79話──出揃う四天王
イクリプスの身体が全て消え、地面には砕けて割れた例の水晶が落ちていた。
「ふぅー……終わったか」
イクリプスそのものには慣れてきたが、今回は四天王との同時攻撃だったから苦戦したな。
だが、それでも今回もほぼノーダメだ。
冷静に考えると、意味分かんないくらいこの状態は強すぎる。
「これでこんな格好じゃなきゃなあ……」
つくづく、実力と見た目の解離にやるせないため息が出るぜ。
「ホ~プーー!」
「ん?」
もみじみたいな自分のおててを眺めていたら、空から聞き慣れた声が聞こえてきた。
見上げると、太陽を受けて翼を白銀に輝かせたハトエルがこちらへ降下してきていた。
シュタッと舞い降りるハトエル。不覚にも、その美しい翼のはためきに見惚れた。
「やりましたね! ホープ! またまた大勝利ですっ!」
ひょっとこお面の口から興奮の湯気がポヒューっと吹き出る。
「本当に凄い! 四天王とイクリプス纏めて撃破なんて!」
「おう、こんなもんよ。一丁上がりよ。ところでアイリはどうした?」
「安全な所へ運んでヒールしました! もう元気になってます!」
「おう、一件落着だな」
「はいっ! でも……」
何故か、しゅんっ、と翼を縮めるハトエル。
「ごめんなさい、ホープ。いつも偉そうに言っておいて、全くお役にも立てず。今日も空から見守る事しか出来なくて……」
「……ま、お前は非戦闘員だしな。的確な判断だろ」
「え?」
ひょっとこの口にスポッと指を突っ込む。
「でも、貸し1つな」
「っ、はいっ!」
さて、と。
「それより天使様よ。あそこでのびてる姉ちゃんはどうする?」
「え? あっ!?」
そこでハトエルがやっと気づく。
「あ、あれはっ!」
少し離れた所。窪んだ地面の上で仰向けに倒れている四天王サフィラ。さっきから動かない。
「死んでは、ないよな?」
「と、ともかく、様子を見ましょう」
二人で近寄ってみる。
サフィラはぐったりと倒れていた。
体のあちこちから小さな出血はあるが、大きな外傷があるようには見えない。
しかし、さっきのイクリプス一本投げをまともに食らったのだ。ダメージは大きいだろう。
苦悶の表情そのままに、目を固く閉じている。
「ホ、ホープ。私が彼女を調べてみますから、もし何かあったらすぐ助けて下さいね?」
「トイチな」
「と、といち?」
「警戒料だ。十秒1リルク」
「高っ! ケチ!」
恐る恐るといった感じでハトエルがサフィラに触れる。
「……あっ、大丈夫です! 生きてます!」
「そうか」
とりあえずホッと一安心。流石にタフだが、他の二人に比べたらヤワなようだ。
「しかし、どうしたもんかな。普段ならこんなエロい格好したサキュバスなんかこっそり淫紋でも施してから手錠して持って帰るとこなんだが、あいにく今は魔法少女だから全くそんな気分にならないし」
「普段でもやらないでください!」
でも─とハトエルも唸った。
「うーん。一応敵国の将ですし、王国軍の兵士に引き渡すのが良いんじゃないでしょうか?」
「……」
さっきイクリプスと戦ってる時にチラリと見えたが、兵士達も何人か犠牲になっていた。
今日だけじゃない。
市場でも、砦でも、それ以前の戦場でも。四天王によって犠牲になった王国軍の兵士は多いだろう。
そんな彼らが、果たしてサフィラを捕虜として理性的に扱うだろうか。
「どうしました? ホープ」
「いや。しかし、困ったな……」
出来るならこのまま放置したいんだが……。
と、考えあぐねていた時だ。
──リンリンリン……──
「ん?」
『サフィラ! おい、サフィラ! どうした? なぜ応答しない? おいサフィラ?!』
サフィラから突然男の声が発せられた。
「わ、わわ?!」
驚いたハトエルがピューッと俺の背中に隠れる。
『サフィラ! おい、サフィラ!』
「こ、この声は?」
「落ち着け。相手の通信機だ」
それにこの声。聞き覚えがある。
音の発生源を調べてみると、サフィラのスカートのポケットに見覚えのあるアミュレットが入っていた。嵌め込まれた宝石が光っている。
『おい、どうした? 何かあったのか? おい!』
