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12.お前は本当に母親に似ている

「緑の国が滅びた……か」


 ダールトン国王は重々しく呟いた。

 そして、玉座から立ち上がり、オフィーリアの前まで歩いてきた。

 誰かが息を呑んだ声が聞こえた。


「オフィーリア。お前をこの国で王女として生きることを許可する」

「王女……」

「お前は、この国の王女、フィリア・アクアレーヌとして生きなさい」


 オフィーリアは思わず振り返って、マリア叔母様を、セレナを見た。

 二人は深刻そうな顔をしていて、その表情からは何も読み取れない。


「はい。私は今日から海の国の王女、フィリア・アクアレ―ヌ」


 オフィーリアは頷いた。「お心遣い、誠に感謝いたします」と礼をする。


「フィリア・アクアレーヌ。今日から私たちは家族だ」


 オフィーリアの目の前に厚い手のひらが差し出された。オフィーリアは──フィリアはその手を取った。

 それが最善だと信じて。

 ──それにしても、そんなに簡単に王女を増やしてしまっていいのかしら?

 

 

「セレナお姉さま」


 早足で歩くセレナをフィリアは追いかける。


「なに」


 セレナは立ち止まらずに、しかしちゃんと返事をしてくれる。


「今日から私もこの国の王女ということですけれど、そんなこと国民は、この国の城の人は納得してくれるのかしら? どこの馬の骨とも分からぬ子どもが王女なんて言って」

「フィリア。あなた知らないのね」

「……?」

 

 セレナが急に立ち止まった。顎の方で中庭を指す。


「見て」

「とても楽しそうですわね」


 大臣の子どもたちだろうか。白いシャツを腕まくりした子どもたちが追いかけっこをしている。一人の少年が草に足を取られ地面に倒れた。一人の少年はそれを指差して笑った。

 

「あの子たちも王子」 

「え……」

「もちろん母の子ではない。全員国王の私生児よ」

「……!」


 ──あの優しいマリア叔母様の顔が頭の中で浮かんで、消えた。

 

 セレナが片眉を吊り上げた。


「国王は、女遊びがお好き。誰ともわからぬ女と子どもを作って、そのたびにこの国に王女や王子が増えるのは日常茶飯事ってわけ」


 冷え切った声でセレナは言った。

 

 ──なんとも思わないのかしら。

 

 フィリアはセレナを見上げた。 至極平静な顔をセレナはしている。


 ──なんとも思わないのではなくて、慣れ切ってしまっただけなのかしら。


「セレナお姉さま……」

「その顔、やめて。むかつく」


 すたすたとセレナは去っていった。先ほどよりも随分と速いスピードの彼女の背を、フィリアは呆然と見送った。

 今までのセレナの早足は彼女なりに手加減したものだったらしい。


 子どもたちのはしゃぎ声が、耳にまとわりつく。

 


「フィリア、もっと近くに来なさい。私たちは家族なのだから」

「はい……」


 思わず、フィリアはマリア叔母様とセレナの気配を伺う。

 家族だから。

 そう主張する癖に、この人は本当の家族のことを見てはいるのか。


「どうした。フィリア。聞こえないのか」


 苛々したように国王が言う。

 慌ててフィリアは国王の元に駆け寄った。扇を仰ぐと国王は心地よさそうに笑った。


「そうだ。フィリア。とても涼しいぞ」


 細められた瞳。その意味を幼いフィリアはまだ知る訳もなく……。


 

 いつの間にか、会食のときの席が国王の隣に用意されていた。

 いつの間にか、国王が土産をフィリアに与えるようになった。

 いつの間にか、いつの間にか……。


「フィリア、夜になったら私の部屋に来なさい」

「ダールトンのお父様」

「なあに、新しい絵画が部屋に届いてな。見せてやろうと」


 絵は、美しかった。

 緑の国を彷彿とさせる、自然にあふれた大地で水浴びをする女神。瑞々しく、生命力にあふれ、生きる喜びに満ちている絵画。

 自然とフィリアの瞳から涙が零れ落ちる。

 

 ふと、寒気がした。

 ダールトン国王が、すぐ近くにいる。

 絵画ではなくフィリアをじっと見ている。

 

「お前は本当に母親に似ている」


 フィリアの白い手の甲を国王が撫でた。ゆっくりと、上から下へと。

 寒気が広がって身を引きたくなる。

 王は、舐めるようにフィリアの身体を見た。


「お前が十八になったら、そのときは……」


 顔に吐息がかかる。怯えが、体を震わせた。

 フィリアは後ずさった。

 目の前の男が、父親であるはずの男が、怖くてしょうがなかった。


「なあに、楽しみは取っておく派だ」

  

 王は笑った。

 自分がこんなに怯えているのにそれすらも楽しんでいそうなのが訳が分からなかった。


 ぱっと王が手を離す。

 その瞬間、フィリアはその場に崩れ落ちた。


「楽しみだな。──お前が女になる日が」


 王はそう言って仄暗い笑みを浮かべた。

 

 ──逃げ出さなきゃ。

 その想いが頭の中で流れ星のように走った。

 この男に食い物にされる前にどうにかして、逃げ出さなければ。

 

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