第三十六話 東へ向けて
カシミルド達がリリィの家についたのは、もう夕暮れも過ぎた時刻だった。
帰宅すると、ラルムも元気を取り戻していた。
オンディーヌが拾った眼鏡を掛けている。
その表情に、カシミルドは安堵した。
夕食は、リリィお手製の食事を頂き、もう一日泊めてもらうことになった。
これで、予定は二日も押す事になる。
テツは少々浮かない顔をしているが、旅の遅れを気にしているのかもしれない。
明日は、陽の出と共に出発することが決まり、食後は皆、直ぐにそれぞれのベッドへと戻っていった。
カシミルドはテツとシエルと同室だ。
クロゥはまた何処かへ行ってしまった。
カシミルドはベッドに横になったものの、寝付けずにいた。
体は疲れているが、昨日から殆どベッドの上で過ごしていたのかだから、眠さはまだない。
窓辺のベッドで星空を見上げながらカシミルドは物思いに更ける。
精霊の森は木が生い茂っていた。
木の天辺まで登らないと、星空は見えないだろう。
でも、星空の代わりに、木々の間には精霊が行き交い、昼間でも陽の光にも負けずに輝いて見えた。
しかし、煌めく上空とは対照的に、湖の底は暗く淀み穢れに満ちていた。
穢れを祓う時に聞こえた女性の声は、誰だったのだろう。
転生の扉と向き合った時に聞こえた男性の声は、誰だったのだろう。
黒の一族やクロゥについて、その役割や果たすべき事を、何となく知ることが出来た気がしたが、やはり自分は知らない事だらけだ。
母さんが生きていたら、教えてくれたのかな。
父さんに会えたら、教えてもらえるのかな。
旅の間に、会えたらいいのに。
そうしたら、父さんが僕をどう思っているのか……。
聞くのは……やっぱり怖いな。
ああ。クロゥは今頃どうしているかな。
そう言えば、クロゥって結局何なんだろう。
クロゥはクロゥ。
それでいいって思ってきたけれど、ちゃんと知らないと、クロゥの悩みはずっと晴れないのかも知れない。
人……ではないし、魔獣は違うって言うし……。
精霊? もしっくり来ないな。
いいや。今度ちゃんと……クロゥに……。
「……クロゥ」
カシミルドはそう呟くと、深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇◇
クロゥは木の上に腰掛け星空を見上げていた。
今日、転生の扉に還っていった魂は、あの星の様に瞬き、誰かを照らすために、また新たな命へと生まれ変わるのだろう。
扉を開けることは出来なかった。
しかし、閉めることは出来た。
閉める事の方が難しい事はクロゥ自身が知っている。
クロゥは自分の掌を見つめた。
次は俺が……。
「クロゥ?」
「げっ!?」
「あんた本当に、私に対する態度改めなさいよ」
「お前が改めろよ……」
クロゥの隣に、頬を膨らましたルミエルが腰を下ろした。
そして好奇の眼差しをクロゥに向けた。
「ねぇ。クロゥはカシミルドをどう思っているのかしら? 湖の底で、クロゥは何を感じた? 扉を開けたのは、カシミルドだった? それとも……」
「開けたのはカシミルド。閉めたのは俺。ただそれだけだ……」
クロゥはルミエルの方を見ずに頭を掻きながら面倒臭そうに答えた。
「真面目に答えなさいよ! クロゥはカシミルドの中にあの人を感じたことはないの? あの人が、カシミルドの中に存在するんじゃないかって……思った事はないの?」
「…………」
クロゥは黙り込んだ。ルミエルの言う通りだった。
王都の地下でも湖の底でも、カシミルドの存在が、ルミエルの言うある人と重なって見えた。
ルミエルはクロゥの手に、そっと自分の手を重ねた。
「クロゥ? あの人を……取り戻したいと思わない? クロゥも大好きな……貴方のお兄様でしょ?」
クロゥはルミエルの手を勢いよく振り払った。
「触るな! 何言ってんだよ。やっぱり、そんな事考えてたのかよ……でも、そんな事出来る筈もねぇし、カシミルドは、あいつはあのままで良いんだよ……俺がちゃんとすれば……あいつはあのままで……」
クロゥは肩を落とし、頭を抱えて俯いた。
カシミルドに下ばっかり見るなって言われたばかりなのに。
「出来ないかしら? まあ。そうよね。……今日、あの光をみたら、会いたくなってしまったの……」
落ち込むクロゥの隣で、ルミエルもしょんぼりと肩を落とした。
