本当に転生するとは思ってもなかったんだ
ピコーン、と軽快な音楽とともに目の前の青年の周囲に花が散った。
花とは言っても実際に散っているわけではない。見える人には見える幻の花である。
『また好感度をあげてしまった…』
好きで彼に花を散らせたわけではない。昔の自分であれば喜んだだろう。
だが、今となっては違うのだ。花が散るのはいいことであると理解はしている。
この世界では。そして、それを遊んでいる側としては。
本当は好感度など上げたくはない。しかしあげなければいけない理由もある。
ある一定の好感度がなければイベントは発生しないのだ。
「あら、またあなたですの」
ほらきたー!
そう内心で喜ぶと同時に振り向いた。
吊り上がった緑色の瞳に大ぶりの花をあしらった髪飾りで輝く藤色の髪、丁寧に手入れのされている手と肌、きれいなプロポーションの体、どこをどう見ても美しいと言える姿である。
身にまとうのは現在いる学園の制服であった。白地を基調としたものは家が裕福であったり特別な血筋であることを示す。
胸元に輝く金色のバッジは王冠をかぶる鷲があしらわれている。この学園の生徒会の一員である証だ。
「また何か騒ぎを起こしまして?何度も申し上げているはずですがいくら特待生といえどほかの学生に迷惑をかけては困りますよ」
そんな言葉は頭に入ってこない。目の前の麗しい姿に夢中だったからだ。
「真紀ちゃん聞いてよー。また『ラブキン』の攻略キャラが男なんだけどどうしてかねー?」
「七海、女性ターゲットの乙女ゲームに何を求めているのかな君は」
「何を求めているのか…楽しいイベント」
「たいていみんなそうだよ」
村瀬七海は友人である村上真紀の言葉にうなずいた。
紺地のセーラー制服は今日から夏服である。周辺では珍しいためか制服を目当てに入学してくる生徒も少なくない。
七海はただ家から近いからという理由だけで学校を選んだ。
通学時間は短いほうがいい。それというのも七海はやりたいことがあるからだ。
「『ラブリーキングダム』?なにそのひと昔前のゲームのようなタイトルは」
「うん、なかなか今にないタイトルだよね。中身もよくあるものなんだけど、特別な力を持った主人公が攻略対象キャラのいる学校に特別編入してきていろいろ妨害とか陰謀とかありながらも恋愛してハッピーエンドで卒業するっていうゲーム」
「よくあるものすぎだったわ…」
スマホを片手に七海は早口で真紀に語り掛けた。
入学して名前が近いためか前後の席だった二人はすぐに仲良くなった。
真紀は陸上部に入り全国を目指している。たいして七海は帰宅部であり、帰宅すればもっぱらゲームをしている。
お気に入りの恋愛ゲームである。
足を組んで座る真紀に良さを語っていたが七海は小さくため息をついた。
「なに、七海なにかあったの。サー終?」
「ひどいよ!そんなこと言わないで!!」
このゲームが今の生きがいである七海には、サー終ことサービス終了という言葉は禁句に近い。
七海の反応をみてそうではないのだなと思った真紀は、ではなんだ、と話を促す。
「あのね、真紀ちゃん、攻略キャラみんなめちゃくちゃかっこいいんだよ?国の王子様はもちろん騎士団の団長さんとか、生徒会長とかもう、本当イケメンぞろい。いやぁ眼福ってこういうことを言うんだろうね。ボイス当ててる人たちは若手って言われている人ばかりなんだけどキャラビジュアルと解釈一致しすぎていて耳が幸せすぎるの」
右から左に七海の話を聞き流しつつ本題を待つ。
いつものようにゲームのよさを語っていた七海はぽつりとつぶやいた。
「男性キャラもめちゃくちゃいいし、支えてくれる友達キャラもめちゃくちゃかわいいの。でもさ…さすがにライバルキャラの令嬢の扱いひどくない?!って思ってて」
「ライバルだし、令嬢ってきて、攻略キャラがわりと地位が高いとそれは今流行りの断罪ってやつだね」
