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12.我慢強い娘


 ゆきまんじゅうを抱え、堂々と歩く。


 通りがかり、すれ違う、私に気付いた神官達は皆驚くが、私は逃げるわけでもなく全てに会釈するので、問題ないと思うようだった。

 地下を歩いてなければこんなものだろう、と思いつつ、待機を依頼された個室に戻る。



《誰もいない、監視も盗聴もなさそうだ》


「なら安心ね、……ところで、ゆきまんじゅうの時のあなたは、どこにリューレを?」


《中。こちらの声は聞こえるようにしてるから、問題ない》


「なか……」



 アルドラのゆきまんじゅう姿は不思議でいっぱいだが、話すべきは別にある。


 やはりリューレが、私にあてがわれる予定の妖霊だった。その手法は、生存なし得ない程魔力を抜いた上で、契約か延命かを選択させる、というもので。


 中級妖霊は自身の生存に重きをおく存在。契約は行われていただろうと、リューレは言った。


 酷い、と思った。死ぬか契約かを選べだなんて。


 当のリューレは、うっかり捕まった自分が悪いのでと恨み言も言わず、それが逆に申し訳なくなった。


 現在、助けたとはいえ問題は残っている。

 逃げ出した件について。

 これはそう時間もたたず発覚するだろう。騒ぎになることに違いない。


 逃げ出した妖霊をあてがうことになっている令嬢はすでに神殿にいて、日が暮れたらと待たせている。公爵家直々の依頼であったからこそ、神官達は慌てるだろう。


 しかし何故か令嬢は、謎の妖霊と契約している。

 才無しとされ、事前に契約していたわけでもなく、神殿の外に出てもいない。にもかかわらず契約を完了させているのだ。


 令嬢は不思議そうに、言われるがままに受け入れただけです、と微笑むだろう。堂々としらばっくれるだろう。

 神官の皆さんの誰かしらが、そうするよう差し向けたも思ったのですが、違うのでしょうか?と首でも傾げてもみようか。


 目論み通りに事が進めば、令嬢が契約した妖霊こそが、予定にあった妖霊となるだろう。


 でないと、公爵家に対し、妖霊を逃がし令嬢には謎の妖霊と契約させてしまったと報告することになる。

 私が才無しと知られているからこそ、神殿側の落ち度はあまりにも大きい。

 神官達も自分の身が可愛いだろう。丸く収まる方法として、公爵家や令嬢にも、予定通りと伝える他ないのではないだろうか。



《気付かれたようだな、》



 アルドラが言う。少しの間をおき、外が騒がしくなった。アルドラの言う通り、リューレが逃げ出したことが知られたようだ。



「となると、ここにも人が来るのかしら」


《おそらく。……リトナ、俺は君の演技力を応援し見ていることしか出来ない。頑張ってくれ》



 そう、この分の良い作戦には、私の演技力が関わる。

 何も知らず受け入れただけの令嬢として振る舞うのだ、私は。



「あなたが応援してくれるのに、私が出来ないことなんてないわ。私の、何も知らないけれど与えられるものは頂きました、な妖霊と偶然契約した令嬢っぷりを存分と見せてあげる」


《頼もしい。俺は中級妖霊として力を制限するから、……上級はどうも面倒な存在になるからな。苦労をかけるぞ、契約する前に言わない俺も意地が悪いが》


「私、あなただったら何であっても良いといったじゃない」



 アルドラは、そうだな、と笑ってくれた。


 上級妖霊であるとは隠す、これはアルドラが言い出し、話を聞いていたリューレも賛同したことだった。


 私はまだ知らないことが多く、アルドラの上級妖霊という枠組みについても、歴史上の話と、彼から得た知識でしか知らない。


 ただ、思い付くだけで言うのなら、その最たるものは利用される、ということ。だから力を制限し、隠す。


 上級妖霊は強い。歴史上でもその強さは証明されている。


 中級にも力の差があるように、上級もきっと差があるにしても、――きっと、彼の言った上級妖霊の在り方が今隠さねばならない理由。


 中級や下級と違い、生存に重きを置かないだなんて、とんでもない話だ。


 私に出来ることは、彼が危険なことをしないでもいいように、上手く立ち回ること。――出来るのだろうか、今の私に、と疑問しかない。


 このまま何も言わず公爵家にとどまれば、きっと彼は上級妖霊として私に力をかすだろう。私の曖昧な物言いのせいで、気を回して動いてくれるだろう。


 それは不義理ではないだろうか。彼は私を信じてくれるのに、私は。


 ――未来を夢で見たと言うべきだ。

 私がやりたいことの、その根拠を話すべきだ。彼を見て怯えた理由でもある。隠し事はしたくない。



「……アルドラ、この契約の件が無事に済んで、あなたとゆっくり話せる機会が出来たら、私、あなたに話したいことがあるの」


《ん、わかった。なんでも聞くよ、俺はもう君の契約妖霊だからな》


「……ありがとう」



 覚悟はきまった。

 神官はまだ来ない。来ないなら呼ぶまで。

 テーブルに置かれたベルを手に取り、軽やかに鳴らす。


 さぁ、化かしてやるわよ!





