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第29話:新米冒険者、食べさせる

 こうして楽しい時間を過ごしていると、すぐに料理が運ばれてきた。

 このお店の目玉は、風情のある東洋の料理である。味噌を使ったこだわりのスープ――味噌汁に、米と呼ばれるつやつやの真っ白な穀物。しっとりとした味わいのある漬物。


 そして、メインディッシュとなるのは、刺身というやつだ。

 新鮮な魚の身を薄くスライスしたこれは、一度食べればクセになる絶品料理と名高い。赤白オレンジと色鮮やかな刺身が盛り付けられた皿は、芸術的な美しさがあった。

 アイテムストレージに収納すれば、食材の劣化を遅らせることができる。でも、完全に鮮度が維持できるわけではない。十分の一程度に抑えるのが限界だ。


 漁師が釣り上げた魚を、その場で魔法を使える冒険者が氷漬けにすることで、こんな内陸部まで高鮮度のまま届けることができるようになっている。

 それは、値段にも跳ね返ってくる。でも逆に言えばお金を払いさえすればユニオール村のような小さな内陸の街でも新鮮な魚料理を食べられるのだから、ありがたい限りだ。


 そして、さりげなく出される高級エール。

 粗悪なエールはポツポツと大きな泡になっているのに対して、このエールは気泡が細かい。透き通った小麦色からも、品質の高さがうかがえる。


「――ん? この黒い液体はなんだ?」


「それは醤油という調味料ですよ。刺身につけて食べるんです」


「なるほど。こっちの緑色のはなんだ?」


「ワサビですね。少し辛いらしいですが、殺菌効果があるらしいですよ」


「なるほど、ちゃんと考えられているわけか」


 生の魚は新鮮なものでも腹を下すことがある。ワサビと一緒に食べれば火を通さなくても安全に食べられるということか。いやはや東洋の知恵には驚かされる。


「美味しそう……! この赤い魚は何かな?」


 ミリアが、興味津々そうに赤身の刺身を見つめる。

 色鮮やかに盛られた皿の中でも、抜きんでて目立った綺麗な刺身だ。油がしっかりと乗っていて、食べ応えがありそうだ。


「これは……マグロだな。でもこんなに脂がのってたか?」


「それはマグロの希少部位で、トロというものです。その中でもこれは厳選されていると思います」


「なるほど、普通でも美味い部分のさらに美味しいところだけを選んだってことか。期待できそうだな」


 さっそく一口、食べてみる。

 ――――うまい!


 焼き魚とは明らかに違う、柔らかな触感。それなのにしっかりと歯ごたえもある。ほとんど噛まなくても、つるりと飲み込める。

 醤油とワサビの組み合わせも最高だ。マグロだけでは物足りない部分を、醤油がしっかりと味付けしている。ワサビの辛さも絶妙だ。ただの殺菌目的じゃなく、味としても必要なものだったのだ!


「なかなかこの刺身というものは美味しいですね。マグロとは思えません!」


「あれ? ルビスはマグロを食べたことあるのか?」


「はい。でも丸ごとしか食べたことないですよ?」


「…………丸ごと?」


「海がありますね」


「ああ……あるな」


「その上を飛行します」


「うむ」


 なんか、もう察した。


「泳いでいるマグロを誘い出して、捕獲します。それを、その場で食します」


「…………」


 俺だけじゃなく、全員沈黙してしまった。

 アバウトというか、ワイルドというか……うん、発想が違うよな。


 深堀するのは避けることにしよう。

 今度はオレンジ色の刺身――サーモンに手を伸ばそうとして、手を止めた。

 俺とジーク、ミリア、ルビスが食べる中、シロナが戸惑いの表情をしていたのだ。まだ何も手を付けていない。


「どうした? 食べないのか?」


「初めて見るから……」


 シロナは、初めて見る食べ物――刺身を怪しげに見ていた。慎重派のシロナが戸惑うのも無理はない。安全だと分かっていても、生魚に不安を覚えるのも理解できる。

 でも、これを食べないのは勿体ない!


「……じゃあ、ちょっと目を瞑ってみてくれるか?」


「目を瞑る……? わかったわ」


 シロナが眼を閉じたことを確認して、マグロの刺身を銀のフォークで刺す。醤油とワサビを適量つけておくことも忘れない。

 本場では『箸』と呼ばれる木の棒を使うらしいのだが、初心者には使いづらいということでフォークとスプーンを使っていた。


 そして、マグロの刺身を――。


「んんんん――――んんっ!?」


「どうだ? うまいだろ?」


「(モグモグ……ごっくん)」


 少し強引だが、眼を閉じたシロナに食べさせてみたのだ。食わず嫌いは勿体ない。驚いていたシロナだったが、すぐに笑顔になった。


「美味しい……! こんなの食べたことないわ!」


「だろ? 早く食べないと無くなっちゃうぞ?」


 シロナは、今度は自分からマグロの刺身を取って、食べ始める。

 食べた後、銀のフォークを見て、首を傾げた。


「……あれ? さっき食べさせてくれたフォークって?」


「フォークがどうかしたのか?」


「もしかして……シオンの?」


「ん? 当たり前だろ?」


 どうして向かい側の席に座るシロナのフォークに手を伸ばすと思ったんだ? 俺が使っていたフォークをそのまま使う方が自然だろうに。


「そ、それってもしかして間接キ…………」


 なぜか、顔を赤らめるシロナ。


「ん? どうかしたのか?」


「な……なんでもないわ!」


 何か様子がおかしいな?

 俺なんか変なことしたっけ?

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