「そう!そうなのよ!流行りものを取り入れるのはいいよ?全然ウェルカム!絵師さんも素晴らしいしイベントも凝ってる!でも、令嬢の扱いひどい!」
真紀は自分のスマホでゲームの内容を検索する。七海の話が盛りに盛るのを重ねて誇張してないとも限らないからだ。
中身は七海の説明そのものであった。特別な力をもつ主人公とそれを支える友人、周囲とは違う毛色の主人公に興味を持つ男性陣と、その男性陣を好いている令嬢、ここまでくれば話は見えてくる。
男性陣といい雰囲気になる主人公をやっかむ令嬢がハッピーエンドと同時に追放、没落、死罪というエンディングを迎えるらしい。
しかしたいていの恋愛ゲームではそうでなかろうか。主人公と男性陣の恋愛を邪魔するものはひどい目にあってしかるべきである。
だが、七海は納得いっていないらしい。
「令嬢にだっていいところあるはずなのに、それの片りんすら見せずに断罪って…令嬢だって攻略キャラ好きなただの女の子じゃんかー!!」
七海の声に真紀は耳をふさいだ。
どうやら今攻略キャラよりも令嬢に感情移入しているらしい。
令嬢のビジュアルを見た。やはりというか、なんというか、きつめの顔立ちである。
美しいとは思うが、表情のサンプルが相手をさげすむものや高笑い、無表情、嫉妬や憎しみなど悉く負のものばかりでかわいげがない。
一目見ただけで好感などあるはずもなかった。
「私はこの子にも幸せになってほしいよぅ」
「そうなるとゲームではどうなるの」
「主人公が死ぬ一択」
「なかなかにバッドエンド」
ぐすぐすと泣く七海をなだめつつ帰宅の途へと着く。
明日までには機嫌が直るといいのだが難しいだろうなと予測した。
明日まで引きずられては面倒極まりない。
「七海、それなら明日開発部にメールすりゃいいじゃん。イベントでも何でもいいから令嬢のハッピーエンドが見たいって」
「…それ考えてなかった」
「うん、明日付き合ってあげるから今日はおとなしく帰って寝ろ」
「そうする!」
七海と真紀の自宅は近い。分かれ道で七海を見送り明日どのように慰めようかと真紀は考えながら帰宅した。
だが翌日七海はこなかった。さては徹夜でイベントの中身を考えて眠れなかったな、等と考えた。
実態はそうではなかったのだ。
「ナナミ様っ!またあなた様はなにをしているのです」
「ごめんなさい!ひとまず逃げますね!」
「ナナミ様!」
後ろから声が追いかけてくる。しかし七海は捕まるわけにはいかない。
どうしてこうなった、そしてここはどこだ。そんな考えがぐるぐると回る。
七海は高い靴音を立てて大理石の廊下を走り抜けた。いくつもの角を曲がり、庭らしき場所を突っ切っていく。
すれ違うのは七海と同じような服をまとった者である。
白地を基調とした服で、体の脇に青いラインが入っている。首元には男女関わらずベルベット地のチョーカーを付けていた。
チョーカーには小ぶりの石が下がっているが、人によってその色が異なる。
太もも中ほどの丈のプリーツスカートに、膝上の白いソックス、丁寧に磨かれた革靴と腰に据えられた細い杖。
七海の脳裏にそのビジュアルがふっと浮かぶ。
知っている、七海はここ最近それをよく見ていた。
「ラブキンッ?!ラブキンですね!あぁ、制服かわいい!しかも特別クラス!一般クラスの制服も見たい!ゲームの中出てないけど!!」
答えに行き当たった七海は走りながら絶叫する。
夢だろうか、夢ではないのだろうか。これはよくある『すってんころりん、あら不思議、目が覚めたら異世界でした』なんていう流れだろうか。
まさか自分が、と思っているがおそらく大多数も同じように思うのかもしれない。
「そして迷子だ」
あらかた人のいなくなった場所で足を止める。
薔薇に囲まれたガセポのある泉のそばである。
白い丸い屋根のついたガセポは四隅を細い柱が支えており、泉に面したほうにソファが備えられていた。