兄の事となると、急に塩らしい態度をとるルミエルに、クロゥは眉を潜めた。
「ルミエルって、そんなに兄様のこと……好きだったのか? でも兄様には、ディア……」
クロゥはルミエルに睨まれ言葉を飲み込んだ。
やはり彼女の名前は禁句のようだ。
「もう……いない子の名前は出さないで」
「へいへい。……あ。そういや俺、テツに正体バレてるわ。否定はしたけど……多分、ルミエルも」
「はぁ? 正体って……嘘。私がリュミエって事? それとも……クロゥがって事は……」
「あー。そうか……リュミエって事もバレてるだろうな。……だから多分どっちもだろ。……面倒な事にならないように、あんまり関わるなよ」
「そうね。そうするわ……って何偉そうな事言ってるのよ! 私より格下の癖に!」
「人が親切に教えてやったのに……そうやっていつも他人を見下してるからムカつくんだよ……俺はお前への態度を改める気はないからな!」
「ふーん。じゃあ……またお仕置きね……」
クロゥの顔が一気に青ざめた。
「げぇっ! で、でもここならリリィさんがいるから、ルミエルが俺に何かしても直ぐにバレるからなっ」
「た、確かに。私が怒られるわ……」
今度はルミエルの顔が青ざめた。
◇◇◇◇
二人が言い合う声を、木の根元でレーゼラは笑みを溢しながら聞いていた。
「ルミエル様はきっと。こんな時間を共に過ごしたくて、あの方を探していたんですね……」
レーゼラは精霊に語りかけ、優しい光に包まれながら瞳を閉じた。
この力はルミエルに貰った力だそうだ。
ルミエルには、笑っていて欲しい。
ルミエルの寂しさ、孤独を、いつも間近で見てきたから。
ルミエルが後悔しないように、傍で支えていきたい。
レーゼルは上手くやっているだろうか。
まあ、レーゼルなら、自分なんかより優秀で冷静で頼りになる。ずっと二人でルミエルを支えてきた。
まだ数日だけど、いないと会いたくなる。
自分の片割れに。
◇◇◇◇
陽の出に向けて、出発の準備が進む。
リリィは今夜の野営にと、パンや保存食を分けてくれた。
「では、諸君。道中気を付けて。この先は野生の獣が多いからな」
「リリィ殿、何から何まですまなかったな。礼を言うよ」
リリィはテツに会釈するとルミエルに向きを変えた。
「ルミエル、帰りも寄りなさい。クロゥも、いつでも訪ねて来るがいい」
「ふんっ」
ルミエルはそっぽを向き、クロゥはカシミルドのフードから小さな羽をひょっこり出して挨拶を返した。
「ほら。早く乗れよ」
シエルがカシミルドに手を貸してくれた。
ここへ来る前より、シエルが身近に感じられる。
「もう落ちたりすんなよ。心臓に悪いから……」
「……じゃあさ、困った時は、魔法使ってもいい?」
「……。俺に断ってからだぞ」
「うん!」
シエルから魔法の許可も出た。道中楽しめそうだ。
「シエルさん。これから行くのって何処でしたっけ?」
「ああ? それ位覚えておけよ。東のエテ。蒼き湖の真ん中に位置する街だ」
「そうだエテだ。って……湖の真ん中に街があるんだ……楽しみだな」
「楽しみってお前……熱で忘れたか? 俺たちは魔獣の調査で来てるんだからな。観光とかじゃないからな?」
確かに、カシミルドは初めての事ばかりで少し浮かれていた。目の前の事で精一杯で、先の事まで考えていなかった。
「そうだ。魔獣か……。シエルさんは、本当に討伐が目的だと思うの?」
「ん……。どうだかな。でも、魔獣の里なんて、普通見つけられないと思う。だから、魔獣の方から事を起こさない限り、争いにはならないと思うぜ」
「そっか。そうだよね……」
カシミルドはホッと胸を撫で下ろした。
そして一行は東へ向けて馬を進めた。
この先に待つ新たな街と出会いに、期待と不安を抱きながら。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
これにて、第二章 第二部 精霊の森
が終わりとなります。
第三部 蒼き湖の街エテ に突入する前に、
登場人物のまとめ と、簡単な世界観・設定について
ご紹介したいと思います。
番外編を挟んだ後、第三部スタート予定です!
少し書き貯めたいので、週2回更新にしたいと思います。
よろしくお願いします(o・ω・o)
ブクマ、評価、ご感想、お待ちしておりま~す♪




