マーガレットは幸せに笑う
「母上!」
新緑が眩しい小道を走り、六歳になった息子のアルフレッドがこちらに走ってくる。
私はその小さな体を受け止めて、しゃがんでから抱きしめ、頬ずりをした。
……いつ見ても私の要素が欠片もないというか。フランにそっくりね。
アルフレッドのお顔をマジマジと見ながら私はそんなことを考える。さらりとした黒髪、細くつり上がった目、目立たないお顔立ち。どこをとってもフランに瓜二つ。
――なんて愛らしいの。うちの子供は、世界一可愛い。
そう思ってしまうのは、親の贔屓目というやつなのだろうか。
「母上、今日は村を襲った狼を退治したのです!」
息子はハキハキと自慢げに言うけれど。その内容はとてもおそろしい。
私はアルフレッドが怪我をしないか、つい心配になってしまう。だけどフランは……
『十歳頃には私も竜を狩っていましたし。そんなものでは?』
と、アルフレッドがなにを狩ってきても平然とした様子だった。ハドルストーン家の直系というのは、そういうものらしい。
お義父様もお義母様も、アルフレッドがなにかを狩るたびに嬉しそうに褒めてくださる。
……ハラハラしているのは、私だけのようね。これが文化の違いというものかしら。
「お祖父様とお祖母様にも、自慢してきます」
そう言ってアルフレッドは私の腕から抜け出ると、邸へと元気に駆けていった。
「……元気なのは、いいことね」
ぽつりとつぶやきながら、私はその小さな後ろ姿を見送った。
「マーガレット!」
声をかけられ振り返ると、今度はフランがこちらに向かってくるところだった。
彼は少しずつ早足になり、最後は小走りになって私の元へ駆けつけた。
細いその目が愛おしそうに私を見つめ、柔らかな力で抱きしめられる。意外に逞しい体をそっと抱き返すと、優しく何度も髪を撫でられた。
「フラン、お帰りなさい。早かったわね」
今日のフランは領地の外れに金竜の退治に行っていたはずなのだけれど。ずいぶん帰りが早いな、と私は首を傾げた。
「……貴女に早く、会いたかったので」
「あ、朝に会ったばかりでしょう?」
てらいもなくかけられた言葉に私は思わず赤面する。フランはいつまで経っても情熱的だ。
昔は無表情で、なにを考えているのかよくわからない人だと思っていた。感情がまるで無いみたい、だとも。
だけどフランは……実際は感情や愛情が溢れすぎているくらいの人だった。
そして何年経っても、私を大事にしてくれる。
幸せにすると、そしてその幸せは誰にも奪わせないと。
あの日誓った言葉を、フランは今でも大事にしてくれている。
……ちょっと甘やかされすぎてるんじゃないかとも、思うのだけれど。
「私がいない間に、困ったことはなかったですか?」
そう言ってフランは私の頬を両手で包む。そして深海の色の青の瞳で、じっとこちらを見つめた。
私に困ったことが起きるほどの時間、貴方家を空けてないわよね?
そうは思うものの、なにかあったかと私は今日あったことを一通り思い返す。
……うん、困ったことはやっぱりない。
王都で負った傷が原因ですっかり虚弱体質になってしまった私に対して、ハドルストーン家の皆様は親切……というか過保護だ、とても。
フランがいない間は、ハドルストーン家の皆様に真綿で包むように大事にされ。フランが帰ってきたらフランに大事にされで……
正直なところ、困ったことが起きる余地は、それほどない。
だけどフランは毎日のように『困ったことはなかったか』と私に訊くのだ。
「大丈夫よ。フランがいなくて、少し寂しかったくらいで」
私がそう言うと、フランは蕩けるような笑みを浮かべた。
「そんなことを言われると、照れてしまいますね」
「だって、本当のことだから」
フランは、嬉しそうに私を抱きしめる。そして額に、頬に。たくさんの口づけを降らせた。
「そうだ。今日はグミの実をたくさん摘んだの。後でジャムにしようと思っているのだけれど……」
公爵家令嬢だった時には考えられなかったことだけれど。私は時々、台所に立つようになった。
王都と違って社交も少なく、ここでの生活はのんびりとしたものだ。なにかできることはと探した結果、お菓子作りにはまってしまったのだ。最初は慣れずに失敗ばかりだったけれど。今ではお義父様やお義母様、そしてアルフレッドも喜んで食べてくれるくらいの腕にはなった。
……フランは少しくらい失敗しても『美味しいです』と言ってくれるから、そういう意味では当てにならない。
「では手伝いますよ。今日はもう、やることはありませんし」
「ありがとう、フラン!」
そっと手を繋ぐと、優しく握り返される。
それが嬉しくて微笑みかけると、慈しむような笑みが返ってきた。
大好きな人から、こうやって想いを返してもらえる生活は……なんて幸せなのだろう。
「あのね、フラン。私……幸せよ」
「……私もです、マーガレット」
私たちは囁き合った後に、少しだけ声を立てて笑った。
「父上、お帰りなさい!」
お義父様とお義母様を連れたアルフレッドが、邸の門前に立ってこちらに手を振っている。
私はフランと手を繋いだまま、愛おしい人たちの待つ場所へと一歩踏み出した。
公爵家令嬢はここで一旦完結です。ご愛読本当にありがとうございました(*´ェ`*)
なろうさんでの完結は初めてなので本人的にはとても嬉しいです!
気が向いた時にそっと番外編を添えにやってくるかもしれませんので、
その時はまた読んで頂けますと嬉しいです。




