13話 着替えは見ません!(血涙)
「──さ、もう遊び倒したろ。着替えた着替えた!」
「ゆーま君、『遊び倒した』なんて本気で言ってる?」
「さっきまで『きゅーけい!』って言って木陰で休んでたヤツは誰だよ。それこそ遊び倒した証拠だろ!」
「で、でも! なんか気温も下がってきたし本番はこれからじゃないのかなーって」
「顔、上げてみろ」
結衣に空を見てもらう。そこには当然、青く燦々としたものではなく、赤みの強いオレンジ色が広がっている。午後5時48分の空だ。
ほっぺたをぷくーっと膨らませていたが、直に萎んだ。今は、頭を活発に動かしている。目もパチパチさせていて。
「空はオレンジ色、もうすぐ日も沈む。──早く着替えて、これから行くところがあるだろ?」
「うーん……」
「あ、着替えはビニール袋の中にあったな──」
「……うん」
なんでだろう、結衣が一向に頭を下げないんだが。
「結衣、探しものか?」
「んー、そんなとこ」
「……なに探してんだよ」
「太陽」
「…………は?」
思わず声に出してしまった。『ヤベ』と思って、咄嗟に口を両手で塞ぐ。
……いやいや、あるのは確実だろう。地平線を見ればいい。だって、現在進行系で太陽は沈みかけているのだから。
「地平線を見れば太陽は見つけられるだろ……」
「あ、そっか」
「まったく。……てか、今さら太陽なんて探しても何にもならんだろ」
「んー。まっ、そうなんだけど──」
結衣が続きを言う前に、着替えの入ったビニール袋を手渡す。「ありがと」と一瞬気をビニール袋に寄せたが、それはすぐに拡散した。こうしている間にも、刻一刻と日は沈んでいく。
散漫する意識のなか、結衣は体に付いている細かな砂を手で払い始めた。
「実物があるなら、ちゃんと見ておきたいなって」
「実物とな?」
「うん、太陽は実際に存在するでしょ? 昼の太陽は見れた。でも、この夕暮れの太陽はあまり見れてないなーって」
「そんなに見たいか?」
「見たい」
即答。凛とした横顔。……なんだか寂しい。
「ゆーま君には私のことが見えてるけど、ほかの人からは当然見えないの。ゆーま君に見えてるのが例外ってだけで、基本は存在しない『モノ』。……そんな私が、この瞬間に消えてもおかしくない」
「そんな寂しいこと、言うなよ」
絞り出した言葉。声色は確かに震えていた。
そして、俺は結衣の後ろに回った。
「……夕暮れの太陽、存分に見ていいぞ。あれがそうじゃないか?」
一人、向こうに浮かぶ、沈みつつある太陽を指差す。結衣も俺の指と同じ方向を向いた。
「……見えたけど、ちゃんと大きいままだけど──」
歯切れが悪い。……なんだ、もっと大きい太陽を見せろとか言われてもどうしようもできねーぞ……。
「ゆーま君のほうが、ずーっと大きく感じる!」
急に振り返って、俺に顔を覗かせる結衣。
満面の笑み。
不思議と、その笑顔に見とれて、体が熱くなって、心も熱くなって……。暑さが引きつつある夜との境目に、体がちょうど溶け込む感覚がした。
「……は、早く着替えなさい!」
「あれ、急にそっぽ向いてどーしたの?」
「俺も着替えるんだよ!」
「めっちゃ必死」
「屋台行くんだろ、着替えちゃいなさい!」
「何回も口を酸っぱく……。ゆーま君は私のママだった……?」
「保護者みたいなものです!」
これ以降、着替え終わるまで俺と結衣との話はなかった。どこか照れてしまって、男女が裸を晒している状況も相まってのことかな。
もちろん、俺は紳士なので結衣のほうを振り返ってその裸体を覗くことはなかった。……でも、紳士でも血涙は流すもんなんだよ!
お互いに着替え終わって、今度は屋台のほうへ向かって行く。結衣が持って歩くビニール袋のなかには、当然水着があり、一番上にはビキニの三角トップスがちょこんと置かれていた。
濡れた三角トップス。
確かなる質量が見て取れる、その大きさ。
さっきまで、生身の結衣が着ていて。
結衣さん、家まで寸止めはキツイって……(血涙)。
次回での完結を目指します。