 ×××××






「――あなたに、創世神の加護を」



 祝詞はそう締め括られた。


 神官に礼を言う彼女はほれぼれするような演技の微笑みを浮かべ、一礼する。

 その足元にいた俺は、何かされるわけでもなくただ側で見守っていた。


 予定されていた儀式は形式的なもので終わった。なんせ当人のリトナが、すでに妖霊()と契約している。


 儀式の間耳をすませていたが、逃亡した妖霊(リューレ)の件は結構な騒ぎになったらしい。

 神官含め口軽い者達だらけで助かった。俺たちがどう捉えられているかがよくわかる。


 リトナが魔法を使うと怪しむ者は一人もいなかった。魔力が無いわけではないんだが、ここの者達はどうも目が悪い。


 神殿側として。

 妖霊との契約は完全に受け身となる彼女が妖霊と契約しているのだから、問題となるのは契約した妖霊の存在。


 元より神殿は、連れるか喚ぶかしなければ、妖霊が個の力で誰にも気付かれず侵入するのは不可能に近い。


 土地そのものに永続的に展開している魔法によるもので、侵入の形跡が無い今、考えられるのは何者かが神殿内部で喚んだということ。


 これを、神殿側は身内の不始末と考えているようだ。


 予定の妖霊の逃走に気付いた神官(なにがし)が、代わりにと喚んだ妖霊が俺で、喚んだ妖霊も捕縛前に逃し、自由にさせてしまったと。


 それとなく神官に問われ《俺は喚ばれただけだ》と返せば、やはりと確信を持ったようだ。


 魔力をかなり抑え、人の殻も見せなかったからか、俺は良くて中級~下級と認識されている。


 公爵家からの依頼は中級妖霊だったらしい。俺の素敵なゆきまんじゅうフォルムに、神官達はどっちだと戦々恐々しているようだ。


 極限までに弱らせた中級妖霊をあてがうつもりだったくせに、弱った妖霊が人の殻を維持できるわけがない。


 例え俺が人の姿でなくても、公爵家に言い訳はできる、とはすぐに考え付くとは思うが――これはさっさと冷静さを取り戻してほしいと願うばかりだ。


 そんな神官達だが、リトナの完璧な演技に対し、突飛な発想をする者たちではないことにも助かった。


 相手が柔軟に場を誤魔化そうとしてくれたからこそ、こちらの誤魔化しも通るというもの。


 これで頭固く真面目で、叱責を受けようとも不祥事を許さず、公爵家の怒りを買う前提で正直に現状を説明されていたら、面倒な事になったのはこちらも同じ。

 俺はその、人の行動理念を有り難く思う。



 《おや、アルドラ様、また言っています。“契約妖霊は炎以外なら許される”と。わざわざ得意属性の指定だなんて、なにか“炎”が疎まれる理由があるのでしょうか》



 俺の存在の端を間借りさせ隠している妖霊、リューレは、外に声がもれないことを良いことに好きに口を開く。

 雑談を好む個体ではないが、気になれば上下関係も匿われている立場という遠慮も全て気にせず聞いてくる。


 そんな所が気に入っているわけだが、さて。

 炎云々が聞こえているのは俺も同じ。さすがに彼女の耳には届かない発言だ。


 リトナの契約妖霊は、“炎”だけは許されていなかったようだ。それは何故か。



 《彼女に契約妖霊をつけるよう依頼した公爵家が、“炎”を除外している。ひどくしてやられた過去でもあったのか、そう邪推してしまいますね》



 邪推を楽しむリューレに、一つ情報を渡すことにした。

 俺も今は表で話せず、耳をすませたまま彼女に付き従うぐらいしかやることがない。



 《俺は、この国の王宮で、“炎”の上級妖霊を見た。王宮警備隊隊長だそうだ》


 《……上級が、警備隊の隊長を?アルドラ様が上級と言うのなら間違いないにしても、やはり、おかしな立場だ。いわゆる責任者の立場を上級が?》


 《まぁ、驚くよな。俺も驚いた》


 《契約者が病弱で出稼ぎをしている、とか。……いや、理由としては弱い、それならむしろ契約者の側から余計に離れない。契約者の命令であるには間違いないにしても……》



 国に仕える上級妖霊は確かにいるが、国に仕える立場に見えるだけで、実際に仕えているのは契約者個人。

 力でねじ伏せるには強く、長く生きた分だけの自尊心もあるのが上級だ。


 その上級がわざわざ、責任という縛りのかかる立場を選んでいる。まさか妖霊相手に契約も縛りもなしに立場につかせようなんて話ではないだろう。


 上級は契約者のためなら何だってする。立場なんて簡単に放棄する。

 間違いなく、警備隊隊長の立場から逸脱する行為には相応の不可がかかるような縛りをかけられているだろう。



 《しかも“炎”。……警備隊なら契約者は王家に連なる者か?公爵家という立場は王家に近い権力をもつはず……公爵家は王家と対立している?王家の妖霊への敵対心から……?》



