20.仮面の奥に秘めた激情
──やらかした。
セヴィの前から逃げるように立ち去ったあと、フィリアは窓の外を見ながらそう呟いた。
上手くやれてるはずだったのに。
頑張れてるはずだったのに。
それを全部ぶち壊した。
「さすがに私が緑の国の王女だってことはバレてない……はず」
言ったのは全部海の国でのこと。
誰一人味方がいない中で、冷遇されてきたこと。
──ごめんなさい、私が悪いの、全部私のせいなの。私が生きているから、ここに来たから。ごめんなさい、ごめんなさい、
力の限り泣いて、泣いて、そうして泣き疲れて眠った日のこと。
今でも少し、暗くて狭い部屋が怖い。
過去は、過去になった今でもフィリアの心に影を落とす。
「きっと太陽姫のイメージは崩れてしまったわね」
フィリアは大きなため息を吐いた。
「どうしようかしら……」
「……少し、歩こうかしら」
厚手のショールを羽織って部屋を出る。
夜の銀月の城は静かで、雪明かりだけが石畳を白く照らしていた。
ふと、風に混じって音が聞こえた。
──ギィン、ギィン、と金属をぶつけるような音。
こんな夜更けに訓練場で音がするはずはないのに。
導かれるように足を運ぶと、月光に照らされた中庭でひとりの男が剣を振るっていた。
銀色の髪が宙を切るたびに、月光を反射して鋭く光る。
セヴィだった。
誰もいないはずの夜に、狂ったように剣を振るう姿。
額にはびっしょりと汗が滲み、白い息が荒く立ち上っている。
いつもの能面のような顔とは違う。
眉を寄せ、口を食いしばり、瞳に剥き出しの焦燥を宿して。
「……クソッ!」
低く吐き捨てる声。
振るわれた剣が石畳を裂き、火花が散る。
──あの冷たい王子が、こんな顔をするなんて。
フィリアは思わず胸を押さえた。
苦しげに、何かに抗うように、ひたすら剣を振るう背中。
守るためか。壊すためか。
彼の心の奥に燃えるものを、初めて垣間見た気がした。
剣を振り終え、膝に手をついて肩で息をするセヴィ。
月光が銀の睫毛を濡らし、額の汗を宝石のようにきらめかせていた。
「……どうしてだ」
誰に向けたのか分からない呟き。
その声は、氷の王子のものではなかった。
人間らしく、弱く、苦しい声。
フィリアは物陰に隠れたまま動けなかった。
声を掛ければ彼の鎧を壊してしまいそうで。
けれど、この夜の姿を見たことは決して忘れられないだろう。
──この人もまた、傷を抱えている。
胸が熱くなり、涙がにじんだ。
あの時、剣を振るう彼の背中が、ひどく寂しそうに見えたから。




