第四十話 心に潜む狂気
「では。蜥蜴の尻尾第二特攻部隊、第三回ルナール奇襲作戦について説明する。ミシェル、起きてるか?」
「はぁーい。ふわぁ~」
ミシェルは気のない返事し、それに欠伸を付け足した。
ディーンはそんなミシェルを横目で見ると、蜥蜴のマークが描かれた封書を朝陽に透かし、目を細めて溜め息をつく。
ここはルナールの里を遠くから監視できる、崖の中腹の洞窟だ。洞窟と言っても、自然に出来たものではない。オウグが魔法で作った横穴の様なものだ。
そこで三人は夜を明かし、早朝から作戦会議が始まった。
「全く。今回はいつもと違うからな。ちゃんと聞いておけよ?」
「りょうかい!」
ミシェルは眠そうに目を擦りながら、地べたに胡座をかいて座るオウグの足の上に腰かけた。
オウグはその太くゴツゴツとした岩のような指で、ボサボサのミシェルの髪を手でとかし、それを器用に纏めると、頭の上に可愛らしいお団子を作り上げた。
これは毎朝の光景なので、ディーンは気にせず任務の内容について話し出した。
「いつもの様に、ルナールの里を襲うわけだが……今回は殺しは無しだ。ひっそりと忍びより、子供を拐う。数は、一匹でいい」
「ディ……ディーン!? それホンキ? 殺しなし? 私達、部位収集の部隊じゃないの?」
「まぁ、そうなんだけど。……殺し専門の第一部隊には任せられないし、誘拐専門の第三部隊は、八年前に壊滅して……後続がまだ育ってないんだよ」
「まぁ、しょーがねぇだろ!! ミシェル、今回は我慢だぜ」
「えー。ミシェルつまんないよぉ。血を浴びないと干からびちゃうよぉ。絶対にダメかな?」
ミシェルは唇を突き出し、潤んだ瞳でディーンを見つめた。
オウグはその表情に完全に飲まれ、同じようにディーンを見つめる。
しかし、ディーンにそんなものは通じない。冷めた瞳で二人の視線を受け流し、眼下の緩やかな川に視線を向け、淀みなく言い切った。
「駄目。絶対に。……我慢しろ。干からびない様なプランは考えたから」
「えー。じゃあさ、次は期待してもいい?」
「そうだな……。次の次だな。そこがルナールの終着点。里に……血の雨が降るぞ」
ディーンの言葉にミシェルは瞳を輝かせた。そしてオウグの胸に背中を預け、満面の笑みを二人に向けた。
「やったー! ミシェル、今回はガマンする!」
ミシェルの笑顔に誘われ、二人も笑顔を溢した。
「おお。ミシェル偉いぜ~」
オウグに誉められ、ディーンに背中を押され、ミシェルは一人、川を下ることとなった。里にこっそりと侵入するために。
「もう。干からびないって言っても、川の水でじゃん……それに何でミシェル一人なの…………何か騙されたかな?……でもしょうがないか。ディーンもオウグも悪人面だもんね」
ミシェルはそんなことを呟きながら、丸太にしがみつき、時折空を仰ぎながら流れに身を委ね、泳ぐというより、川に身を任せて下っていった。
しばらく進むと、ミシェルは川の途中で一匹の白いルナールの少女に出会った。
少女の名はミィシア。ミシェルを警戒する様子もなく、のんびりとしたバカそうな少女であった。
こういう少女の、死を前にした時の苦しむ顔……。
それは余り見たくなかった。
ミィシアと自分が、何処となく重なって見えたから。
でも、今日は誰も殺さない日。
それにこの子を殺す予定はないらしい。
だったら、自分が拐えば、この子は血の雨を避けられるかもしれない。
ミシェルは獲物をミィシアに決めた。
この子なら、途中で殺したくなることも無さそうだし。
そして二人は、名前が似ていることで話が盛り上がり、年齢も二つ違いでさらに親近感が沸いた。
掴みは上々。後は、ディーン達が待つ上流まで誘えばいい。
しかしそこに、ミィシアの兄が現れた。
