第44話 秘策は農法?
「清々しい風だな、ジュノス!」
「私達まで旅行に誘ってくれるなんて感激だよね、兄上!」
どうして……マイスター兄妹がいるのだろう。愚問だった。
クレバ達革命軍の竜車でパーシモン伯爵領へ向かおうとしたら、どこからともなく現れたシェルバちゃんに跳ねられた。
気を失って気がついたら……何故か彼らが当然のように乗って居たんだ。竜車に……。
「これのどこが清々しいと言いますのよ! 畑に作物は一切なく、領地民の方々は死んだように項垂れているじゃありませんの!!」
「レイラ様の仰る通りです!」
「ジュノス殿下、大丈夫ですか?」
「う、うん。まだちょっとクラクラするけどね」
くそっ! 毎度毎度シェルバちゃんは加減を知らないんだからっ!
このままだと、いつか本当にシェルバちゃんに殺されるんじゃないのか?
かと言って、女の子に「怖いから突っ込んで来ないでね」なんて言いたくない!
おっさんは女の子にすら勝てないひ弱だと思われるじゃないか!
「これ、そこの迷える子羊よ! お前にこれを授けよう」
「え?」
「きぁああああああああっ!? それはかの有名な全知全能を司ると云われるジュノス神様のお人形! ついてますね、ついてますです!」
「…………ノエル様じゃねぇですか。何ですか? この気味の悪い人形とおっさんは?」
あっ!? 少し目を離した隙に、セルバンティーヌのおっさんとその弟子、ノエルが領民を勧誘している!?
っておい! バカにされたことに腹を立てたのか、ノエルがどこからともなくフライパンを取り出して、脳天に一撃……いや、さすがに死んじゃうよ!!
そんなノエルを止めることなく、セルバンティーヌのおっさんは満足そうに頷いている。
って、止めろよ! どんな教育してんだよ!
カオス集団にもほどがあんだろうっ!
もう、いいや。見なかったことにしよっと。
「あのおっさん達すげぇーな兄ちゃん! 気が狂ってるや!」
「お前は関わるなよ、アゼル」
あはは……はは。
クレバは意外とまともだな。
「あの……ノエルさん、ヒスト・パーシモン伯爵のところまで案内して頂いても?」
「ごめんなさい、ごめんなさい! ジュノス神様はお疲れでしたです! こちらです!」
周囲の様子を窺いながら、俺達はノエルの案内でパーシモン家へとやって来た。
伯爵家だというのに、使用人の数が少ない。
それに、屋敷の中は多少スッキリとしていた。
おそらく、家財などを売り払い資金に当てていたのだろう。
「お父様!」
「ノエルか、そちらの方々は……っ!? ジュノス殿下っ!?」
現れたノエルの父、ヒスト・パーシモン伯爵は、俺を見るや否や目を見開いて驚愕している。まっ、無理もないか。
俺や帝国の情報を商業連合に渡していたんだもんな。相当後ろめたいのだろう。
「ノエル……これはどういうことだ。まさか……バレたのか。終わりだ……パーシモン家は終わりだぁああああああっ!?」
「お父様!?」
ありゃま……錯乱してしまわれた。
オーバーリアクション気味に頭を抱えて膝を突き、まるで安っぽい大衆演劇を見せられている気分だ。
「あの、ヒスト・パーシモン伯爵? 私はあなたを救いに来たのですよ」
「は? 捕らえに来たの間違いじゃなくて?」
「ええ、救いに来たのです!」
「……………?」
どういうこと? と、娘のノエルに首を傾げるヒスト伯爵。
すると、そこへ透かさず……。
「こちらをどうぞ」
「な、何だ……この呪いの木彫りと……悪魔の手先のようなこの男は!?」
あっ、殴った。
ノエルはお父さんにも容赦ないんだね。
前世でもニュースで聞いたことはあったけど、狂信者って家族にも容赦ないんだな。
ノエルは苦笑いを浮かべながら俺をチラチラ見ている。
ああ、そういうことか。
せっかく助けてくれるって言ってるのに、その俺を象った奇妙な人形を侮辱されて、俺が怒ったと思って気にしているのか。
寧ろ捨てて欲しいのだか……。
「ヒスト伯爵、少し話をよろしいですか?」
「え、ええ。勿論でございます、殿下。さぁ、応接室の方へ」
通された応接室のソファに腰を下ろし、優雅なベルガモットの香りを楽しみながら、俺は本題へと入る。
「ノエルさんに窺ったところ、農地視察10万日の延期を全領民に与えたとか? その結果、首が回らなくなったと伺いましたが」
「え、ええ、お恥ずかしい話でございます。私が不甲斐ないばかりに」
痩せこけた体型と気弱そうな外見。
ハァー……何だろう。昔の自分を見ているようで辛い。勿論、あの頃の俺には彼のような権力も力もなかったのだが。
「ご自分を蔑むことはありません! そもそも、帝国が定めた税収システムに問題があるのですから」
「いえ、決してそのようなことは!」
ここまで追い詰められても帝国を庇おうとするのは、保身のためか? それとも、洗脳に近い所業の成せる業か。
間違いなく前者だろうな。商業連合に情報渡してるんだし。
「ヒスト伯爵! 建前や体面はこの際捨ててしまいましょう。この地を立て直すためには不要です! 捨てることでゼロから始めるのです!」
「殿下……お噂はかねがね伺っておりましたが、さすがは帝国の叡智と呼ばれるだけのお方ですな。このヒスト・パーシモン、自分が恥ずかしい!」
「人は恥を知り、後悔に涙を飲み、少しずつ成長するものだと思っております。恥ずかしながら、嘗ての私もそうでしたから」
まぁ、俺の場合は……すべてを失ってから気づいたのだが。
だけど、あなたはまだ間に合いますよ、ヒスト伯爵! まだ、生きているんですから!
