追うものと、追われるものと
「そうこなくちゃね。そんじゃ、続きはまた明日にしようか。おれはちょっと野暮用で外に出てくるね。すぐ帰ってくるから心配しなくていいよ」
そう言って、トレイシーは返答も待たずに飛んで行っちゃった。フットワークが軽いね。
「元気だねぇ、トレイシーは」
「……まぁ、そうっすな。何をしに行くつもりなんだか……」
「鍛錬とかじゃない?」
だとしたら、すぐには帰ってこないか。となると、信仰のお祈りとか、説明したくはないけど、すぐにでも終えられるような事をしに行ったんだろう。詮索する必要もないと思う。
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次の日。いつもと違う環境だからか、なんとなく新鮮な気分で目覚めた。
「それじゃ、早速クラゲンさんのところに行ってみようか」
「うん。探しに行けばいいのかな?」
「んー。まぁ特に場所も伝えないで、話を聞きに来てって言ってたし、一般的な依頼の出し方してるんじゃないかな? 広場の掲示板を見に行ったら、多分なんかわかるよ」
わたしたちはあんまり仕事を請けることなかったけど、冒険者向けの依頼と言えば、個人の繋がりを除けば掲示板に貼られてるんだよね。せっかくだから、他の依頼もどんなのがあるか見てみようかな。
ということで、街の広場の掲示板前にやってきた。……日中の広場は活気があるもの、というのはそうなんだけど、なんかちょっと騒がしい気がするね。なんだろう?
「聞いたか? 深夜、街の通りで刺殺死体が見つかったんだと」
「珍しいよな。敢えて街中で殺人なんて。犯人は余程肝が据わった奴だろうな……」
喧騒に耳を傾けてみる。話題は大体それで占められているみたいだ。
「ねぇ、トレイシー」
「ん。殺人事件の被害者は誰だったんだろう、とかそういう話かな?」
その返事には、暗に分かりきったことをいちいち聞かないでほしい、という意図が込められているのを感じる。その発言だけで、誰が何をやったのかだけはよく分かった。実のところ、隠す気もないんだろう。
「ううん。物騒な事件があったんだな、って思ってさ。被害者の人は、いつ目を付けられたんだろう?」
「なるほど。おれの直感によると、昼頃には既に目を付けられてたんじゃないかな」
夜に出ていったから、その時に見つけたのかと思ったけど、そうじゃなかったんだ。もっと前から、近くにはいたんだね。わたしは気付かなかった。
「だとしたら、目を付けてから、実際に行動に移すまでに時間をかけたのはなんでかな? やっぱり昼間は人目があるから難しかったのかな」
「どうだろうね。もしかしたら、別の意図があったのかもよ」
やろうと思えば、もっとタイミングはあったのか。何にしろ、細かく話すつもりはないみたいだね。だったら重要なことでもないし、放っておこう。そんなことより、掲示物だよ。
『身元不明の冒険者見習い、大通りにて殺害される』
『隣街に手紙を届けてくれる人を探しています』
『龍級冒険者と行く龍狩り体験会、参加者大募集』
これか。ノリが軽すぎる。あの人、本当に真面目にやってんのかな?
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クラゲンさんの拠点…… 住居かな、にやってきた。お金持ちが住むにしては、随分と質素な感じだ。居心地は良さそうだけど。
「お邪魔します」
「お、君ら見たことあんね。どっかで会ったんやっけ?」
出迎えてくれたのは、昨日見たときと同じように、とぼけた態度のお兄さんだね。わたしは嫌いじゃないな。
「ええー、忘れちゃったのお? おれは確かに認定もされてない、そこらの一般冒険者だけどさあ」
「冗談や。心配せんでも覚えとるがな。そもそも、球の兄さんのご同輩なんて、見たことも聞いたこともあらへんし。今ここに居んのが昨日の奴やない、っちゅーなら知らんけどな」
やっぱり冗談だったらしい。まぁ、それはそうか。トレイシーは球人を見た目で判別するのは無理って言ってたけど、球人が一人しかいないなら、その特徴は強固なアイデンティティだものね。
「しかし、昨日も言うとったけど、兄さんが田舎もんの一般冒険者、ねぇ。悪い冗談やわ。いやまぁ、田舎もんの方はまだ、わからんでもないねんけど。……お前みたいな一般冒険者が居るか」
「でも、事実じゃん?」
「認定されてへんだけやんけ。異端ではあんねん、どう考えても。あの『風食み』の兄ちゃんを出し抜いたんやって?」
情報が早いね。手合わせがあったのは一昨日なのに。でも、最高位の冒険者に関する噂なら、知られてるのも普通かもしれない。