走り回ったせいで足ががたがたである。ふらつきながらそのガセポへと近寄っていった。
「座りたい…運動部じゃないのにこの仕打ちよ…鬼の所業だろう」
七海はぶつぶつと小声で文句を言いながらソファに座るべく回り込んだ。
しかし先客がいた。それも座面に体を横たえている。つまるところ七海の座る場所はない。
座れないことに七海は絶望しかけるもその顔を見て、神よ、と天を仰いだ。
「王子じゃないか…!」
閉じた瞼の下は女の子のあこがれ翡翠色をしていることを知っている。さらさらと指通りのよい金髪は世の中の女性が憧れてやまないほど、美しく輝き丁寧な手入れが施されている。
少しはだけた制服の胸元は白く、染み一つない。長く伸びた足はソファのひじ掛けを超えている。
わずかに上下する胸元を見つつ、七海はそばにしゃがみこんだ。
「美しい…はぁぁぁ、生で拝める日がくるとは思ってもみなかった」
ソファに横たわっていたのは七海の愛するアプリゲーム『ラブリーキングダム』の攻略キャラの一人、学園の存在する王国セレンスティアの王子フェルディアークではないか。
閉じたまつ毛すら金色をしている。七海はその寝顔を見つめながらため息をついた。
「美しい…フェル様はありきたりな王族ビジュアルだけど、性格は冷たいし、ヒロインに投げつける言葉もナイフかってほどに刺さるのにルート入ったとたんにでれっでれになるの、めちゃくちゃくるんだよね…ヒロイン溺愛率一番高いからなおのことキュンとくる。あと攻略キャラの中で一番肌色多いのも納得できる」
うんうん、と一人うなずきながら七海はつぶやく。
日の光に輝く髪に触れてもいいだろうか。起こしてしまうだろうか。少し悩んでいたが自分の欲望に素直になることにした。
心臓が口から出そうなほどに大きく脈打っている。静かに指を伸ばして顔の脇の髪に手を触れた。
さらさらと音を出しそうなほどなめらかである。コミックなら間違いなくそんな文字がついていたのだろうなと七海は考えた。
「ふぉぉぉ…すごい、世の中の女の子みんなが憧れる指通り…何を使ったらこんな風になるんだ…さすがは王族、いいシャンプー使ってんだろうなぁ」
そう長さがあるわけではないが編みこみをしてみた。ゴムがないとはいえ、編んでいくその端からほどけて行ってしまう。
「うわぁ…男でさらさらの髪とか誰得状態だけど、見た目いいからいいのか…」
七海はつぶやきながら髪を真剣に見つめていたため気づかなかったが横たわる彼はいつの間にか目を覚ましていた。
「ナナミ、そんなに俺の髪をいじるのは楽しいか」
「楽しい。うちの近所の男子とか学校の男子とか染めたりなんだりで痛みまく、り…で?」
七海の言葉が途中で止まる。
つつつっと汗が背中を流れた。
さび付いた人形のようにぎこちなさ全開で顔を向ければ美しい翡翠色が七海を見上げていた。
ヒュッと喉を鳴らして七海は手を放す。
「フェ…フェル様起きて…」
「お前がそばに来た時点では起きていた。俺を見つめて、俺に触れて…あまりにもかわいいものだから襲ってしまおうかと思っていたところだ」
七海の口から魂が出そうだった。
何を言われているのか理解が及ばない。耳の奥で鳴る音がやけに大きく手に脂汗さえ浮かぶ。
「おいで、ナナミ。いやとは言わないだろう?」
「いやいやいやいや、私なんかがフェル様のそばにいくわけにはいかないですよね?!」
「先ほど俺の髪をいじっていたくせに?」
「それとこれとは別の話です!いや、顔がいい!!」
七海は慌てて手を振って誘いを拒絶した。
七海の目の前の彼は少し考えるように顎に手をやる。しかしすぐに意地悪く笑った。
「ナナミ、いずれ俺の妃になるのだから気にするな。それに、俺はお前も顔もかわいらしくて好きだが」
今度こそ七海から魂が抜け落ちるかと思われた。倒れかけの寸前ゲームをやりこんだ七海の脳裏にいまと同じセリフがよみがえる。