「……あー、テステス。こちらマイクのテスト中」
『!』
アミュレットから息を飲む声が伝わった。
『サフィラか?』
「え? あ、うん。そう、あたしー! 今日も元気っ、みんなのアイドルサフィラちゃんだよー! てへぺろろ~ん!」
『……お前は誰だ』
俺の完璧なサフィラ再現も虚しく、相手から警戒する声が返ってきた。
『サフィラではないな。誰だ?』
「……あー。俺……私は通りすがりの魔法少女」
『なに?』
隣でハトエルが「ちゃんと魔法少女らしく!」と小声で言ってやがる。
『魔法少女だと? まさか、報告にあった……』
少しの沈黙の後、静かな声が返ってきた。
『……なぜ、お前がサフィラのアミュレットを持っている?』
「えっと。その、借りてるんだ」
『……サフィラは?』
「居るよ。横に。まあ、気を失ってるけど」
『……』
相手は何か考えているのか、少し間を置いたが、極めて落ち着いた言葉を送ってきた。
『という事はサフィラは負けたのか。魔法少女、と言ったな?』
「あ、うん」
『サフィラは無事なのか?』
「一応。意識はないけど、そんな大きな怪我はないみたい」
『お前の名前はティアラ・ホープで合ってるか?』
「合ってるよ」
『……お前はあの伝説に記された魔法少女本人なのか?』
「……」
相手は何か探ってるようだが、これくらいなら正直に答えてもいいだろう。
「違う。私は別人」
『そうか。なら、聞こう。お前が王国に味方する理由は?』
「理由……」
難しい質問だ。ぶっちゃけ理由なんて無えし。
『転移の儀式でバカ天使がくしゃみしたせいで魔法少女になっちゃったの! それで、流れとかノリで協力してるだけなの~! てへっ! ちなみに私はー、アラサーのナイスガイなの~! よろしくねっ! きゃるる~ん!』なんて言う訳にもいかねえしな。
「……魔法少女だから、かな」
『それは理由なのか?』
たしかに。理由になってねえわ。
『まあそれはいい。しかし仮にも、魔法少女は愛と平和を守るために現れる戦士だと聞いているが王国の味方とはな。やはり言い伝えなど都合よく歪曲するものだな』
何か引っ掛かるような事を口にする男。
「今度はこっちから質問いいかな?」
『答えられる範囲ならな』
「貴方は何者?」
『俺か』
相手はすぐに答えた。
『帝国軍四天王が一人のガルネット・ドラークだ。今は全軍の総指揮も担っている。まあ、お前達王国から見れば敵将というやつだ』
「四天王、ガルネット……」
これで全ての四天王が判明した。このガルネットという奴もこの近くに居るのだろうか。
少し探りを入れてみるか。
「貴方はこの王国内に居るの?」
『その質問には答えられないな』
「貴方達の目的は?」
『帝国の勝利だ』
「四天王は何でこんな周囲の村や市場を襲うの?」
『戦局を有利にするためとだけ言っておこう』
「イクリプスはどうやって産み出してるの?」
『想像に任せよう』
「……」
肝心な部分のほとんどが曖昧な答えだ。
「ケチ」
『……』
しかし、これでは埒が明かないな。
仕方ない。
「質問にちゃんと答えなくていいの? こっちには貴方の仲間が居るんだけど」
『魔法少女ともあろう者が人質を盾に脅迫か。見上げた伝説の戦士だな』
「別人だからね」
『……まあ、いいだろう。質問に答えてやろう』
「それじゃあ──」
『もっとも』
相手の声が微かに丸くなった気がした。
『答えは変わらないがな』
「え?」
「!? ホープ!」
途端にハトエルにくいっと引っ張られ、振り向くと素早い影がすぐ目の前に迫っていた。
「なっ!?」
「シャアッ!」
──ドガッ──
「うっ?!」
胸にドンッと衝撃。ハトエルと共にふわっと吹き飛ばされる。
「っ、今のは──」
「せりゃああああ!」
考える暇も与えずに、凄まじい気迫の雄叫びと共に巨大な妖しい光の弾が飛んでくる。
「! これはっ──」
駄目だ、受け止めたら俺は平気だがハトエルは──
「くっ!」
「わっ!?」
ハトエルを抱きしめ、背を向ける。
──ドオオンッ──
「ぐっへえ!」
「ホープ!!」
背中に重い衝撃が走り、身体中にビリっと駆け巡る。
