母の涙と、現在過去未来眼鏡
人払いをした部屋に、ディーアナとルビーが向かい合って座っていた。小さなテーブルには紅茶のセット。先ほどまでの厳格な国王の顔を捨て、ディーアナは一人の母親として、震える手でティーカップを手に取った。
「あのね、猫ちゃんたちが家に来たじゃない。お名前を聞いたのよ。そしたら二人で笑顔で『うるにゃーごろごろにゃー』って……一生懸命、自分たちの名前を教えてくれようとしたのね」
ディーアナは視線を泳がせながら、言葉を継いだ。
「でも、おばさんには猫語の発音はできないわって謝ったの。それで、私が名前をつけてもいいかしらって聞いたら、いいよって。……だから、女の子にはミケ、男の子にはタマってつけたわ。普通の名前だけど」
言い終えると、ディーアナは真剣な顔でおじさんに向き直った。その手は激しく震え、紅茶が盛大にこぼれている。
おじさんには、母の動揺の理由が痛いほどわかった。ピンキーが「ルビーの中のおじさんと婚約した」と方々に触れ回っているのだ。耳に入らないはずがない。
「……それでね、そこにピンキーが来て、婚約したって言うのよ。そうしたら女神様が……あの妖精さんがね、『間違いない』っておっしゃって。『ご都合主義オーラ』っていうのをぴかーって出されたら、あら不思議、納得しちゃったの」
おじさんは冷静に「ピンキーから聞いたのか……」と心中で呟いた。
「それからタマちゃんが鞄から魔法道具を出してね、『現在過去未来めがねー』って。それをかけたら、異世界で赤ん坊に転生した本物のルビーが見えたわ。……納得オーラがなくても、もう納得するしかなかった。でもね、こうして見ると、貴方は私の娘にしか見えないのよ。ルビーの記憶があるなら、貴方はこの世界の私の娘。おじさんの記憶がくっついているだけだわ」
ディーアナは、パン屋を営む夫にどう説明すべきか、いや言わぬが花か、とブツブツ呟き始めた。この国では王の夫だからといって地位が上がるわけではない。休日のディーアナは夫の店を手伝い、客も彼女を「パン屋の奥さん」として扱う。そんな自由で平等な空気が、この国には流れていた。
ルビーとしての記憶を辿れば、彼女はかつて祝賀祭で歌う師匠の姿に憧れ、その隣に立つために猛勉強を重ねてきた努力家だった。家の手伝いもせず、ただ高みを目指した少女の情熱。
「ああ、ルビー、心配しないで。貴方が女の子を好きでも構わないわ。ピンキーが好きなら応援するし、破滅爆散も手伝ってあげる。眼鏡を借りれば、異世界のあの子の成長も見守れるもの。私は、両方の娘に愛情を注ぎます」
「……ありがとうございます、国王陛下」
おじさんは、ようやく言葉を返した。日本での常識では計り知れない自由と平等。この世界から学ぶことは多いとおじさんは感じていた。
ふとルビーの記憶を探ると、双子の子猫の母親もかつてこの屋敷で働いていたことがわかった。ピンキーとは違い、猫耳のついたノーマルな猫族だった彼女。彼女もまた女神の加護を受け、皆に愛されながら、今の夫と出会うまでの二年間をこの場所で楽しく過ごしていたのだ。