生きている限り、バッドエンドは回避できるんです!
「だけど、どうやって? この地は既に枯れ果て、作物が思うように育たないのです!」
「それなら……やり方を変えましょう!」
「やり方!? 農法の根本を見直すと……我々だけで? で、殿下、お言葉を返すようで恐縮なのですが、専門家もいない我々ではとても、その」
確かに、普通はそうなるだろう。
だが、俺はこの間のアメストリア国、フレマルセでの教訓を生かし、この世界の農法を調べあげた。
その過程でわかったことがある。
この世界の農法はおっそろしく古いっ!
その結果、飢えに苦しむ人が増えているんだ。
人口が増えれば経済は成長するのだが、 人間の頭数だけ増えても飢餓人口が増えるだけで経済が成長することはない。
人口増によって経済が発展するためには、その前に農業の生産性を上げる必要がある。
というのも、農業の生産性が上がらなければ、たくさん農産物を作ることが出来ず、増えた人口を養うことは到底出来ないだろう。
例えば前世、イギリスで産業革命が起こる前にはノーフォーク農法という農法が開発され、それによって農産物の大量生産ができるようになったことは有名だ。
ヨーロッパではそれまで三圃式と言って、農地を三つに分けていた。
一つは夏穀、もう一つは冬穀、そしてもう一つは休耕地にしないといけなかった。
何故なら、ヨーロッパの農地の多くは農作物を作るとミネラルが作物に吸収され尽くしてしまい、すぐに作物が育たない状態となってしまう。
しかし、休耕地でマメ科のクローバーやアルファルファを栽培すると、地力が見る見る回復すると言うことが発見されたのだ。まるで魔法のように!
当時の人達からすればまさに世紀の大発見だったことだろう。
だって、普通の植物は空気中の窒素を肥料にすることが出来ないのだが、クローバーやアルファルファにはそれが出来た。
だから多少の荒れ地でも育ち、土地を肥やすことが可能だったのだ。
アルファルファなどは別名「ウマゴヤシ」と呼ばれるが、これは「馬を肥えさせる草」という意味から来ている。
先ほど言ったように、三圃式は夏穀(大麦・ライ麦)→冬穀(小麦)→休耕(放牧)というローテーションである。
が、これから行う予定の輪栽式は、夏穀(大麦・ライ麦)→牧草→冬穀(小麦)→飼料(カブ・甜菜)・ジャガイモ、と言う風に農業のやり方を改めて行こうと思う。
これがつまり、輪栽式というローテーション農業であり、イギリスのノーフォーク地方を中心に広まったとされている。
ノーフォーク農法では穀物生産は減る計算になるのだが、クローバーやカブなどの飼料作物栽培によって、冬でも家畜を舎飼いで飼うことが可能となり、畜産物の生産を大幅に増やして食い扶持を増やしてくれる。
一石二鳥とはまさにこのことだ!
早い話、俺達はこれをそのまま真似ればいい。
現在、この世界の農法はまさに三圃式。それをこれから輪栽式に変更する。
しかし、単純に俺が輪栽式を帝国全土、或いは世界中に知らせても、人々は進んで行わないだろう。
民草からの信頼は着実に得ているものの、領地主である貴族がそれを受け入れるとは思えない。
仮に受け入れられたとしても、農民が拒むかもしれない。実績のない農法をすぐに実用化するほど、世の中は甘くない。
ならば、この地でその実績を得て、ここから輪栽式を世界に発信すればいいのだ。
そうすることによって、世界からは確実に餓死者が減る。
争いの種はいつの時代も飢えと貧しさからやって来るもの。
なら、まずはそれを取り除いてやればいいだけのことだ。
この世界の人々には思いつかないやり方かも知れないが、前世の知識を持つ俺なら農業改革などお手のものさ!
「と、いうわけです!」
黙って俺の話に耳を傾けていたヒスト伯爵も、レイラ達も皆瞠目している。
まっ、ヨーロッパの方々のパクりなのだが。
「で、殿下……あなたは天才ですか!?」
「ジュノス! 是非、是非今の農法を私もアメストリアに取り入れたいですわ!」
「勿論そのつもりだよ! この方法は元々、アメストリア国のフレマルセのために考えていた方法だからね」
「アメストリアのために……」
あれ? なんかレイラの瞳が一層輝きを増している。
レイラだけじゃない。エルザもレベッカもセルバンティーヌのおっさんも皆、瞳をキラキラさせている。
「スラム大掃除のときといい、相変わらずとんだもねぇー野郎だな」
「でもジュノス殿下。その方法だとかなり時間を有するのでは? パーシモン伯爵はその……借金が……」
「ああ、それなら問題ないよ! 俺が……というか、革命軍がすべて肩代わりするからね」
「はっ、はぁあああああああああああああっ!? 何言ってんだよてめぇー! 革命軍にはそんな資金ねぇーぞ!」
「ん……あるよ? てか、すぐに入ってくるよ、莫大な利益が! ですよね、セルバンティーヌさん!」
「しーしっしっしっ。勿論でございます、ジュノス神様! 神がお与えくださった叡智を持ってすれば、この領地の税など朝飯前でございましょう!」
「なるほど、この間のあれですね?」
エルザは察しがいいな。
「うん、そうだよ! あれを売るんだよ!」




