9話.不安
登り始めたばかりの柔らかな朝日が差し込む馬車の中。富美子は体の痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと目を覚ました。
「ん…トミコ様…? おはようございます…。」
馬車の揺れと富美子の動きに反応するように、ミリアも瞼をこすりながら目を覚ます。
『ごめんなさい、起こしちゃったわね。』
「いいえ、大丈夫です。」
2人は馬車を降り、見張りをしていたラグネルに声をかける。
『おはよう、ラグネルさん。体調は大丈夫?』
この移動中、ラグネルは見張りのためにほんの数時間しか眠れていない。
「トミコ殿、ミリア殿、おはよう。これくらいはまだ余裕だ、心配いらない。朝食をとったら出発しよう。何もなければ、今日中に辺境に着くはずだ。」
王国を出発して三日目。
予定通りなら、今日にも辺境に到着するはずだ。馬車に揺られながら、富美子は辺境の現状を思い描き、今後の立ち回りを考えていた。
『ミリアさん、辺境での主な問題は食事と衛生面だと思うのだけれど、どうかしら?』
「そうですね。その二つに加えて、魔物対策も大きな問題になっています。」
食糧問題については、生で食べられるものをそのまま食べるだけの生活をしていると聞いている。つまり、素材自体はある。調理方法や火の起こし方を教えれば、改善の余地はあるだろう。
衛生面は、問題が深刻だ。富美子の知識である程度は何とかできるかもしれないが、病気が蔓延していたら手の打ちようがない可能性もある。
そして魔物対策。これは富美子にとって未知の領域だ。
『食糧問題は何とかできるかもしれないけれど、衛生環境の悪さによる病気の蔓延が心配なの。』
「病気…ですか…。今までは病気にかかること自体が滅多になく、もし何かあっても魔法で治していました。魔法が効かない病気となると、どうすればいいのか…。」
『そうよね。でも私は、すごく昔にではあるけれど病院で働いていた経験があるから、多少は何とかできると思うの。だけど、未知の病気や重大な感染症が広がっていたら、さすがにどうしようもないわ…。』
富美子はため息をつき、少し考え込む。
『それに…魔物対策についても。私がいた世界には、そんなものいなかったから、どう対応すればいいのかも分からないの。』
「そうですよね…。」
馬車の中に、少し沈んだ空気が流れる。
だが――
『考えていても仕方ないわね!』
富美子は顔を上げ、ミリアの手をそっと握る。
『問題は山積みだけれど、できることをやるしかないわ。だからね、ミリアさん。ラグネルさんにもだけど、私はもうかなりの老いぼれで、体力や体の問題でできることにも限りがあるわ、迷惑をかけてしまうこともきっと沢山あると思うの。それでもこの先、協力してくれるかしら?』
真剣に、しかしミリアを安心させるような笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「もちろんです! 迷惑なんてとんでもない。むしろ巻き込んでしまったのは私の方なんですから…!」
「俺も出来ることは力になる。」
ラグネルも口を挟まずずっと会話を聞いてくれていたのだろう、2人の返答に富美子の緊張しきっていた心が少し解れていくのを感じた。
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「もう間もなく辺境に着くぞ。」
ラグネルの声に、ふと我に返る。いつの間にか外は薄暗くなり始めていた。
もうすぐ、辺境――。富美子は不安を抱えながらも、大きく深呼吸をした。