第43話 神の啓示
急いで屋敷に戻った俺達を追いかけて来たように、ほどなくして二人がやって来た。
「おおおおっ! まさかとは思いましたが、ジュノス殿下がジュノス神様だったとは!?」
「ジュノス神様、この者はノエル・パーシモンといい、私の愛弟子でございます! 何れは素晴らしき伝道者として、ジュノス教を世界に広め伝える使命を授かっております」
「…………」
授かってねぇぇえええええええええええええよっ!
そんな意味不明な使命なんてあるわけないでしょ!!
勝手に変な使命を彼女に与えるんじゃないよ!
つーか、見ていたから大体は知っているが……愛弟子って何だよ? 伝道者って何ですか? 一体いつの間にそんな話になったんだよ!
そんな話、教会ではしていませんでしたよね!?
それに……これまではそのヘンテコな木彫りの人形を隠し持っていたのに、何を堂々と取り出してんのさ! 俺の前でスリスリするんじゃないよ!!
それ、完全なセクハラだからね! 訴えたら俺勝つやつだからねっ!!
「の、ノエルさんでしたわね。えーと……その変な人形は捨て……」
「ひょ、ひょっとしてアメストリア国のお姫様、レイラ様も入信されているのですね! さすが全世界90%の信者率を誇るジュノス教です! この神を象った神秘の像を、こうしてスリスリするだけで心が軽くなりますです!」
「そ、そうです……の」
負けないでレイラァァアアアアアッ!
君にそんな死んだ魚のような目は似合わないよ! 戻って来てよっ、レイラ!!
「さぁ、ノエル! ジュノス神様に祈りをっ!」
「は、はいですぅ!」
セルバンティーヌのおっさんの呼び掛けに応じて、ノエルが立ち上がると、顔を見合わせて二人が力強く頷いた。
次の瞬間、見ないようにしたはずの悪夢を、超至近距離で見せつけられてしまうこととなる。
「「ぜ、全身が、ふ・る・え・るぅぅうううううううううっ!?」」
ノエルはこの瞬間、全身を切ないまでの喜びに貫かれてらっしゃる。
恋慕を募らせ、崇め、愛を乞う、それは初恋のようだ……って、んっなことを言っとる場合かっ!
おい、エルザ! 淑女が他人に見られたら自害ものじゃなかったのかっ! 堂々と俺達の前でやっとるではないかっ!!
話が全然違うと顔を向ければ、彼女は遠い目で部屋の角をぼんやりと眺めていた。
なんでお前が現実逃避してんだよ!
「あの、それおいくらですか?」
「レベッカァァアアアアアアアアッ!? ちょっとこっちに来なさい!」
「へっ?」
くそっ! 俺の可愛い娘が頭のおかしな連中に汚染される!
女の子はブランド志向と言って、人が持ってると自分も持ちたくなるらしいが、あれは違うだろっ! てか、絶対にダメ! パパは許し……じゃなくて、おっさんは許しませんよ!
とりあえず深呼吸して、二人を落ち着かせる。それからテーブルを挟んで向かい合い、聞きたかったことを聞くとする。
「えーと、ノエルさんで良かったんだよね?」
「きゃぁぁあああああああああっ!! お師匠様! 神が……神がノエルの名前をお呼びになられましたですぅっ!?」
「うむ、うむ。私もしかと聞きましたぞノエル! 確かに今、ジュノス神様がノエルと! さすがは私の愛弟子! 神の啓示を聞くとはっ、素晴らしいっ!!!」
もうやめてくださいっ! これ、軽いいじめですよ!
「エルザさんっ、ちょっと!」
コソコソコソ……と、エルザに耳打ちでお願いをする。
すると、エルザがセルバンティーヌのおっさんを部屋の隅に連れ出し、見事なボディブローを繰り出した。
さすがレイラの従者、お見事です!
「い、今グーでいきましたわよ! ピクリとも動きませんわよっ!」
「レイラ、セルバンティーヌさんは連日激務に追われて疲れていたんだよ。きっと気を失うように眠ってしまうほど疲れていたんだね」
「え……ええ」
うん、これで少しは静かになったぞ。
ノエルはお師匠様と慕うセルバンティーヌのおっさんがパタリと倒れたというのに、キラキラお目々でこちらをパチクリと見ている。
こりゃー、相当精神的に参っていたんだろうな。可哀想に。
「まず、いきなり不躾な質問をすることを許して欲しいんですが、ノエルさんのご実家って今大変ですよね?」
「っ!?」
あっ、固まってしまった。
余程知られたくなかったのかな? まぁ、仮にも伯爵家の人間が経済的に追い詰められてるなんて、他人に知られたくないよね。
だけど、これはとても大事なことだから……ゴメンよ。
「やはり……か、神はすべてをお見通しなのです。の、ノエルは処刑されるのですか!?」
「は、はぃ? そんな物騒なことしないよ!」
「でも……ノエルは……ジュノス神様の情報を商業連合――マルセスミスの商人さんに渡しちゃったです!」
ん……商業連合……? マルセスミスって何だ? また変なのが出てきたぞ。
ちょっといくらなんでも裏設定多過ぎやしないかい?
