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14.お茶会と取引


 リューレと別れてしばらく。

 冬も深まり、王都にも雪が降り積もる日が増えてきた。


 王宮出禁を言い渡されている私は屋敷から連れ出されることもなく、他の貴族のパーティーにも呼び出されることはなかった。


 部屋に閉じ籠る毎日であったが、私の側にはアルドラがいる。

 彼はゆきまんじゅう姿でいることがほとんどで、ぺたん、ぽふんとどこであっても跳ねついて来てくれる。


 別邸で、彼がベッドの下に潜んでいたあの頃が遠く感じる程、穏やかな日々だった。


 冬の終わりまで続くと思ったそれも、王家の者からの呼び出しで終わる。


 第三王子とお茶会だ。場所は、王妃の派閥と敵対している貴族の屋敷。私が妖霊と契約した話は伝わっているようで、王子側より、契約妖霊との同席も許されていた。


 案内されたテーブルは広い温室にあった。

 ガラス張りの向こうは雪降るが、こちらは季節外れの花が咲いている。一足先に春を体験しているようだった。


 待っていたのは、王子と、覚えのある王子の付き人だった。

 記憶で見た――この付き人は妖霊のはず。第三王子の護衛だ。


 まずは一礼し挨拶、招待の謝辞を述べる。王子はにこやかに微笑み、席に腰を下ろすことを許した。



「リトナ嬢、元気そうで良かった。そちらが、例の契約妖霊かい?」


「はい。慣習に則り、守護契約を結んだ妖霊です」



 アルドラは私の足元にいる。ゆきまんじゅう姿であるから、視線の先を判断するのは端目からだと難しいだろう。

 アルドラは、第三王子とその付き人の妖霊を観察しているようだった。



「君と似て、可愛らしい姿をした妖霊だね。人の姿には――、」


「申し訳ございません。人伝に、彼は姿を変えるのは苦手と聞いております」



 私は、妖霊の言葉がわからないことになっている。

 人伝に聞いたといえば問題なく、彼という単語もまた、妖霊を指す言葉として受け入れられるだろう。


 相手は高貴な身分だ。

 会話に知らない妖霊の名を使うのは、認知外の単語を聞かせてしまう事になる。それは礼を欠く行為だ。



「気にしないでくれ。人と同じように、妖霊にも得手不得手がある。少なくとも僕は、君の妖霊の姿を好ましいと思うよ」


「ありがとうございます」


「では、僕と契約している妖霊も紹介しよう。隣にいる彼が妖霊だ。護衛を任せている」



 王子の側で会釈する妖霊に微笑み返す。

 少なくとも、表向きに関しては、友好的なようだ。



「妖霊含め、人払いはすませてある。ここには僕たちしかいない。今回のお茶会は、気を楽にして楽しんでもらえると嬉しい」



 微笑む王子に対し、頷く私と、――アルドラが口にするのは、王子の不義理。



《こちらの背後にいる妖霊を紹介するか下がらせてくれるのなら、俺も警戒せずにいられるんだが》



 私はアルドラの声が聞こえないふりを。王子の表情変化に対する、私自身の反応を考える。


 王子は穏やかな笑みを浮かべたまま、私の反応を見ているようだった。ならば、こちらも微笑みは崩さない。



《×××××、それは下級ではない。姿を現さなくてもいい。潜むならこちら側へ》



 口を開いたのは王子の契約妖霊だ。

 私は何も聞こえない。ただ――タイミング的には今だろうか、無言の王子の様子を怪訝に思い、きく。



「ヴァニタス様、どうかされましたか」


「……無礼を働いたことを許してほしい、リトナ嬢。君の妖霊は、シャルエン家が君につけた優秀な護衛だということを、僕が失念していただけだ」


《そうか……!あのへんてこな姿は、油断をさそうためのもの……さすがはシャルエン家といいますか》



「  、」



 反射的に口から飛び出しそうになった発言を喉で止める。自制しきったのは褒めてほしい。


 ――いや、本当に自制しきっただろうか?

