表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偏訳・地獄変  作者: ねも
6/10

(六)


 大殿は気長に御待ち為されたとは思います。父が決意を固めるまで、季節が三度変わるまでの時間が必要でありましたから。

 そもそも父が己が眼で見つめた事をそのままに映す等、誰しもが知っておりました。大振りの地獄変屏風を心行くまで描き尽くすには、その目で地獄を見るしか無かったのです。


 地獄とは血の火焔の(くれなゐ)に彩られ、呻き苦しむ亡者の声と姿が陰惨に満ちた世界だと云われています。それを(うつつ)の世で見ようと思えば、生きたままの人間を焼き殺すより有りません。

 悩みぬいた父が人の死にゆくさまを直に見たいと言い出すこと等、御聡明な大殿には容易く分かりながらも、あの御方は父に地獄絵を描くよう申し付けたのです。


 世の方々が大殿の行いを称えられるのはその寛容さと剛毅さでありましたが、わたしは何より非道を行う時でさえ器量が大きいと思わせる威風にあるのではないかと思います。

 かの長良橋の人柱に御寵愛の童を立てた時もその惨さを問われる事もなく、むしろ民のために己の大切な愛し子を捧げた御嘆きを偲ばれる――大義の前に些末な罪は赦されると感じさせる御方でございました。


*****


 まるで宮中に上がる女御の如く飾り立てられ、わたしは渡殿をしずしずと進みました。今この御邸の内で、わたし程輝く存在は居ないでしょう。北の方や姫君でさえ、これ程の装いを赦された事はなかったと聞いております。庭に控える雑色や小者たちが呆けたような(まなこ)でわたしの装いを眺めてゐました。

 常ならば近づくことも赦されてゐない寝殿の南庇へと手を向けられ、これはいよいよ大殿はわたしを生かしておく御気持ちはないと感じました。せめてもの餞に浄土を見せてやろうという御心を有難いと思うべきか怖ろしいと感じるべきかわたしには分かりません。いずれにしてもこの夢のような時間も、あと数刻ですべて終わるということです。

 (とうと)き御方にしか通るを許されぬ中門廊に、それは立派な牡牛が引く檳榔毛の車が用意されていました。袖や棟に飾られた金物や庇を彩る紫のふさが揺れています。今宵は風が強い日のようでした。ならば火も善く燃えましょう――車の中に居るわたし毎。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