それは確かヒロインがフェルディアークのルートに突入してしばらくたった時のことのはずである。
七海は体勢を立て直してフェルディアークを見つめる。
「フェル様…今は何年何月ですか」
「皇帝暦三千四百五十六年翡翠の月十四日だ」
「翡翠の月…ってことはおおよそ九月…フェル様のルートはフェル様ご卒業の三月までに両想いになったうえで令嬢を学校から追い出すのが目標…」
「何を言っているんだ、ナナミ」
「フェル様、少しお待ちを」
七海はいぶかし気な顔をするフェルディアークを止める。
七海へと手を伸ばしていたフェルディアークは動きを止めた。
七海の脳内で会議が始まる。
『フェル様はほかの攻略キャラと違って幼いころから令嬢と一緒にいたからこそそのバッドエンドがひどいものだったよね』
『フェル様の好感度をあげすぎると早い段階で令嬢は追放された。もしここが本当にラブキン世界であるのならばこのままフェル様に身をゆだねるのはいけないでしょうね』
『必ずしもラブキンの世界じゃないかもしれない。まずは状況把握からだろ』
『そうしたらフェル様に学園を案内してもらおうよ。だってフェル様と私がラブラブとかそんなにありえなーい』
『じゃぁまずは現状把握と居場所の確認をしようか』
『賛成』
『さんせーい!』
だれともしれない相手と脳内会議を終えた七海はフェルディアークの手を取る。
七海からの積極的な触れ合いにフェルディアークは目を丸くする。
「フェル様、私にここを案内してくれませんか」
「案内もなにも、君はここの特待生だろう。入学して早五か月。その頭角は目を見張るものがある。俺以外もお前に興味を持っているというのに」
「はい。それを実感するために再度案内をお願いしたいのです、だめですか」
「もちろんいいよ。君の願いならなんでもかなえよう」
優しく微笑みフェルディアークは体を起こす。立ち上がった彼は七海よりも頭一個半高い。
腰の高さも違う。差し出された腕に少し戸惑いながら手をかければこれで正解だろうかとその顔を見上げる。
彼は少し驚きながらも微笑んでいた。
七海は彼に促されるようにしてついていく。
白い石でできた回廊を渡り、ガラス細工の窓を見ながら進む。
ところどころに細かな違いはあれど、たしかにここはラブキンの世界で間違いはなさそうだった。
「フェル様、他の方は?」
「ほかの、というと?」
「王国騎士団長のアルティナンド様、生徒会長のユニフェ様、私の幼馴染のガイクスと…フェル様のご婚約者のユズフィーナ様は」
「アルティナンドは王宮騎士とともに鍛錬中、ユニフェは生徒会の仕事だろう。ガイクスはおそらく魔法薬学の教室にいるはずだ。ユズフィーナは知らん」
「そんな…ユズフィーナ様はフェル様のご婚約者様でしょう?」
「ナナミがいる。ユズフィーナとは婚約は解消されてしかるべきだ」
七海は言葉が出なかった。
ユズフィーナがフェルディアークのために幼少からどんな苦労と努力をしてきたかゲームをしていた七海は知っている。
足を止めた七海をフェルディアークはいぶかし気に見つめた。
「フェル様、ユズフィーナ様に会いたいです」
「何を言っている。入学してからずっとお前はあいつにいじめられてきたのだろう」
フェルディアークの美しい顔が怒りに染まる。
そんなところも美しいと思いながらも七海は首を振った。
確かにラブキンの主人公はよくあるようにいじめられてきた。
特別な力があるというだけで平民から学園に入学してきただけでなく、女子生徒のあこがれでもあったフェルディアーク他学園内のイケメンたちを主人公は独り占めしてしまっているのだ。
ゲームだから仕方ない、というのはプレイしている側の言い分である。
ゲームの中のユズフィーナは努力して得ようとしたものを、ぽっと出の主人公に奪われてしまって悔しくてならないのだろう。