 顔は崩れてないわよね?落ち着け、落ち着くのよ、私。

 

 落ち着いて冷静に考えると、そう。失礼な話だ。

 アルドラ、あなたの姿は世界一。


 好みは千差万別とはいえ、まったく、ゆきまんじゅう素敵な姿を、姿を、……へん、へんてこと言ったわねこの妖霊!!!!!


 触れれば勝手に指が滑るこのさらりとした!!


 手のひらを近づければすべすべした表面が吸い付くような!!!


 そして指を埋めればもちもちとした!!!!


 この素晴らしいゆきまんじゅうを!!あなたへんてこと言ったの?!!!!!


 いいえ、だめよ、落ち着くのよリトナ。

 触れてないからそう言ってしまうの、触れてないから、触れて、


 ならばこの純白の姿に対してへんてこと言ったの!!!!!!??


 この美しい白を!?この神々しささえ覚える白が?!


 本来人を寄せ付けないような輝く白は!楕円の柔らかい曲線によって全てを受け入れてくれるような懐の広さを醸し出し!神の世から人の世に降りたってくれたかのような慈悲深ささえ溢れる……そんな、そんな、ゆきまんじゅうの世界一素敵な姿をへんてこと!!!!!あなたは!!!!!!!!


 がたりと椅子が揺れた音に、ハッと我に返った。

 我に返ったが、おさまらないものはある。



「……ヴァニタス様。私は、年相応のお茶会を楽しむために、私を呼び寄せたとは思っておりません。」



 王子に対するものにしてこれは、本題を早く言えというようなトゲある物言いとなる。

 王子は申し訳なさそうな顔から一転、驚いたような、心底嬉しそうな笑みに変わった。



「シャルエン家の美しい宝石。君は聡明でもあるんだね。――ならば、単刀直入に言おう。僕の婚約者になってくれないか」



 私の婚約者はまだ聞かされていない。

 しかし、記憶通り、立場上最適解となる、第三王子ヴァニタス・アヴィールに決まるはずだ。


 そもそも、婚約者は私の意思で決まるものではない。

 私は家の管理下にある。未来の記憶では私が一目惚れしたことによるものだが、元より通りやすい縁談だった。



「お言葉ですがヴァニタスさま。私に婚約者を選ぶ権限はありません」


「そうだろうか。君自身がシャルエン家に愛されていたからこそ、美しい姿でこの場にいる。妖霊との契約だってそうだ。大事に育てた君の意思を、父は尊重するのではないだろうか」


