21話 騒動の終結
結論から言うと宿に連れ帰った少女は、朝方には目を覚ましてくれた。
闇ギルドの構成員に襲われた後、俺は諸用でガイアナの街を駆けていたのだが、宿へ戻った時には何事もなさそうでホッとした。
ただし少女は起きたのと同時に「くぅ」とお腹を鳴らして赤面していたので、宿の女将さんに言って食事を用意してもらった。
……そして、現在。
「よ、よく食べるなぁ……」
「はぐっ、むぐっ……」
うちの精霊三人もよく食べる方だと思っていたが、少女はその上をいっていた。
一体何日食べていなかったのか、こんなに細い体のどこに入っていくのかと、そう感じさせられるほどだった。
「……ふぅ……」
最後に水を飲み干して落ち着いた少女に、マロンが言った。
「落ち着きましたか? 顔色も少し良くなっているようで何よりです」
少女は小さく頷いた。
「……その、助けてくださってありがとうございます。わたし、シルリアって言います。皆さんは……?」
「ああ、俺はラルド。それで手前からマロン、チョコ、プラムだ」
「それって食べ物の名前……じゃないんですよね?」
小首を傾げた少女……シルリアに、俺は苦笑しながら言った。
「まぁ、偽名でもないからその辺はあまり気にしないでくれ」
「……わ、分かりました」
シルリアはそれから、少し俯きがちに静かになった。
その間にシルリアを改めて見れば、月明かりのような銀髪と整った容姿もあって、どこか幻想的な雰囲気があることに気づく。
なるほど、エルフと精霊のハーフであること以外にもこの綺麗な容姿も狙われた理由の一つなのかもしれない。
そしてシルリアはふと、震える声音で言った。
「……なぜ、見ず知らずのわたしを助けてくれたんですか?」
シルリアは影のある表情で、話を続けた。
「ラルドさんも分かっているでしょう、わたしを追っているのは闇ギルドの【双頭のオロチ】です。そしてわたしは……幼い頃によその国から人攫いにあった奴隷のようなもので、数日前に【双頭のオロチ】のアジトから逃げ出してきました。だから助けていただいたこと、とても感謝しています。……ですが、闇ギルドを相手取ってまでどうしてわたしを……?」
シルリアはそう言いながら、どこか怯えた表情を見せていた。
……もしかしたら「この後別の組織に売られるのかな」などと、そう言ったことを考えているのかもしれない。
シルリアの過去も重いようなので、そう思っても仕方がないかもしれないが。
「そりゃ、シルリアを助けた理由はマロンがとっさに庇ったからって言うのもあるけどさ。それにこう、シルリアがすごく困ってそうだったから。これは放って置けないなって、体が勝手に動いていたっていうのもある」
……今の俺は、幼い頃に夢見ていた冒険者じゃないけれど。
困っている誰かを助けたいって思いは、あの頃と変わらず持ち続けている。
だから俺も困っているシルリアをとっさに助けたんだろうと、そう思っている。
「それにわたしも、あなたを放って置けませんでしたから。同じ精霊の力を持つ者同士ですから……ね?」
マロンがそう言うと、シルリアは目を見開いた。
「嘘……もしかしてマロンさん、精霊なんですか……?」
「ええ、チョコもプラムも。ご主人さまの武器に宿りし精霊です」
「……お母さん以外に、初めて見ました」
シルリアは信じられないと言った面持ちで、そう呟いた。
「おっ、シルリアはお母さんの方が精霊なのか」
「……? 精霊は女の人しかいないって、お母さんに聞きましたが……?」
怪訝そうなシルリアに言われて、俺は「えっ」と思わず声を漏らした。
「……マスターよ、妾たちと共にいながらそこを知らなかったのか」
「いや、プラムたち女の子の精霊三人を呼び出せたのってたまたまだと思ってたから……」
俺は「あはは」と笑ってごまかしにかかった。
まさか精霊は女の人ばかりだとは、思いもしなかったのだ。
そしてシルリアは不意に、くすりと微笑んでいた。
「……ラルドさんって不思議な方ですね。あんなに強くて精霊を三人も連れているのに、こうしていると柔らかで……」
「普通の人に見えますか?」
「はい。……今まで見てきた強い人は、どことなく尖った雰囲気があったので」
そう言うシルリアは闇ギルドでのことを思い出しているのか、どこか沈痛そうだった。
そんな姿を見てか、チョコがシルリアの手をぎゅっと握った。
「今まで怖いことばかりだったかもだけど、大丈夫。ラルドが守ってくれる。……お人好しだから」
チョコのその言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