「私は、フェル様もユズフィーナ様も大好きです。だって二人とも恵まれた環境にいながらもそれを言い訳に怠惰に過ごさず、むしろ自分自身を見てもらうために努力を惜しまない人達だから」
七海は静かにフェルディアークの手を放した。
「私は、フェル様もユズフィーナ様も、ほかのみんなも幸せになるエンドが見たいの!」
七海はそう叫ぶと走り出した。
後ろでフェルディアークが何か叫んでいるのが聞こえる。
攻略本は頭の中に入っている。この学園の地図ももちろんある。
ユズフィーナを探さねばならない。
フェルディアークのルート突入してからのしばらくの間はユズフィーナは生徒会室で仕事をしていることが多かった。
ならば生徒会室へと行けばいい。
学園の特別棟へと走る。息が切れてつらい。運動をあまりしてこなかった自分を恨んだ。
しかし後悔している暇は残念ながらない。
特別棟へと飛び込み生徒会室へと続く階段を駆け上がる。
きれいに編みこまれていた髪がほどけてしまう。それを気にする余裕はなかった。
「ユズフィーナ様、いらっしゃいますか!」
ありきたりに生徒会室、と表示された扉を勢いよく開ける。
扉の正面、生徒会長の机の後ろにある窓のそばに立っていた姿がゆっくりと七海を向く。
逆光でその表情はうかがえないが間違いないと七海の直感が告げた。
「何の用です、騒がしい」
生でお声を聴ける日がくるなんて…!
七海は気が遠くなりかけた。しかし急いで我に返ると深呼吸を繰り返して口を開く。
「ユズフィーナ様に申し上げます。私は、フェルディアーク様と婚約するつもりはありません」
七海を振り向いた影が戸惑ったように動き、そして歩み寄ってくる。
近くにくると美しすぎる顔がゆがんでいるのが分かった。
「なんの意図があってそのようなことを告げるのです。私に嫌味でも言いに来たのですか」
「違います!私はお二人ともが好きだから、どちらかが不幸になるのは見たくないんです!」
「そんなことを言ってあなたに何の得があると?」
「しいて言うならば推しが幸せになっているのを見られることですね!」
「は?」
しまった、と七海は口を抑えた。ゲームの世界に推しなんて概念があるわけがない。
世界観を壊すわけにはいかない。
頭を振ってから七海は再度慎重に言葉を選びながら告げた。
「このまま私とフェルディアーク様が結婚するようなことになればユズフィーナは間違いなく断罪されます。下手すると死罪です。よくても国外追放で二度と戻ってこられません」
「何を根拠にそんなことを言ってますの」
「この後琥珀の月十三日、学外学習の際に生徒会長ユニフェ様がケガを負われます。その治療に必要なのは、デルスロイの葉、ユズフィーナ様の大切にされている温室に自生しているものです」
ユズフィーナは形のよい眉を顰める。何故彼女が自分の温室のことを知っているのか定かではない。
七海はなおも言葉をつづけた。
「もし私の言うことが当たっていたら信じてください。私はユズフィーナ様にも幸せになってほしいんです」
目の前の彼女は何かがおかしい。だがその何か、が何なのかさっぱり見当がつかない。
彼女のことを信じるつもりは毛頭ないが、生徒会長に何かあっては学園の運営に差しさわりが出るのは間違いない。
七海を生徒会室から押し出しながらユズフィーナは口を開く。
「あなたのいうことがあっていなければ私はあなたを告訴しますわ」
「してください。でも私の言っていることがあっていたら、私を信じて話を聞いてください」
七海の目の前で扉は閉まってしまう。
すぐに信じてもらえるとは思っていない。
七海の中で作戦名が決まる。
題して『みんなで笑って大団円を目指せ』である。我ながらひねりも何もないなと苦笑するものの優先すべきは推したるユズフィーナの断罪を止めることである。
何度もクリアしたラビキンの流れを整理し、やるべきことをリストアップして、どう手を打つか決めなければならない。
特別棟を出た七海は学園寮があるはずの方向へと足を向けた。