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ヤジョヌズの死化粧師は、最後のリンゴの木を越える  作者: わらびもち杏仁


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第1話 眼鏡はあれども唇ばかり目立つ奴 

世界の端にある小さな町ヤジョヌズには、無口な死化粧師と、偉大なる子狸ポルラガマヌヌを信奉するうるさい眼鏡と、妄想癖のお姫様が住んでいました。


そんなヤジョヌズのはずれにある森の奥で、小さく世界が壊れようとしていました。




「偉大なる子狸ポルラガマヌヌはかく語りき。

 たぬきがどんなに肉を食い大きくなり、ギラギラと爪を伸ばしても、くまにはなれぬ」


 天高く雲は浮かび、陽光が柔らかく地に降る、秋の草原。その一本道。ロバ車の手綱を引いて、ビッターラビィは声高に語った。


 短く切られ様々な方向に伸びる髪の毛を、わずかに冷気をはらむ風が撫でていって心地よい。

 眼鏡越しに見えるロバも自分と同じ気持ちのようで、軽やかな足取りをしていた。



「あのさぁ」


 後ろの荷台から遠慮がちな声が伸びてくる。ビッターラビィは大きく首を曲げそちらを向いた。


「俺はヤジョヌズに着いたら起こしてって、言ったんだけど」


 荷台半分程積んだ小麦の袋、それに背を預けていたのは1人の男。


 年は二十代後半くらいか。日を通すと緑にも見える黒髪がくねくねと肩まで伸びていて、それに両脇を挟まれた顔は浅黒い。

 夏の草のような色の上着には異国の文字とも見える線が描かれていて、長い首には黒い金属の首輪があった。


 初めはそんな風変わりな格好を疑問に思っていたが、首輪についてはある事を思い出し納得する。

 確か南にはそんな風習があるのだと聞いた事があった。それは本来女性がすることにだったが、まぁ何かしらの理由があるのだろう。


 ビッターラビィは正面へと向き直った。そして特徴的な薄い唇を円滑に動かす。


「ああそうだ。まだヤジョヌズには着いてないぞ、だから起こしてない。安心しろ安心しろ、ちゃんと起こしてやるから。

 寝ている間に身包み剥いでぽい、なんてしないさ。そんな事の愚かさを、偉大なる子狸ポルラガマヌヌはこう語っている。

 いかに無人販売といえども代金は支払うべきだ、私はそれをマナーと呼ぶ。ってな」


「いや、だから、オレが言いたいのはね、うるさくて寝らんないってこと。

 だいたい何、そのポル……なんとかって。

 ババジャロからずっとその話だ。おかげで気になって仕方ないよ。

 なんでたぬきが無人販売とマナーを語るんだ」


 男が言い終わったところで、がたりと大きな揺れがくる。

 ビッターラビィは慣れたものですぐに体勢を整えたが、荷台から小さな悲鳴が聞こえた。


「気をつけろよー、あそこはなんでかたまに揺れるんだ。なんにもないのになぁ。

 それとだ、ポルラガマヌヌが語るのは偉大だからだ。覚えておけ」


「そういうのは先に言わないと意味がないって」


 彼は尻を打ったようで、しきりにそこを気にしていた。その後で通り過ぎた道を見つめ、ぽつりと呟く。


「……穴が開いてる。小さいから大丈夫か」


 彼は胸元から紙切れを取り出した。広げられたそれは地図で、とても古るそうだ。数カ所に黒いシミがある。


「穴ぁ? どこに?」


 ビッターラビィの目には穴など見えない。視力は悪いが、眼鏡があれば穴など見落とすはずがなかった。


「いや、気のせいだね。このまま行ってくれ」


 男の口調は軽いものだったが、その手には重い物があった。大振りの剣だ。

 彼の持ち物だが、さっきまでは足元に転がっていた。それを何故、ロバ車が揺れただけで、あそこまでしっかりと握るのか。

 よほど大事な物なのだろうと、ビッターラビィはその疑問を頭の隅に追いやった。