「おいおいチョコ、それ馬鹿にしてるのか褒めてるのか分かりにくいぞ」
「もちろん、褒めてる」
即答してこちらを見つめるチョコの瞳には、強い信頼があるように思えた。
俺はどこか気恥ずかしくなって、少し目を逸らして言った。
「……まぁ、成り行きでも助けた以上は最後まで責任を持つさ。主に生活面とかは」
「生活面……? いやでも、わたしが一緒にいると【双頭のオロチ】の追っ手が来てラルドさんにもっとご迷惑を……」
と、シルリアが恐縮しかけたその最中。
部屋のドアがコンコンとノックされ、聞き慣れた声が耳に届いた。
「ラルド、入ってもいいだろうか?」
「おっ、もう終わったのか……早いな」
俺がドアを開けると、そこには誰あろうサフィアとミアがいた。
二人の姿を見て、精霊たちも驚いたようだった。
「あらっ、サフィアさんたちではないですか。ご主人さま、これはどういう……?」
聞いてきたマロンに、俺は言った。
「ああ。俺、夜中に宿を留守にしていただろ? あの時俺は、知り合いのツテで周りに腕利きの冒険者がいないか探していたんだ」
……そう、俺がこの街に前に会いに来た知り合いとは、この街の冒険者ギルドの人間だ。
そして闇ギルドはどれもがお尋ね者であり構成員を捕まえれば国から懸賞金が出るほか、正規ギルドには闇ギルドを討つ義務があるほどだ。
なので俺はこのままではいけないと急いで助力を求め、知り合いのいるこの街の冒険者ギルドに駆け込んだのだが……。
「まさかミアやサフィアたちがこの街に来ていたとは思ってもみなかったな」
「あたしの方こそ、ラルド兄さんとここで会うなんて意外すぎたもん」
何とミアとサフィアが依頼帰りに湯で疲れを癒そうとこのガイアナに来ていて、偶然出くわしたのだ。
どうやら二人が受けた長期の依頼というのは、この街の冒険者と合同で行うものでもあったらしい。
そして俺はすぐに闇ギルドがこの街に潜んでいる旨や、シルリアが追われていた件をサフィアたちやこの街のギルドの人に伝えたのだが……その結果。
「……何やかんやで、サフィアたち冒険者が『少女を襲うとは許せん!』『街中で暴れるとは見過ごせるか!』って数時間前に大挙してすっ飛んで行ってな」
ちなみに当然「俺も手を貸す」と言ったが「あなたは精霊と少女を守るべきだ、ここは本職のわたしたちが」とサフィアに諭され、俺は宿へ戻ったという顛末である。
「でもミアとサフィアがここに来たってことは、もう全部済んだのか?」
俺が聞くと、サフィアは頷いた。
「うむ。一応わたしはS級で、社会的信用もあるからな。事情を説明して街の衛兵にも出張ってもらって、他にこの街の【感知】スキル持ちの冒険者も総動員して【双頭のオロチ】のアジトを突き止めてやった」
「奴ら、規模の方はそうでもなかったから。その後はサフィアさんが超重力結界で建物の外から不意打ちを仕掛けて、全員捕縛って寸法だったよ」
そんなふうに、ミアとサフィアは事の顛末を語ってくれた。
……いやはや、よその街から来た【聖剣】持ちのS級冒険者に不意打ちを食らうとは、【双頭のオロチ】の構成員も予想できなかったに違いない。
「二人とも、本当にお疲れさま。わざわざ力を貸してくれて助かったよ」
「わたしとあなたはお互い持ちつ持たれつ、だっただろう? この程度なら手を貸すとも」
「それにあたしだってラルド兄さんのためなら、いくらでも頑張るんだから!」
サフィアとミアは嫌な顔一つせず、そう言ってくれた。
そんな二人には感謝しかなかった。
「それとシルリア。話の通りなら君は晴れて自由の身になったみたいだけど、行くあてがないなら俺の方でしばらくは面倒をみようと思う。ちょうど精霊たちもいるし、不自由はさせないつもりだけど……どうだい?」
生活面で責任を持つとは、要はそういう話である。
……ちなみに最近店が忙しいからお手伝いさんが増えたらいいなぁとかそんな理由もほんの少しだけあったりするが、精霊たちと同様にちゃんと給金は出すつもりだ。
俺の問いかけに、シルリアは呆気に取られた様子だったが少しずつ話した。
「は、はい……。あの、正直未だに信じがたいのですが、その……」
シルリアは俺やマロンの方を見て、はっきりと言った。
「わたしも半精霊ですから、ラルドさんやマロンさんたちが信用できるって言うのは直感的に分かります。なので……しばらくの間、どうかよろしくお願いしますっ!」
シルリアがぺこりとお辞儀をすると、マロンは「ええ、一緒に頑張りましょう」と言った。
……と、そんなこんなで予想外のドタバタはあったものの。
紆余曲折を経て、闇ギルド事件は一晩で終結してしまった。
ひとまずこれでまた観光に戻れそうで、何よりだった。




