第一話 娼婦ベニー
宜しく
ヘルマン王国にある都市アマン。
人口数万の典型的な地方都市、その外れに建つ一軒の娼館マラン。
この娼館には十数人の娼婦が所属しており、女の質とサービスは、王都にある高級娼館に負けないと知られていた。
「ありがとう、ベニー」
「こっちこそ、いつもありがとう、ダイム」
私は娼館の玄関で馴染み客、ダイムを見送る。
時間は昼前、娼館の中に他の客は居ない。
いつも彼は深夜にやって来て、予約していた私を抱き、翌日に帰る。
数年間姿を表さないと思ったら、一年の内に数回来たりと、不定期なダイム。
タフな彼の相手を出来るのは、この娼館で私だけ。
他の娼婦では途中で気を失ってしまう、だからいつも彼は私を抱くのだ。
呪いで、どんなセックスにも決してへたばらない私を...
「ベニー、ダイムは帰ったの?」
「まあね、それより休んでなよ」
同僚のミオンが毛布を被り、玄関にやって来た。
現在彼女は仕事を休んでいる。
3ヶ月前にヘマをやり、先週子供を堕ろしたばかりなのだ。
娼婦が妊娠しても、赤ちゃんの父親は誰か分からない。
もし分かったところで、客が認知する筈が無い。
向こうは情欲を満たす為、こちらはお金を貰い、受け止める。
娼婦が客を取れなければ死ぬしか無い、だから堕ろすのだ、自分が生きる為に。
「ダイムか...ただ者じゃないわね」
「そう?」
ミオンは一度だけダイムの相手をした事がある、どれ程のものか試したくなったそうだ。
「あの時は腰が抜けるかと思ったわ、それに技術の方も凄かったし」
「身体を治したら、また相手をしてみる?」
「とんでもない!」
ミオンは身体を震わせる。
ダイムに抱かれたら後が大変なのだ。
快楽が身体に染み付いてしまう、普通の娼婦ではしばらく仕事にならないだろう。
私は別だが。
「本当、何者なんだろうね。
この国の人間じゃないみたいだけど...」
「そうね、私と同じで他国からの流れ者かな?
腹を探られても良いのは、ミオンだけ...みたいね?」
「..ごめんよ、客への詮索はタブーだったね」
血の気が無いミオンの顔が更に白くなる。
悪いが、筋だけは通させて貰う。
[余計な詮索はしない]
娼館に来る客の事情は人それぞれ。
そして娼婦になった事情もそれぞれ。
自分で作った借金の返済だったり、親、恋人に売られたり。
ベニーは私の本当の名前では無い、ミオンだって、娼婦が本名を名乗る訳が無い。
客も同じ、ダイムも本当の名前があるに違いない。
...だが、呪いを受け、娼婦になってしまった訳有り元貴族令嬢は私一人だろう。
「ベニー今日は?」
「さすがに今日は客を取らないわ、昨日は一睡もしてないの」
「...そうよね」
絶句するミオン。
昨日は全く寝かせて貰え無かったが、本当はセックスによる力の消耗は無い、睡眠不足も全く感じてない。
それは私の受けた呪いのせい。
でもダイムの様な凄い精力を持つ人間が居たのは驚きだ。
彼は生まれながらの絶倫なのだろう。
秘かに薬を使い、そう見せようとする男も居る。
だが私には通じない、数回果てると化けの皮は剥がれる物だ。
「じゃあ私は寝るね」
「そうねミオン、ゆっくり休んで」
娼館の奥が私達娼婦の居住スペース。
自室に戻るミオン、少し足を引き摺っている。
身体に残るダメージは大きい、まだ客を取るには1ヶ月くらい掛かりそうだ。
「キラムを私の部屋に呼んで」
「畏まりました」
廊下に立っている男に娼館長キラムの呼び出しを頼む。
彼等の役目は客とのトラブル防止、そして娼婦が娼館を脱走しない様に見張る為。
「失礼します」
「入って」
数分後、私の部屋の扉がノックされ、キラムが中に入って来た。
40歳を過ぎたキラム、美しかった容貌も衰えが目立って来た。
「どうかされましたか?」
「まあ良いから、先ずは座って」
立ったままでは話がしにくい、キラムを席に座らせる。
キラムは緊張したまま、それは仕方ない。
この娼館を経営してるのは私なのだ。
キラムは私の代わりに代表をしているだけ。
年も私の方が上で、キラムは前に私が居た娼館の元娼婦。
呪いで年を取らない私は50歳を過ぎているのだ。
「ミオンに後1ヶ月の休みを」
「1ヶ月ですか?」
「ええ、まだ客を取るには身体が持たないでしょう」
早く客を取って借金を返したい気持ちは分かるが、無理は禁物だ。
死んでは元も子もない。
「これをミオンの治療費に」
「はい」
引き出しから金貨を数枚キラムに渡す。
良い医者に掛かるには高額な治療費が必要。
彼女に死んで欲しくない。
幼い弟妹を救う為、娼婦となった彼女には。
「出掛けます、準備を」
「畏まりました」
キラムはドレスと化粧品を用意する。
元々は貴族のメイドとして仕えていた彼女の手際は素晴らしい。
本当ならキラムは良い縁談に恵まれ、貞淑な妻として生きていた筈なのだ。
戦争で敵の兵士に囚われたりしなければ...
「出来ました」
「ありがとう、素晴らしい出来映えね」
キラムによって私の姿は別人となる。
メイド時代にお忍びで街に出る主人の為に身につけた彼女の化粧術は健在。
黒髪のカツラ、派手な化粧は落とされ、薄く引いた化粧。
誰が見ても娼婦のベニーと気づくまい、貴族令嬢の様だ。
「行ってくるわね」
「お気をつけて」
裏口から娼館の外に出る。
向かうは街の商店、注文していた食料品や医薬品を受け取るのだ。
「準備出来てる?」
「これはこれはマリアンヌ様、もちろんでございます」
店主が私を迎える。
前金は払っていたので、書類に受け取りのサインを書く。
[マリアンヌ・アンローダ]
これは私の本当の名前。
遥か遠くに有ったナシス王国のアンローダ侯爵家令嬢、マリアンヌが私の本名なのだ。
35年前、戦争で故国は滅ぼされ、出征した婚約者を失った。
更に、私は敵兵に犯されて呪いを受けた。
占領した敵国に家族は全員殺され、娼館に売り飛ばされた。
呪いのお陰で生き延びる事が出来たのは、何と言う皮肉か。
娼婦として流れ流れて、築いた財でこの街で娼館を構えた。それが私なのだ。
「それじゃお願い」
「分かりました」
荷物を一杯に積んだ馬車は孤児院に向かう。
呪いで子供を身籠れない私を乗せて...