「そりゃ良かった。俺はさっさとヤジョヌズに帰りたいもんでな。

 なんせ家では、妄想癖のお姫様と無口な奴が俺を待ってるからな」


 昨日ヤジョヌズからババジャロへとリンゴを載せて出発し、今はもう小麦を載せて戻り道を来ているのだが、彼ら2人が懐かしくて仕方なかった。


 少しの間離れているだけで寂しさを感じる程、彼らはずっとビッターラビィの傍にいた。

 こんな風にいちいち寂しがっていたのでは、荷運びの仕事は自分には合わないのかもしれない。最近はそう考えている。


「家族?」


 男がそう聞いてきて、ビッターラビィは一度うーんと唸る。彼らと血は繋がっていなかった。


「まぁ、そんなもんかな」


 短く答えるだけに終わり、車輪の音が目立ち始めた。

 珍しく口を閉じビッターラビィが考えているのは、自分を含めた三人の少し変わった関係だった。そろそろ変化があっていいように思うが、このままなら別にそれもかまわない。


 そこではっと、ビッターラビィは再び唇を動かす。


「そいや、あんた名前は? 

 ヤジョヌズには何しに行くんだ?」


 聞いてどうするわけでもなかったが、名前くらいは聞いてもいいだろう。

 何よりビッターラビィは口を閉じているというのが嫌だった。


 ――ビッターラビィを表現するもの、それは口。


 死んだ親からは、産まれてから泣きもしなかったから死産だと思った、そう聞かされている。そんな子供もどうにか育ってこうなった。


 今では誰もビッターラビィが死人だとは思わない。ビッターラビィの口は絶えず動いて自分の存在を叫び続ける。


 もしかしたら、産まれたばかりの自分は死んでいると思われたのが悔しかったのかもしれない。そうビッターラビィは考える。

 だから今こうなっているのだと。


「ああ、そうか、君がずっとポルなんとやらの話をするから、自己紹介もまだだった。

 オレはエレ、だよ。ヤジョヌズには……まぁ、探し物かな。君の名前は?」


 この時には、剣はすでに彼の手から離れていた。


「ビッターラビィだ。長いからな、たいていの奴はビビィって呼ぶ。あんたもそう呼べばいいさ。

 それにしても何を探すってんだ?ヤジョヌズにはリンゴしかないぞ。

 世界一美味いリンゴなら、探せばあるだろうけどな」


「なるほど、それはぜひ探さないと」


 エレは自分の探し物がなんであるのか答える気はなさそうだった。


 まぁ別にそれでもいいさ、とビッターラビィが今一度偉大なる子狸の格言を披露しようとしたところ、草原の向こうに煙突が見えた。


 村にしては大きく、町にしては小さい、そんな中途半端なヤジョヌズの、リンゴに並ぶシンボル――大工の親父の家の無駄に長い煙突だった。

 彼が何故あのような煙突をこしらえたのか、それはここではビッターラビィも語らない。無駄だから。

 それよりもエレにヤジョヌズが近いことを告げた。


「懐かしいな」


 荷台から乗り出し、ビッターラビィの横に顔を並べる彼。懐かしいと言いながら、素直に喜んでいるようでもなかった。

 心なしかその表情には暗さが見える。


 ふと、ビッターラビィの記憶が蘇る。それは「懐かしい」という言葉と剣が運んできたものだったが、ただの偶然だと思った。


 しかし気持ちがすっきりせず、以前も来たことがあるのかと尋ねようともした。

 けれどもまた彼は答えなさそうで、結局ビッターラビィは大工の親父がこしらえた無駄な煙突の話をした。





読んでいただいてありがとうございます。


この作品はカクヨム様でも掲載してます。

そちらでは完結しております。28話完結です。


こちらでも毎日投稿予定なので、今後ともよろしくお願いします。

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