マーガレットとフランは新婚生活を送る5
「マーガレット、気持ちいいですか? どこか痛いところは?」
お湯を張った桶を用意し、私に足を浸させて。優しく足先やふくらはぎを解きほぐしながら、フランが訊ねてくる。
「ねぇ、フラン。こんなことしなくてもいいのに。貴方が抱えっぱなしだったから、私ちっとも歩いていないのよ」
「ダメです。マーガレットには健やかに過ごして欲しいので。夫としてその手助けくらいは、させてください」
「もう……」
私に触れるフランの手や、こちらに向けられる視線はとても優しい。フランはどうして、こんなに優しいのかしら。やっぱりご家族が暖かい方々だからなのかな。
「ねぇ、フラン。ありがとう」
囁いて見つめると、フランが嬉しそうに笑う。こんな優しい旦那様と巡り会えたのだから、私の人生も捨てたものではないのかもしれない。
フランは布で足を丁寧に拭うと、靴下を履かせて靴下留まで着けてくれる。ここまでされると、なんだか恥ずかしいわね。
「さ、マーガレット。食事をしましょうか」
優しく抱きかかえられて連れて行かれた場所は……食堂ではなく輝く満天の星空が見えるバルコニーだった。瞬く星々の美しさに、私は思わず息を飲む。きっと王都の星空も美しかったのだろう。だけど俯いてばかりだった私には、それを見る余裕はなかったのだ。
「気候もいいですし。今日はここで」
バルコニーに設えられたテーブルセットに、フランは手際よく食卓を整えていった。そのあまりの手際の良さにまるで歴戦の給仕みたいね、と私は内心思う。だけど考えてみれば彼は元従者なのだ。
「こんなに綺麗な星を見ながらなんて、素敵ね」
「マーガレットのお好みなら、時々こうして食べましょう。暖かい季節限定ですけれど」
そう言ってフランは私を抱えてから席に着いた。……どうして、抱えるのかしら。
「……フラン」
「はい?」
「抱える必要性は?」
「体を冷やしてはいけないので。こうすると少しは温かいでしょう?」
フランはにこりと笑って問いに答える。
……確かに温かいのだけれど。フランは本当に私に対して過保護すぎる。このままだと、私は一人でなにもできなくなってしまいそうだわ。ただでも公爵家の令嬢として日々を過ごしてきたので、やれることなんて数えるくらいしかないのに。
「私、色々なことをできるようになりたいわ」
「私は、今まで一人で色々なことに耐えてきた貴女を全力で甘やかしたいです。まずは今までの貴女の人生分を甘やかして、その先の人生も甘やかし続けたいです」
「もう……」
不満そうな私に、フランはフォークに刺したサラダを差し出した。彼は給餌行為もしたいらしい。
私だって、フランに甘やかされるのは嫌いではない。むしろ好きだ。
だからつい、口を開けてフランが差し出したサラダを口にしてしまっても。これは仕方がないことなのだ。
「……美味しい」
「よかったです。お口に合って」
「ハドルストーン家の食事はいつも美味しいわ。王都の料理は、少し味付けが濃いと思っていたの」
王都の料理の味が濃いのは、大量に調味料を使うのが贅沢だという思い込みのせいだろう。ハドルストーン家の食事のような、シンプルな味付けのものの方が私は好きだ。
「たしかに王都の食事は、少しばかり味が濃かったですね。酒には合うのでしょうけれど」
そうして会話を交わしている間にも、口には食事が運ばれる。私が運ばれるものを口にすると、フランは嬉しそうに笑う。そうやっているうちにお皿は綺麗に空になり、お腹がいっぱいになった私はフランにもたれかかった。
「ねぇ、フラン」
「なんです、マーガレット」
「今日は今まで知らなかった貴方のことを知ることができて、とても嬉しかったの」
甘えるように胸に頬を擦り寄せると、優しく頭を撫でられる。そして額に数度、口づけが降ってきた。
「光栄です、マーガレット」
「もっと、貴方を知りたいわ」
「これからの一生ずっと一緒なのですから。いくらでもお教えしますよ」
「ずっと一緒……」
フランの言葉を聞いて、胸にじわりと幸福感が広がる。
私はフランと、ずっと一緒にいられるんだ。
「一生かけて、私のことを知ってください。マーガレット」
「ええ、一生をかけてフランを教えて」
囁き合って、口づけをして。
私たちは、幸せに満ちた笑みを浮かべた。
こちらで新婚編は終わりとなります!またなにか投稿したくなりましたら、追加に参ります(*´艸`*)
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