そのまま俺らは宙を舞い、離れた地面に落ちた。
「いってっ」
「わむっ! ホ、ホープ! 大丈夫ですか?」
「ああ、ちっと痛かったけどな。お前は?」
「わ、私は大丈夫です!」
「へっ。ザマー見やがれ。この間の礼だ」
「ふん。しかし、これでは気が収まらんな」
「「!!」」
聞き覚えのある声が二つ。
ハトエルと立ち上がり、さっきまで俺らが立っていた場所を見ると、そこには二人の人物が居た。
「また会ったな、ティアラ・ホープ。貴様との再戦を楽しみにしていたぞ」
巨躯を震わせるようにして肩をいからせる大男。オニックス。
「クックック。こんなにも早くお礼が出来るなんてなあ?」
血走った目と殺意を滾らせる痩せ狼。ジェイド。
四天王の残り二人が、サフィラを守るように構えていた。
「あ、あわわっ!? ど、どうしましょうホープ! 四天王が三人に増えてしまいました!」
「おちつ、いてエンジェルちゃん。大丈夫だから」
わたわた騒ぐハトエルをなだめる。
オニックスとジェイドからピリピリとした闘気が漂ってくる。
「隣に居るのは……ふん、天使か」
「けっ、あのふざけた面の奴が天使か? ずいぶん不細工な顔だな」
「なっ、失礼な! これは私の仮の姿です! それに、このお面だって可愛いじゃないですか!」
「どうどう、エンジェルちゃん」
どうでもいい挑発に乗るなポンコツ。
「それより……参ったね。二人相手か」
まあ、そんなに疲れてはねえけど、今度はこの二人も最初から全力でくるだろうしな。前みたいに簡単にはいかないだろう。
「さて。では始めるか」
「おうよ。今度は手加減無しだ」
二人の体から魔力の波動らしき物が溢れる。周囲の空気が怯えて震える。
「やるしかないか。エンジェルちゃん、どっかに隠れて」
「だ、大丈夫ですかホープ?」
「分かんないけど、やるしかない。見逃してくれる相手じゃないし」
俺も構えをとる。
オニックスはパワー系だ。力は三人の中でもダントツだが、動きは大振りで隙が多い。
ジェイドはパワーはオニックスに劣るが、そのスピードとトリッキーな動きは厄介だ。まずは足から潰さねば。
そんな風に頭の中で戦略を立てていると──
『待て。オニックス、ジェイド』
「ぬ?」
「あん?」
二人を呼び止める声。ガルネットだ。
二人が足下のアミュレットを見下ろす。
「なんだ。今から良いとこだ」
「そうだぜ。邪魔すんなよ」
『いや、そうはいかない。二人ともすぐに退却しろ』
「なにっ?!」
「はあ?!」
二人が揃って意義を唱える。
「馬鹿を言うな! ここでこの間の借りを返すのだ!」
「アホ抜かせっ、それは俺のセリフだ! 俺があいつをぶっ殺すんだよ!」
「貴様は引っ込んでいろ! そんな細腕に何が出来る!」
「んだとデカブツ! テメエこそ漬け物石くらいにしかなんねえくせに引っ込め!」
「なんだと貴様!」
「やんのかコラ!」
『止めろっ! 喧嘩してる場合か!』
なんか喧嘩始めた馬鹿二人をガルネットの声が諫めた。
『斥候からの連絡だ。王都から騎士団率いる部隊が向かっている。すぐにそこから退却しろ』
「そんなもの蹴散らすまで!」
「ああ、返り討ちだ!」
『サフィラを守りながらか?』
「ぬ……』
「う……」
二人が押し黙る。
『まずはサフィラの手当てを急げ。そしてお前達も不要な戦いは避けて逃げろ。万が一ここで誰か一人でも欠けてしまったら作戦に深刻な影響が出る。それに……魔法少女の力は想像を遥かに上回るほど強大なようだ』
「「……」」
オニックスとジェイドは口をへの字に結んだまま俺を睨みつけていたが、やがて二人とも無言のまま動いた。
オニックスがサフィラを担ぎ上げ、ジェイドは落ちていた水晶とアミュレットを拾った。
「ティアラ・ホープよ、勝負はお預けだ」
「命拾いしたなクソガキ。次会った時はテメエの命日になるぜ」
「……早く行かなくていいの?」
「ふん……」
「ちっ……」
二人は山の方へと走っていった。
その後ろ姿をゆっくり見送り、見えなくなった辺りで、村の入り口の方から馬のいななきと蹄の音がいくつも聞こえてきた。
お疲れ様です。次話に続きます。