兄の名はレオナール。ミィシアと違い、よくいる金色のルナールの少年だった。
ミシェルは一目みて、レオナールに心惹かれた。
最近狩ったルナール達よりも若く、毛並みもキラキラと艶があり……そして何より、レオナールの持つ不信感と敵意に満ちた瞳に、ミシェルは心を打たれた。
ミシェルの中に、むくむくとある感情が沸いてきた。
レオナールの苦しむ顔が見てみたい。
彼をねじ伏せて、踏みつけて泣き叫ぶ顔が見てみたい。
ミシェルの魔法で切り刻んで彼の血を浴びたい。
ああ。彼はどんな声で鳴くんだろう。
……そう考えただけで、嬉しくて愉しくて、心の底から笑みが溢れた。
そしてついつい、ミィシアを利用してしまった。
腕を切り落とすつもりは無かったけど、ついそんな事を口走った。でも、レオナールが悦ぶなら、本気でやってもいいと思っていた。
可愛い獲物を前に、ミシェルは欲望を抑えられずにいた。
しかし、ふとミィシアに目をやると、震えて涙を流しているではないか。
可哀想に。この子にこんな顔をさせるつもりは無かった。
レオナールは、ミィシアの涙に殺気を顕にさせ、ミシェルを睨み付けてきた。
ああ、駄目だ。このままじゃ殺ってしまう。
ミシェルは右手に力を込めた。ミィシアの白い肌に自分の指が埋没していく。生暖かい液体がそこから溢れだすのを感じた。
すると可愛いミィシアの叫び声が森に響いた。
悲痛な叫び声はとても耳障りだった。
レオナールはそれを聞くと、瞳を曇らせ肩をすくめ、戦意を失った様子だ。
だからミシェルも我慢して身を引けた。レオナールをその場に残し、ミシェルは風の魔法を唱え、川を飛び越え森を駆け抜けた。
その場に立ち尽くしたレオナールは、腕も耳も尻尾も、力を失い、だらしなくそれを垂れ下げて、そして震えていた。
あの震えは、怯えなのか、それとも怒りなのか。
ミシェルはレオナールのその姿が頭から離れなかった。
我慢しようとしても、あの顔を思い出すと、可笑しくて可笑しくて、全力で上流まで疾走しながら、つい声を出して笑ってしまった。
「きゃはははは。いいモノ見つけたぁ! ミィちゃん。腕、ごめんね。後で手当てしてあげるから……ミィちゃんに、危害は加えないから……」
「……でも、レオ……兄のこと……」
「きゃはっ。察しがいいね。今日は駄目だから我慢したけど……次に会ったときは……」
ミィシアはその言葉を聞くと、両手で顔を覆って啜り泣き始めた。ミィシアの身の安全の保証はしたつもりなのに……困ったものだ。
しかしそろそろディーン達との合流地点だ。
オウグなら、幼女の扱いも上手いだろう。
ああ見えて面倒見が良くて、器用で、みんなのお母さんみたいな筋肉バカだ。
ミシェルの視界に二つの影が見えた。
ディーンとオウグだ。こちらに手を振っている。
ミシェルも二人に合図を送ろうとした。
ーーその瞬間、背中にゾッと悪寒が走った。
ミシェルは、咄嗟に呪文を唱え、風を巻き起こし上空に体を飛び上がらせた。そして頭上に見えた木の枝を掴み、枝を軸に体を回転させ、風に乗って更に上へと舞い上がった。
太めの枝を足場に、幹に掴まり下に目を向ける。
ミシェルが咄嗟に詠唱を行った大地には、大きな穴が空いていた。地面は吹き飛び、近くの岩は粉砕され、細かい石と土が混ざった粉塵が地上を覆う。
そしてその穴の中心には、瞳を赤くギラつかせ、身体中から白い蒸気を沸き立たせたルナールの少年が立っていた。
ミシェルは胸の高鳴りを感じた。
まさか、追ってくるとは思っていなかった。
ミシェルは悦びに満ちた瞳で少年の名を口にする。
「わぁぉ。レオナール君……」
次に会った時は……殺すと決めた少年が。
ミシェルを怒りと狂気を含んだ瞳で睨みつけていた。




