13.未来の記憶
「箱に入れて蓋でもしておくか」
王都の別邸に戻り、自室。
アルドラは人の姿で、手に乗せた氷の結晶の処遇を決めようとしていた。
聞いてほしいことがあると言ったのは私だ。けれど、リューレを箱詰めだなんて、と思ってしまう。
神殿からの帰りの馬車で、まだ回復していないと言うリューレをもう少し匿ってほしいとお願いしたのは私だ。
何か秘密を打ち明けようとする私を気遣ってのことだとわかっているが、ここは――私が勇気を出すだけ。
《我慢強い娘。私はあなたの発言の縛りになる気はありません。さっさと箱詰めでもなんでもして下さい》
「まって。私がするのは、……リューレが聞いていても大丈夫。信じがたい話になるかもしれないけど……」
《私はあなたが何を発言しようが、私の知識と経験から判断するだけです》
その間、アルドラは片手に小さな氷の箱を形成し、つまんだリューレを箱に落とし入れていた。
「待ってアルドラ!私嫌なの!アルドラのお友だちを箱詰めで閉じ込めるような扱いをするのは!」
続いて蓋は落とされず、アルドラは「いいのか?」と私にきく。私はすぐに、大丈夫と頷き返した。
私が話したいのは、私に未来の記憶があるということ。
アルドラの出会う前の七歳、夢で見た未来の記憶。
その記憶で起こる出来事を参考にここまで来たと。
さぁ、言うのよリトナ・シャルエン。
あなたと初めて会ったつもりだったのに、初めてではなかった。記憶の未来の私も、あなたと契約していた、と。
覚悟をきめ口を開くが、先に言葉を発したのはリューレだった。
《お友だち。訂正が必要です。私はアルドラ様のお友だちではありません。関係性の名称として一番近いのは、ペットです》
ペット。……ペット?
困惑のまま見れば、アルドラは心底嫌そうに。
「語弊のある言い方をするな。知り合いでいいだろ、知り合いで」
《アルドラさまがそう仰るのなら》
彼は上級妖霊で、私が考える以上の経験を積んできたはず。長くも生きている。ならば、と無理やり納得した。
「……そうよね、アルドラだって、私の知らない顔の一つや二つ、」
「誤解だ!本当に違う、昔下級だったこいつを気まぐれに助けたことがあるだけで!」
《当時私は、アルドラ様に保護され、アルドラ様が与える魔力を糧に成長しました。ゆえに飼い主とペットの関係にあったと言えます》
「ペットを名乗るなら遠慮のない物言いをやめろ」
《善処します》
ため息をついたのはアルドラで、嫌々ながらも許していることが見てとれた。
私に見せたことのないその反応は新鮮で、……片割れはペットとだなんて言うが、すごく良いなと思う。
《ほら、我慢強い娘。私はもう聞く気でいるのですから、さっさと話しなさい》
「急かすんじゃない」
「いいの。……アルドラ、私ね、……未来の記憶があるの。信じられない話だろうけど、七歳の頃、未来を夢で見たの」
アルドラは――驚かなかった。
表情は真剣で、口を挟むつもりはないというよう、頷くだけ。
一片の疑いもなく、信じるという前提で私の話の続きをと促してくれる。
――ありがとう、アルドラ。あなたなら、そうだと思っていた。
語るのは、七歳の、母の死のショックで倒れたあの日から。
夢で見た未来の自分が、ただの夢ではなく、間違いなく自分の未来だと何故か確信を持てたこと。
それにより、気付かないはずの、自分の家での立場を理解してしまったこと。
識字や教養は最初から知っていたも同然で、物事への理解が子どものそれではないことも、また。
私は、一度は二十まで生きた、大人だった。
大人が子どもに戻りやり直しているだけで、私は決して特別ではない。
メッキが剥がれれば、ただの小娘で、――自分で話していて、怖くなった。
これはあまりにも卑怯な話ではないだろうか。
アルドラがもし、私の大人じみた言動に才能を感じたことが側にいる理由であったとするなら、私は彼を騙していたことになる。
「……君は顔に出るから口を挟ませてもらうけど、何があっても、君を選んだ俺の意思を疑わないでくれ」
「……ごめんなさい」
表に出てしまった不安はすぐに消える。
彼の意思を疑う私は、彼を信じていないということになってしまう。
私はアルドラの契約者だ。契約者が契約妖霊を信じないでどうする。
「私……記憶の私はすごくすごく悪い女だったわ、語るのもはばかれるほど」
《興味があります》
「リューレ」
《仕方ないですね、黙ります》
リューレの本気か冗談かわからない発言に、私は思わず吹き出してしまった。
「でも、引かれても良い。話すわ、物語でいう、悪役の私。酷い所業ばかりの、恐ろしい女の話よ」
自暴自棄ではなく、私はこうならないと信じるアルドラを、私が信じるのだ。