「……私は父の意向に従うまでです」



 揺れるな、私。

 王子から見た私は、才無しとして生まれながら廃嫡されず、最高の教育を受けさせ、妖霊をあてがうまでに、過保護に可愛がられ愛された娘だ。……王子に悪意は、ない。



「ですが、ヴァニタスさまがシャルエン家に縁談の話を持ち込まれているのならば、私に言わずとも、縁談はまとまるものかと」


「いいや、第二王子――兄も君を気に入っている。王家からの縁談は僕だけではない」



 まさか、私が王宮を出禁になるほどまで王妃の怒りを買ったのは、これが原因なのでは。

 王家主宰のパーティー、あの場に第二王子もいて、気に入られでもしたのだろうか。


 第二王子は王妃の実子だ。これもまた記憶にない未来。困ったことになった、と思う。



「リトナ嬢、君は今、王宮の出入りが禁じられているが――理由について知らされているかい?」


「はい。王妃は私のこの顔を気に入らないと」


「そう。君は君の母の生き写し。これからさらに磨かれ洗練されていくのだろう……、嫉妬する義母がいる兄より、僕の方が楽だと思わないかい?」


「それは……」



 いずれ私はこの国を出る。この国に居続けることは有り得ない。

 ヴァニタス・アヴィールと結婚することもまた、有り得ない事だ。



「学友であり婚約者でもある君となら、僕の学園生活はきっと楽しいものになる。そう思ったんだ」



 私は肯定も否定もしない。シャルエン家で、私の意思は存在しないものになっていると、王子は知らない。


 そうだ、王子だって――未来で出会う彼女を知らないのだ。


 例え私が国から逃げても、学園で出会うあの少女に王子は惹かれるだろう。

 私がいなくても、あなたの学園生活はより良きものになる。――だなんて、ここで言えるはずもなく。



「もちろん、ここで答えなくてもいい。……君への大事な用件はこれでおしまいだ。あとは……そうだな、今度こそ、僕と年相応のお茶会を楽しんでくれると、嬉しい」



 王子は照れくさそうに頬をかいた。

 それこそ、私に見せたのは初めての年相応な姿に、作りものではない笑みがこぼれる。



「わかりました。面白い話は出来ませんが、お付き合いします」


「ありがとう。……ところで……その、君の妖霊は……なんともさわり心地のよさそうな姿をしているね」


「……わかってくれますか」


「ああ。見た目がとても、……少し、いいだろうか」


《俺は護衛の身。契約者以外の接触は拒否する》



 私はアルドラを見た。間髪入れずの拒否宣言は聞こえていたが、私の聞こえない設定を忘れてはならない。



「申し訳ございません。彼は拒否を震えで表します」


「そうか、残念だ」


《……あのようなへんなものに、興味を……》



 また王子の妖霊が私の地雷を踏む。


 なんですって!????また言ったわねあなた!!!

 この、このっ……!何かするわけでもないけれど!覚えてなさいよ!!!!



 一部怒りは混ざったが、好みは千差万別と百回念じることになったが、年相応のお茶会は、談笑多く無事に終わった。






 ×××××






 それは、帰りの事だった。

 王子と王子の契約妖霊に見送られ、馬車に乗り込む。


 アルドラは短く警告するように私を呼んだ。

 でも私は、誰が耳をすませているかわからない以上、聞こえないふりを演じ続けるしかなく。


 その警告の意味に気付いたのは、先客の存在を目にした時。


 妖霊だ――兄の、契約妖霊。



《やぁ、宝石ちゃん。お先に失礼してるよ》



 ただ、兄はいないようだ。良かった、と安堵する。

 聞こえない私は、妖霊の、やけににこやかな声音に反応せず、アルドラを膝に乗せ、窓の外に視線を――



《……あの、リトナお嬢様。取引がしたい。そしてせめて、取引内容を聞き終えるまで、その膝の上のやばいのがあたしを殺さないよう言ってくださいませんかお願いします!!》



 必死な叫びだ、さすがに聞き逃せない。

 視線を女性の姿をした妖霊向ければ、彼女は両手を顔近くまで上げ、目をぎゅっと瞑り、何故だかぶるぶる震えていた。



《傍受無し!様子を探れとの命令で同乗していますが、このお願いと取引については私の独断です!この馬車での会話を契約者含め他の者に話した場合の縛りも受けます!》


「えっと……、」


《私の名はサフ!リトナお嬢様、なにとぞお慈悲を!》



 彼女はサフと言う名らしい。兄の妖霊が、こうも容易く名を教えてくれるなんて。


 状況がつかめずアルドラを見れば――膝の上は軽くなっていた。

 私の隣には人の姿をしたアルドラと、その姿を見てさらに怯えるサフ。余計にわからなくなる。



《……………リトナ、話を聞いてやってくれるか。どうもこいつは、俺のことを知っているらしい》


《はいぃ……!名も姿も魔力も存じ上げませんが、同じ現場に存在してしまった、あの時の恐怖が私の魔力に刻まれているので……!》


《……俺の大事な契約者が、お前の発言で怯えたらどうしてくれるんだ。殺さないから落ち着いて話せ。怯えるな》


《…………ん?殺されない、あたし生きてる。ってことは、当たりだ、良かった……!正直どっちであるかわからなかったんですが、『話が通じる方』で助かりました。あたしの命、繋がりました!》