 ぶつぶつと考えを口にするリューレは、唸り、ため息をつき、



 《裏付けの証拠もなく考えるのはだめですね。彼女は公爵家の娘であることですし、その父に直接訊くのが良いかと》



 と、何も知らないがゆえに言うが、ちょうど知れる時がきた。

 娘と契約した妖霊を確認するためだけに現れたらしい彼女の父。個室に人は二人だけだ。


 神官達は間にあった騒ぎを知らせず、契約成功だけを報告している。その証拠に、父親はその件に触れる事はなかった。



「お父様の命に従い、無事妖霊との契約が完了しました。才無しの私にこのような機会を与えて頂き、感謝しております」



 彼女は一礼するが、彼女を見る視線が親子のそれではないとリューレも気付いたらしい。

《気持ち悪い、人を人と見ていない目だ》とぼやいていた。



「お前に妖霊など、本来は不相応だと覚えておけ。それを私が手配し与えてやったのだから、これからも真摯に役割に努めろ」


「はい」



 《身なりから蝶よ華よと大事にされてきたご令嬢と見ていたのですが、違うようですね。訂正します。先程の直接訊くについても、重ねて訂正します、これは無理です》


 《そうだな》



「ふむ、矮小で脆弱そうな妖霊だ。中級も弱ればこの様か。……まぁいい。妖霊、名を言え。お前が契約した 物 の父親が私だ。お前は私に従い、その対価に魔力をやろう」



 彼女には魔力がない。妖霊は魔力を得る方法を求めている。――この当たり前の道理を元にした発言だ。


 理解はしているが、無論、拒否する。


 何も言わない妖霊を前に、彼女の父親はもちろん苛立つ。父親からすれば、弱った妖霊への慈悲だったのだろう。

 それも一度きりだと言うように、舌打ちが一つ。



「リトナ、これは不良品だ。お前と同じだが、お前の方が役にはたつ」


「…………」



 彼女は何も言わない。俺も口を開かない。

 《殺しましょう》、リューレが言う。気持ちはわかるが、おとなしくしてもらおう。



「それがいなくなったら報告しろ。新しい妖霊をつけてやる。今度こそ、お前のような従順なものを」 


「……………、」


「返事はどうした」


「……お父様から与えられた者です。大事にするつもりでいました。報告せずいられるよう、誠心誠意努めます」



 彼女の父親は鼻で笑う。リトナは表情を崩さない。

 ただ、少しだけ手が震えていた。

 


 《なぜ殺さないのですか?》



 話は終わりだと部屋から出ていく父親の背に、わかりきったことをリューレが訊く。


 取り込んでいてよかった、こいつのことだ、リトナにも同じ質問をしていただろう。下手したら父親に攻撃していた可能性だってある。



「アルドラ」



 父親が去った個室で、彼女は俺の名を呼ぶ。

 申し訳なさそうな声音で屈み、そっと足元にいた俺を抱えあげた。


 言いたいことはわかっている。

 父親と相対するために作られた顔は、今彼女の感情を映し始めた。次に口にするのは、きっと、ごめんなさいという謝罪の言葉か。



《謝らなくていい。むしろ、謝るのはこちらも同じだ。こんなやつの相手を君一人にさせていた。もっと早く契約したかったと、何度でも思う》


「……うん、ありがとう」



 抱きしめられて、改めて感じる腕の細さ。

 この小さな身体に、悲しみも悔しさも怒りも、全部溜め込んでいたのか。



 《ああ、そうか。彼女がそれを望んでいないんですね。短気ではない娘、我慢強い娘だ》



 リューレの発言、その通りだ。

 彼女が望まないから、俺はそうしない。


 ただ、まぁ、我慢強さは彼女に負ける。



《なぁ、俺のお嬢様。先に言うんだが、俺がもう我慢ならないとなった瞬間、俺は君を連れて逃げます。事前に我慢出来ないと言うから、本当にだめな時だけ止めてくれ。連れて逃げた後に謝るから》


「……ふふっ、私が止めても、結局私を連れて逃げてくれるんじゃない」



 彼女が笑ってくれなかったら、この時点で連れ去る気だった。こぼれるような笑みを出せてくれるから、俺も我慢できる。



 《短気なアルドラ様の我慢ですか、限界はすぐですね》

  

 《うるさい》



 こいつは本当に遠慮がないな、と図星をつかれながら思った。


 




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