフィラは分かっていた。
彼女が他の三人と比べて優れていたのは、魔法の才能であった。トワールの民は攻撃的な魔弾(エネルギーの塊。純粋な破壊や爆発のみを巻き起こす魔法)は得意だが、それは効率も悪く、効果は単調だ。
しかし、サフィラはより効果的に魔力を使役出来る。それが彼女のアドバンテージだ。何より、電撃属性の魔法には天賦の才があった。
魔法少女相手に近接戦や肉弾戦は圧倒的不利。逆に、魔法少女は魔法攻撃をなぜか使ってこない。
サフィラは他二人の報告から、雷魔法と魔弾による遠距離攻撃こそ有利な戦いだと判断した。そして、接近されないためにイクリプスによる挟撃が有効だと考えての戦闘であった。
しかし、結果は惨敗。オニックスとジェイドが助けに来なければ王国側に捕虜にされていたであろう。
「ふぅ……あと少し…………。!」
「よし、進め」
「周囲を警戒しろ」
下の山道から大勢の人間の気配と、話し声が近づいてきてるのをサフィラは察知した。
「……」
その場に立ち止まったサフィラであったが、ここで考えを巡らし、一つの行動に出た。
「た、助けてっ、誰かー!」
懸命に杖をつきながら、大声で助けを求めるサフィラ。すぐに兵士達が上がってきて駆けつけた。
「動くな! 民間人か?」
「怪我をしてるようだぞ」
「民間人、やられたのか?」
サフィラは小さく唸り、その場に崩れるように座り込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、よ、よかったわ。助かった……」
疲労困憊──これはある程度事実だが──のフリをし、モンスターに襲われたと虚偽の主張を兵士らに訴えるサフィラ。
兵士達は警戒しながらサフィラの身元を調べてみたが、怪しい物は何も出なかった。
「よし、何人か手伝って麓へ送ってやれ」
こうしてサフィラは何人かの兵士らに支えられながら、麓への帰還を果たした。その時には太陽はいよいよ濃く溶け始めていた。
兵士らに支えられながら、サフィラがホッと言う。
「それにしてもラッキーね。まさか兵隊さんがたまたま居合わせてくれるなんて」
すると、兵士の一人がこんな事を言った。
「いや、実はたまたまってわけでもない」
「え?」
「さっき麓で変な三人組に言われてな。『山道に知り合いが居るかもしれないから注意してくれ』って」
「……」
サフィラの頭には、望達の顔が浮かんでいた。
「それじゃあ、気をつけるんだぞ」
「は、はい。どうもありがとう」
麓に着き、兵士らと別れたサフィラは村の通りを歩いた。
「……」
途中、タンカを運ぶ兵士らとすれ違った。乗せられた人間の上には布がかけられていた。
それがいくつも運ばれ、兵士らの表情には暗い影が落ちていた。
「…………」
サフィラはその光景を瞬きせずに見送っていった。
「あっ! やっぱりそうだ! サラさ~ん!」
「うん?」
突然、自分の偽りの名を呼ぶ声が響いたので、サフィラが辺りを見回す。少し離れた場所で小さな女の子がピョコピョコと跳ねながら手を大きく振っていた。
「あの子はたしか……」
歩み寄るサフィラ。
そこには、あの三人が居た。
「サラさん、無事で良かったです」
その中の一人、アイリが優しい笑みで言う。
「あの怪物が現れたから、サラさんが無事か心配しました。でも、大丈夫でしたね」
「……ええ、当たり前でしょう」
「ん?」
と、そこで望が何かに気づいた。
「あれ? お前怪我してんのか?」
「え?」
望は、何時もの不機嫌そうな表情のままサフィラの腕を指した。
「そんな包帯してなかったろ」
「え、ええ、まあ。ちょっと擦りむいて……」
「擦りむいたくらいで包帯なんか巻かねえだろ。しかも、よく見りゃ足にもあるみてえだな」
「っ?」
意外にもよく観察している指摘であった。
「さてはお前……」
「い、いや、これは……」
「イクリプスにビビって派手にこけたな!」
「へ?」
ニタ~っと邪な笑みを浮かべる望。
「くくく! とぼけても無駄だぜ? いつもクールぶって冷静沈着を装ってるが、いざって時は恐怖でパニクってドジ踏む……それがお前の正体だ! クール系ツンデレを被ったポンコツ乙女!」
「……あー。うん。マ、ソンナトコ」
流石のサフィラも上手い返しが出来なかったが、望は満足そうであった。
「よーし、どんな請求をするか。金か、それともご奉仕か」
「パパっ、貴方はいつになれば成長するんですか!」
「うるせえ!」
目の前で始まった親子の追いかけっこを、困惑したように見つめるサフィラにアイリがクスクスっと笑う。
「あんな事言ってますけど、ノゾムさんも心配してくれてたんですよ。三人で山道に行こうかって話してたとこですから」
「あたしを探しに?」
「はい」
サフィラはじっとアイリを見つめていたが、疲れたようなため息を吐いた。
「その、悪かったわね。心配させたみたいで」
「いえ。そんな事ないです。それに、きっと大丈夫って思いましたから」
「なんで?」
「ノゾムさんががそう言ったんです。きっと大丈夫だって」
アイリは満面の笑みで答えた。
「だから安心してって言ってくれたんです」
「……」
「あっ、サラさん知ってますか? 実はあの怪物はホープという素敵な女の子が──」
サフィラはしばらくアイリの話しに耳を傾けた。魔法少女の話に。
しかし、ホープの正体や、居場所などの知りたいような事は何も分からなかった。
お疲れ様です。次話に続きます。