「出し抜いた、なんて上等なもんじゃないよ。死んだふりしただけ。それだって、本当は気付かれてて放っとかれたのかもしんないしさ」
「アレ相手にしばらく凌いでみせたってだけで、もう十分ヤバいねんけどな。あまつさえ生還やと? アイツ、ガチの龍狩りの英傑やぞ? 本当にちゃんとわかっとるか?」
そういう評価になるのか。でも確かに、仮にわたしが同じ立場だったとして、どれだけ凌げただろうか。数瞬のうちに殺されていた可能性が高いと思う。やってみないとわからないけど、やってみたいとは全く思わない。
「ただ様子見してるだけの武人を凌ぐなんて、ちょっと頑張れば余裕だよ。もちろん、出来ればやりたくはないけどね」
いや、それはない。盛り過ぎ。流石にただの強がりだろうなぁ。
「言うやんけ。イブキもさぞ嬉しいやろな。……絶対そのうちまた挑まれるわ。ご愁傷さん。……まぁ、そんなことはええねん。でっかい仕事の件、興味あって来てくれたってことでええんやんな?」
「はい。実際に請けるかどうかは、もっと詳細を聞いてから判断するつもりなんですけど」
「……昨日も思たけど、自分えらい堅ッ苦しい態度やん。そこの無名野郎どもはともかく、お姉ちゃんは一人前の冒険者やろ? 気ぃ張らんと仲良くしよ? 嫌なら無理にとは言わんけど」
なんか若干、見習いがムッとした顔をしてる気がするね。嫉妬かな? こういう時、ちゃんと対等に扱われる方がいいだろうし、やっぱ認定はもらっといたほうがいいと思うんだけどな。妖霊とはいかなくても、取り敢えず黒鉄くらいは。
「じゃあ、お言葉に甘えて。別に嫌じゃないよ? だけど、やっぱりクラゲンさんは龍級冒険者だから、どうしても気後れしちゃうんだよね」
「嫌われてないんなら何よりや。……龍級、なぁ。まぁ、そうなんやけど。正直、私には身に余るわ。もうちょい世間様に埋没して生きてたいねんけどな……」
持つものの苦悩ってやつかな? 嫌味とかじゃなくて、切実に本心からそう思ってるような気がする。わたしにはよく分かんないけどね。
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「お仕事やねんけど、ちょっと…… っていうか、だいぶ頭数足らんのよね。最悪の場合は居る奴らだけでやるにしても。君ら、知り合いに声掛けに行ってくれへん? 往復の費用は出したるから、君らの地元で」
「お駄賃くれんの? じゃあ、おれが行ってこようかな。知り合いあんまいないけど」
まぁわたしも伝手はあんまないしね。トレイシーが行くでも大差ないか。……人が集まらないのは、募集が雑過ぎるからじゃないかな?
「大丈夫? 一人で往復できる?」
「ナズナはおれのことをなんだと思ってるんだよ……。お遣いも出来ないようなガキじゃないよ?」
言われてみると、そうか。わたしは「手のかかる弟」みたいに思ってたけど、実際には私なんかより余程経験のある冒険者なんだよね。でも、心配が要らないかどうかっていうと、普通に要ると思う。正直、すごく不安。
「ほんじゃ、よろしく。余った分はとっとき」
「わあい。それじゃ、行ってきまーす。すぐ帰ってくるねえ」
言うが早いか、トレイシーは物凄い速度で走り去っていった。……いや、ちゃんと用事を済ませてから帰ってきてね?
「元気やねぇ、あの球の兄さん」
「あはは……。お恥ずかしい……」
「あの様子やと、経費も使わずに帰ってくるんやろな。お駄賃とか言うとったし。こういう場面で使えるものを知らんからか、それとも…… 使う必要もないんか。異界の常識は測られへんからなぁ」
……流石におかしい。この人は、色々知り過ぎてる。
「どうして、それを知ってるの?」
「え? 何よ、隠しとったん? あんな怪態な生物、この世界には居らんやろ。一目でわかるやんけ」
そうかもしれないけど、本当にそれだけだろうか。今まで見たことがないってだけで、即座にそれを異界のものだと断言できる?
「……なぁ、そない身構えんでええって。仲良くしよ? 他意も裏もあらへん。本心やで、これは」
「信じてほしいなら、もっと優しくしてよ。意地悪」
「ごめんて。怖い顔せんとってや。せっかくの可愛いお顔が台無しやで? ……いや、これも失礼やな。ごめん」
少し不信感が芽生えたけど、判断するにはまだ早いかな。警戒はしておこう。その時、大きな音を立てて、入り口のドアが乱暴に開かれた。ちょっと緊張してたから、無茶苦茶ビックリした。やめてよね、そういうの。
「邪魔すんぞ。……おう、『ごみ拾い』の雑魚どもじゃねえか。奇遇だなァ。今日はあの珍妙生物はいねえのか?」
……『悪漢兵衛』? またあんたたちなの? 懲りないなぁ、まったく。