「一つ伺ってもいいかしら? あなたに商業連合の商人を紹介したのは……リズベット・ドルチェ・ウルドマンではなくて?」
「はっ!? そ、そんなことまでわかっちゃうんですか!?」
わからない。レイラもエルザも、おまけにレベッカまでわかったような顔をしているが、俺はその商業連合なんちゃらスミスってのがわからないんだよ!
じーっとレイラに教えてくれと目で訴えかけると、何となく察してくれたのか、商業連合マルセスミスについて教えてくれた。
商業連合マルセスミスとは、早い話が商人達が集まってできた国だ。
国とは言ってもそこに王様は居らず、一種の独立国家である。
つまり、民主主義の先駆け的存在(?)みたいなものなのかな。
しかし、リズベット先輩はどうしてパーシモン家に商業連合の商人を紹介したのだろう。そこに何かメリットのようなものがあるのか?
いや、愚問だった。
相手は商人が集いできた国。
そして、俺はリグテリア帝国の次期皇帝と言われている。
これらを一つのものとして考えたとき、商人が情報を掌握したいと考えるのは当然だ。
物を売る商人達に取って、国など意味を持たない。世界を一つの窓口として考えるはず。
一つの地域に大手スーパーは二つもいらないからね。
彼らに取って帝国はライバル店。そのライバル店を潰すためには内部情報が必要不可欠となる。
商業連合マルセスミスは、リグテリア帝国に経済戦争を仕掛けようとしているのか?
仮にそうだった場合、今のままでは商業連合に勝ち目はないだろう。
リグテリア帝国は世界の1/3を占める大国であり、世界中を植民地にするほどのお化け国家。
まともなやり方で経済戦争を仕掛ければ、報復ま免れない。
例えば、商業連合が行っている帝国や他国への輸出に制限をかけたり、或いは彼らに更なる重税をかければ、あっという間に滅び去ってしまうだろう。
しかし、それらの行為は帝国の破滅にも繋がる。
仮に今言ったことを実行した場合、間違いなく大量の餓死者が生まれる。
商業連合から物資が輸入出来なくなれば、たちまちこの世界の経済は破綻する。
そうなれば背に腹は変えられないと、他国が手を取り合い、世界大戦が勃発するだろう。
つまり、バッドエンドだ!
だが、商業連合とてバカではない。
だからこそ、帝国の手を先読みし、それを封じる一手を繰り出す必要がある。
そのために情報を集めている最中なのであろう。俺はそこに入ってしまったというわけだ。
「話はよくわかったよ。それで俺の情報を商業連合に渡していたというわけだね」
「も、申し訳ありませんです!」
瞳に涙を溜め込みながら、何度も頭を下げるノエル。だけど、これは彼女のせいではない。
ましてや、パーシモン家が悪いわけでもない。勿論、商業連合にもその責任のすべてがあるわけじゃない!
そうせざる得ないほど、皆を追い詰めたのは帝国だ。
やはり、早期に重税問題を解決しなければ、遅かれ早かれ俺は破滅する。
しかし、この問題はあまりにもシビアだ。
今すぐに税を軽くしてしまえば、帝国は間違いなく財政を保てなくなる。
そうなれば、そこに漬け込まれて他国に攻め込まれるリスクもある。
これらをクリアするためには、本当の意味で同盟国を築かないといけない。
生半可な覚悟では不可能だろう。
「よし、取り敢えず行くか!」
「行くって……どこに行きますの?」
「勿論、西北部にあるパーシモン伯爵領だよ!」
「ジュノス神様がノエルの故郷に!? まさか、お父様を……」
「いやいや、その逆だよ! このことが帝国に知られれば、いくら俺でも庇い立てはできなくなる。そうなる前に、パーシモン伯爵を助けに行くのさ!」
「ハッ!?」
「ジュノス……あなた」
「さすがです、ジュノス殿下!」
「ああ、レイラ様が選んだだけのことはある!」
皆、顔を見合わせて微笑んでいる。
エルザの言っている言葉の意味は相変わらずわからないが、ノエルの張り詰めていた緊張の糸は解けてしまったようだ。
両手で顔を覆い隠し、泣き崩れてしまった。
「今までよく耐えたね、ノエル。だけどもう大丈夫だよ! 俺が君達一族を……きっと救ってみせるよ」
「う、嘘じゃなかったです! お、おじじょうざまのはこどばは……うぞじゃながっだでずぅぅうううう!」
セルバンティーヌのおっさんの言葉を信じるのは如何なものかと思うが、何れにせよ、俺は足掻くぞ。
知恵を振り絞り、必ず死を……このバッドエンドを回避してみせる!