使用人を苛め、義弟を虐め、義弟の片腕には障害の残る怪我を負わせたこと。
我儘と癇癪ばかりで、一目惚れした相手を無理やり婚約者にしたこと。
契約妖霊だって、不平等な、奴隷のような扱いをした。
学園生活では、気に入らない生徒を退学へ追い込んだ。
沢山の者たちに怪我を負わせたこと。生徒の家族ごと路頭に迷わせたこともある。
人に、殺意を持ったことだってあった。
だから断罪された。
味方は誰一人としていなくなり、家を、国を追われ、外見以外に取り柄のなかった女は、あっけなく死ぬ。
断罪されるまでを私は語りきった。
アルドラは目を閉じ、私の話を聞いていた。言葉を選んでくれているようだった。
しばしの無言。私は取り繕うことはしない。彼の言葉を待つだけだ。
「一つ、聞きたい。俺の今の、この姿を見て怯えたのは、――未来の記憶に俺がいたから?」
「……ええ。あなたが、……私にあてがわれた妖霊だった。周りは皆、上級妖霊のあなたが出てきたことに驚いていたわ」
「君が未来を変えようと努力していたのに、俺が君の知る姿ではない、記憶にある姿で契約に現れれば、……そうだな、怯えるのも当然。……ごめんな、俺が隠さずにいれば」
「違う、私が、私こそ隠していた!あなたに怯えることはあり得ないはずなのに、私が悪いの!」
《ふむふむ、アルドラ様は大事な契約者を怯えさせた と》
「うっ」
「悪いのは私で……!」
《気になるのは、記憶にあるというアルドラ様がどうして契約に至ったか、ですね。アルドラ様を力で押さえ付けられるような魔法使いは、そうそういません》
リューレの疑問に、私は思い当たる事があった。彼は「さあな」とだけ言うが、
「上級妖霊が、望まない契約を強いられる場合、考えられる理由は、……身代わり。そして自分以外の誰かの、命の保証」
アルドラがこの国に来たのは、消息をたった妖霊を探すためだ。私と出会わなければ探し続けていたはず。
そして、きっと、リューレを見付けたはず。
「前に話してくれたの。アルドラは、消息をたったという妖霊、リューレ、あなたを探しにこの国に来た。ならばきっと、弱ったあなたの代わりに――」
「違う。そもそも俺は、反応のないお前はもう死んだと思っていた」
《……私の魔力反応がどこにあるか探るほどには、気にかけてくれていたと。やはり私はアルドラ様のペットを名乗るべきなのでは?》
「やめろ」
《まったく、強情な妖霊ですね》
「……リトナ、こいつはもう丸めて外に放り投げよう」
《冗談です、振りかぶるのはやめてくださいアルドラ様》
半分本気の目をしていたアルドラを止め、私も疑問を口にした。
リューレは外に投擲こそされなかったが、室内に放り投げられてしまった。《まったく、酷いですね》とふよふよと浮いている。
――どうして彼らはこうもあっさり信じてくれるのだろう。
アルドラもリューレも、未来をみたという私への疑問はなく、私の話が真である前提で話をしている。
アルドラは、「俺はそれなりに長く生きているんだが、」と前置きし、
「未来を知る者は過去何度も確認されている。確かに虚言もあったが、俺は君のそれを虚言とは思わない」
「……未来を知る者が、私以外にも……」
「人の共通点は考え付かないが、妖霊なら、“光”だ。あいつらは予知に似た察しの良さがある」
《問題は、あなたが何度も、更新された未来を視るのか、一度きりのものかです》
ざわりと何かが動く気配がした。魔力だろうか。
それはアルドラの方から感じ、びくりと驚く私に「ごめん」と少しうなだれた様子で彼は謝った。
「……リューレ、それはまだいい」
《いいえ、アルドラ様がきけないからこそ、私が訊きます。答えてください、あなたが未来を視たのは、七歳で視たという一度きりの話ですか》
七歳のあの日から、記憶の未来にうなされることはあった。ただそれは、一度視た未来の内容。
私が知る未来と違う未来に私はいる。
変わった未来にいる現在、先をまた視たいと思ったことは何度だってあった。
でも、私が新たな未来を視ることはなかった。
「……一度きりよ。未来は変わったけれど、七歳のあの日から未来を夢視ることはないわ」
《……だそうです。現状は安心ですね》
「……そうだな」
アルドラは口元を抑え、何か考えるように俯いている。その様子から、何かあると思わない方がおかしい。
「もしかして、何かあるの。未来を視る回数に、何か……」
「……リトナ。一つ、絶対に約束してほしいことがある。隠したら、さすがの俺も怒るぐらい大事な約束だ。――また未来を視たら、必ず視たと俺に言ってほしい」
真剣なそれに、私はすぐに頷いた。彼が心配する何かがある。