 ため息をつくアルドラに対して、サフは座席に深く座り直した。

 アルドラのため息とは毛色が違う、危機一髪の何かしらを乗り越えたような、そんな長い長いため息をついて。



《まず、現状の報告をします。リトナお嬢様の、妖霊の言葉を聞き取る耳が機能していると知るのは、シャルエン家で私のみ。私も、契約妖霊様を見るまでは気付きませんでした。すごい演技力です》


「あ……ありがとう。それで……アルドラとはどういう関係で?」


《関係というと、一方的に知っている、といいますか。私が過去参戦した戦争に、リトナお嬢様の契約妖霊さまも参戦していた、ということです》


《昔の話だ。君の生まれる前、百年、いや、もっと前か……?》


《百五十年ほど前の戦争です》



 妖霊が長寿であると、まざまざと見せつけられるような話だ。

 兄の妖霊であるサフは少し怖いが、アルドラが側にいる。そのアルドラの過去が知れるのは、単純に嬉しい。



《かの戦争は、複数の国が絡み、長く続いた大規模な戦いでした。長引くということは、どの陣営にも上級妖霊がついているという事です。片方のみならば、戦争は早期に終結します》


「そうね……歴史書にもそうあったわ。上級妖霊の存在の有無で、戦局は左右されると」


《その通り。私は運良く生き残りましたが、上級妖霊の戦いに巻き込まれたこともあります。――あれはそう、思い出すだけでも、魔力が飛び散るような恐怖。氷の大怪獣、悪魔、暴力……》



 そっとアルドラを見る。彼は眉間に皺を寄せ、《それは俺じゃない》と言った。



《当時、上級妖霊は複数戦線に投入されていました。その中でも“氷”の上級妖霊は二個体。私は敵陣営であったため、我々はそれぞれ『全力で命乞いをすればワンチャンある、まだ話が通じそうな方』と『命乞いのいの段階で死ぬ、相対は死の、話が通じない方』と呼称しており》


《……そんな、呼ばれ方を、俺たちは……》



 アルドラはついに眉間を抑え、サフは《前者でよかった!》と笑顔だった。



《基本“氷”は同じ現場に投入されておりまして。私としては、あの時近くにいてしまったことで感じた死の恐怖を元に、こうして命乞いしたわけです。どうか前者であってくれと願いながら》


《……後者であったのなら、お前はシャルエン家の妖霊という時点で問答無用だったろうよ。本邸も別邸もまとめて真冬にされているだけだ》


《……確かに、私が生きている時点で前者確定……リトナお嬢様、ありがとうございます。おかげであたしはまだ生きて成長できる……あ、そうだ。飴ちゃんあるんですよ食べます?王都の人気店の。契約妖霊様も是非》



 甘いですよ、と流れるままに手渡された飴は二つ。私と、アルドラの分だ。


 アルドラに飴玉を一つ渡せば、すぐに口にいれ、ばりぼりと噛み砕いていた。《威嚇しないでくださいって、毒なんて入ってません!》そう、サフはわざとらしく怯えていた。


 包みを開き、ころりと口に入れた飴玉は、言われた通りに、甘い。


 こんな表情豊な妖霊が、兄と共にいた妖霊と同一個体とは思えなかった。

 この甘さがサフが見せる顔の一つなら、兄や父も、私に見せない、この飴のような顔があったのだろうか。


 ――馬鹿ね、私。それはもう、必要のない考えよ。



《だが、勘違いするなよ。俺が殺さないと言ったのは、現時点での話。今後はお前の行動次第だ。言っておくが、後者ほどじゃないにしても、俺はそれなりに短気だぞ》


《わかりましたわかりました!では、取引の内容を説明させて頂きます!》






 

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