26話 【精霊剣】とミスリル
シルリアのお陰で武器素材が爆発的に増えてから数日。
あれからシルリアはマロンに能力制御の方法を教わっているらしく、店の休憩時間や夜間に修行をしている姿がしばしば見られるようになった。
ちなみに、マロン曰くシルリアの能力の本質は「魔力そのものや魔力の篭った単純な物体を増やす」ことにあるらしい。
俺はそれを聞いて「それで魔力加工された金属素材が他より多めに増えていたのか」と納得していたのだが……。
「……今度は一体、何を増やしているんだ……?」
見れば作業場の端で、チョコとシルリアが何かを増やしていた。
また修行の一環だろうかと思って近づいたが、今シルリアが増やしていたのは俺もあまり馴染みがない見た目の素材だった。
「あ、ラルド。見て見て」
チョコがシルリアの力で増やしたと思しき金属片を差し出してきた。
俺はそれを受け取って、よく見てみる。
「表面に虹色の光沢がある素材……? どっかで見た気がするけど……チョコ、これ何なんだ?」
「ミスリルの破片」
「……は?」
思わず、喉奥から素っ頓狂な声が出た。
今、何て?
「だから、ミスリルの破片」
チョコは俺に話が伝わっていないと感じたらしく、首を傾げてそう言った。
「あ、ああ。なるほどそっかそっか、確かによく見れば…………って! ちょっと待ったあああああ!?」
俺は手の中にあるミスリルの破片を見て、目を剥いた。
いや、最近驚かされてばかりな気もするけれど。
「ちょっ、チョコ!? 一体いつの間にミスリルの破片なんて!?」
言いながら、俺ははっと思い至った。
「そうか、この前サフィアがゴーレムを倒した時に拾ってきてたのか……!!」
【聖剣】を回収した時に現れたミスリルのゴーレムの破片。
なるほど、だからどこかで見た気がしたのか。
「そう。サフィアもお土産で持って帰っても大丈夫って。だからチョコ、ちょっと拾ってきたの」
チョコは相変わらずマイペース気味にそう言った。
……ミスリルとは限られた遺跡からのみ発掘される、古代の希少な金属である。
別名神銀とも呼ばれ、基本的に錆びることもない。
そして魔力を保持しやすく、さらに外部から魔力を通すと硬度が跳ね上がる特性を持つ。
もっと言えば、魔力で起動する【聖剣】などのアーティファクトの大半にはミスリルが使用されているとも聞く。
つまりこのミスリルとはアーティファクトを構成する重要素材の一つであり、武器に加工されていない純粋なミスリルは滅多に市場に出回らないのだが……。
「これ、新品みたいじゃないか……! シルリア、こんなすごい素材も増やせるのか?」
半ば興奮気味に言うと、シルリアはぐっと両手でサムズアップした。
「ええ、修行の一環でチョコさんから借りたら増えました! ラルドさんがお望みならもっともっと増やせます……と言いたいところですが」
シルリアは肩を落として、小さく息を吐いた。
「すみません、このミスリルって素材はどうにも増やすのにわたしの魔力をたくさん食ってしまうようで。一日に風呂桶二杯分くらいが限界です……」
「いやいや、それでも割とハイペースだぞ」
ちなみに発掘される武器加工前のミスリルは、A級冒険者のパーティーが遺跡に数日潜っても大体握りこぶし一つ分くらいしかかき集められないとか。
つまりシルリアの一日に風呂桶二杯分ずつ増やせるってペースは、中々どころかかなり凄まじいペースなのである。
「……って言っても、出どころ不明のミスリルなんて売れないしな……。下手をしたらシルリアの能力がバレかねないし。貴重な素材ではあるから、増やしてもらえて嬉しくはあるんだけど……」
さてどう使ったらいいかと悩んでいた時。
チョコがふと言った。
「だったら、ラルドが使えば良いと思う」
「ん、俺が?」
それからチョコは、小さな指で自分のことをさした。
「チョコたち【精霊剣】を、ミスリルで強くしちゃうとか」
「【精霊剣】をミスリルでか……」
考えたこともなかったけれど、もしミスリルを惜しみなく使用して【精霊剣】を強化すれば、一体どれほど強力になるのか。
「ちなみに【精霊剣】のチョコたちからすれば、ミスリルで強化された方がいいのか?」
「多分。チョコたち【精霊剣】は魔力の塊だから」
「つまり魔力を保持しやすいミスリルがあれば、チョコさんたちはより活動しやすくなると?」
シルリアの問いかけに、チョコは「そう」と首肯した。
「武器としても精霊としても、活動しやすくなると思う」
「ってなると、俺もミスリル加工の修行をする必要があるか」
高価で流通量の少ないミスリルを加工した経験は、実を言えばほとんどない。
だから今すぐ【精霊剣】をミスリルで強化するのは難しいかもしれないが……幸い、今この作業場にはシルリアが増やしてくれたミスリルがある。
試行錯誤しながら修行していくことも、十分できるはずだ。
「俺も職人だし、いつかミスリルを十分加工できるくらいの腕が欲しいとは感じていたしな。……よし、一丁やってみるか」
「それならわたし、明日もミスリルを増やすようにしますね。いっぱいあった方が練習も捗ると思いますから」
「ああ。シルリア、よろしく頼む」
こうして俺はこの日から、暇を見つけてはミスリル加工の修行を積み始めた。