未来を一度視るだけでも不思議な話だ、これが複数になると、いったいどうなるのだろう。
「わかった、約束するわ。……約束する代わりに、聞かせてほしい。あなたが何を恐れているのか」
アルドラは、私の手を取り、両手で握った。ゆきまんじゅうでいた時よりも、冷たい手だった。
「何度も未来を視る力をもつ者は、……その者が妖霊ではなく人であるのなら、必ず早世する。……俺が知る中では例外はなく――いや、例え君が二度目の未来を見ようとも、俺が君を必ず例外にする」
「必ず、私は約束を守るわ。それに、二度目を見ようとも絶対に例外になる。早死になんてごめんよ、私は幸せに大往生するの。長生きするわよ、私」
「……そうか、君がそう言うのなら、俺も安心できる」
私の体温が移ったのか、アルドラの手は、ゆきまんじゅうと同じ冷たさになっていた。
《……リトナ・シャルエン》
「なにかしら、リューレ」
浮いていた結晶が、私の側へ寄る。
何故だか私の周りを一周回った後、アルドラの元へ向かい、その肩に乗った。
《私は、あなたをほんの少しだけ、好ましいと感じてきました。しかし困ったことに、私はあなたと契約すると成長を望めない》
「そうね、私にはあなたを成長させるほど与える魔力がない。でも私は、あなたとお友だちになりたいと思っているわ。契約せずとも、お友だちにはなれるでしょう?」
《………………………、》
リューレに反応はない。嫌だったのだろうか、それもまた、仕方ないとは思う。妖霊の生存と成長の道理に、与える魔力のない私は適さない。
私のリューレに対する、友だちになりたいという気持ちは本当だ。私に魔力があれば、一緒にいられる未来もあったのだろうか、なんて考えるほどには。
「…………まったく、」
動いたのはアルドラで、肩にいたリューレを摘まみ、私の前に落とす。ふわりゆらゆらと落ちていく氷の結晶が溶けるように消えた。
現れたのは、私より背の高い、少年の姿をしたリューレだった。
氷属性の妖霊は、皆こうも綺麗なのだろうか。
白髪はアルドラと同じく透き通って見える。ただ、色素の薄い瞳はどうも怒っているようだった。
にも関わらず、リューレは私には握手を求めるように手をつき出す。
「え、っと……リューレ?」
《いいですか、我慢強い娘。まず私は自分に苛立っているので、この顔はあなたに対したものではない》
「あ、……はい」
《次に私は、人でいう挨拶をあなたに求めている。握手です。受けるのか受けないのか、決めてください》
「受ける、受けるわ!握手ね!」
リューレの手を握る。これは握手。
リューレの手は、まるで氷そのものに触れたように冷たい。握るリューレの手はすぐに離されたが、私はそのまま握り続けていた。
《離して下さい。凍傷になります》
「大丈夫。これぐらい、たいしたことないわ」
《離して下さい》
「……はい……」
二度目の語気は、足元から凍ってしまいそうなほど冷たかった。
手を離すと、リューレのしかめっ面がほどけていく。
しかし真顔だ。真顔だが、結晶の姿でいた時のように、淡々と話すその内容は、嬉しいものだった。
《あなたは私の握手に応じた。あなたは私とお友だちになりたいと言う。取引は成立しました。受けましょう、お友だちの話を》
「嬉しいわ、ありがとう。リューレ」
《……………、》
リューレは何故だか口を堅く結び、揺らめくように見えたかと思えば、瞬き後には氷の結晶の姿になっていた。
《ではアルドラ様。私を外に放り投げて下さい》
「えっ」
驚く私をよそに、アルドラの手にリューレはおさまる。
《長居すると色々鈍りそうで嫌です。早く私を遠くへ。あとは自力でなんとかします、出来ます》
「お前も本当に面倒なやつだよな。……色々魔法をかけておいてやるから、あまり無茶をするなよ」
《はい》
リューレが外へと言っているのだ。私に止められる権利はない。
短い付き合いだが、友だちにはなれた。ならばいつか、会えるはず。
「リューレ、その、……気を付けてね」
《リトナ・シャルエン。……私の友だち。また会いましょう》
室内であるはずなのに、冷たい風が吹いた。風は、アルドラの手にあったリューレを連れて消える。
風が去った、開かれた窓の向こう。
広がる夜空を見ていると、アルドラが言った。
「あいつも、君に似た所がある」
「私……、リューレのように、冷静に話せたことあったかしら」
「んー、君は冷静な所もあるが、似ていると思った所は違うな。あいつは、」
アルドラが言うそれに、私は気恥ずかしくもあり、でも、笑みが出そうになるほど、嬉しく思った。
“君と似て、嬉しくても、しかめっ面で誤魔化そうとする癖がある。”




