表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第二部 精霊の森
71/166

第二十四話 窮地に舞い降りたるは……


 テツは落下していた。

 このまま行けば数十秒後には凍った湖に叩きつけられる。

 しかしこの湖の水は全て水の精霊が作り出したものだろう。


 よって剣圧で消し飛ばし、その衝撃を使えば着地できる。

 そして直ぐに二人を助けて……と試算していたのだが。

 

 オンディーヌは悪戯に何度も大蛇を空中でけしかけてくる。

 こんな事を繰り返していたら、二人が危ない……そう思った時。


「オンディーヌ!!!」


 そこへ、空を絶ち切る程に研ぎ澄まされた女性の声が響いた。


 その女性は、銀色の髪を逆立て、黒いローブを揺らし、黄色い赤みがかった瞳を煌々と輝かせ、湖上に足を踏み入れた。

 

 オンディーヌの真っ黒な瞳に、淡く青い光が甦る。

 そして怯えきった声で女性の名を呼んだ。

 女性と言っても、その威圧的な声とは対照的に、その見た目は少女に分類される。


「ルミエル……様……」


「光の精霊よ。我が名はルミエル。我が思うままにその力を示せーー。オンディーヌ、随分な姿ね……その子達、私の連れなの……返してくれる?」


 ルミエルは右手の指輪に口づけをし、前方に巨大な魔方陣を形成した。

 そしてそこから無数の光の鎖を顕現する。


 オンディーヌはそれを見て震え上がり、湖の底に身を隠した。


 ルミエルの鎖は、大蛇の腹を引き裂き、気絶したラルムとシエルを鎖で縛り上げ救出した。

 そして二人は柔らかい土の上にゆっくりと寝かされる。


 光の鎖は勢いを止めることなく、残った大蛇の塊も縛り上げ、引き絞りバラバラに散らせた。


 そしてルミエルは、上空のテツも鎖で助けようとしたのだが、テツは鎖を弾き、より空高く飛ばされていった。


「なっ何してますの!? 大人しく私の鎖に縛られなさい!……え? 鎖が反発してる? いえ、相殺されている?」


 鎖はテツに向かうが、テツに触れる度にその力を失い、反発し合い、テツの体を弾き飛ばしている。

 そのうちの一つが、テツの額を掠めると、テツは体勢を崩して頭から落ちていった。

 手に持っていた剣も、その手から離れる。


「レーゼラ!! あの人……おっ落ちたら大変よ! 受け止めて!」


「へ? あ、はい!!」


 ルミエルは何とか衝撃を和らげようと、気を失ったテツにもう一度鎖を飛ばした。

 やはり気絶していても鎖は弾かれた。


 テツの体は宙を跳ね、頭から落ちることは避けられそうだが、鬱蒼と葉が生い茂る巨木へと落下していった。


「レーゼラ! もう鎖は届かないわ……お願い!」


「はい!」


 レーゼラは木の下で待ち構えた。

 枝がバキバキと折れる音がどんどん下へと近づいてくる。


 こういう力仕事はあまり得意ではない。

 レーゼルだったら良かったのに……。

 焦るレーゼラの視界に、テツの背中が見えた。


 レーゼラは、両手を広げ落下点を予測し……。

 そして、怖くて目を閉じた。





「……ラ……レーゼラ……」


 レーゼラはルミエルの声で目を覚ました。

 体を起こそうとすると、右手に激痛が走る。


「……っぅ」


 ルミエルがそっとレーゼラの腕を押さえた。


「折れているわ。……枝で固定したから。数時間もすれば治るわ」


「すみません。ありがとうございます。……他の者は……?」


 周りを見回すと、もうオンディーヌの姿はなかった。

 木々の隙間から朝陽が差し込み、清々しい朝の森だ。


「皆無事よ。シエルとラルムも外傷はないし、……テツは、擦り傷、切り傷、後は打撲程度かしら。レーゼラより酷くないわ。良く受け止めたわね。……ごめんね。レーゼラ、体は大きいけど、こういう事、慣れてないのに……」


 ルミエルが心配そうにレーゼラの頬に触れた。


「大丈夫です。ご心配には及びません」


 レーゼラはそう言って微笑んだ。

 ルミエルが自分を大切に思ってくれていることを肌で感じ、嬉しかった。


「シエルとラルムは、すぐに目を覚ますと思うわ。そして、オンディーヌだけど……私の光で、穢れ? と言ったかしら、あの黒くてモヤモヤした闇は追いやったわ。……でも、私に出来るのは、闇を光で照らして追い込むだけ。だから闇は凝縮され、力を増してしまう。いずれ光を貫くでしょうね……あれは、闇に近い命の精霊の力でないと取り除けないの……」


 ルミエルは湖を眺め、しょんぼりと肩を落とした。

 自分も彼と同じ、命の精霊を従えることが出来たら、どんなに役に立てただろう。

 そう思うと胸が苦しい。




「ゲホッゴホッ……ラルム!?」


 シエルは咳き込み、勢い良く体を起こしてラルムを探した。

 そして隣に眠るラルムを見てホッと息をつく。

 しかし、またハッと顔を上げ騒ぎ出す。


「テツ様は!?」


「大丈夫ですの。テツもそこの木の根で寝ているわ。怪我も大したことないわ」


「良かった……ルミエル。さっきの悪魔は?」


「は? 悪魔?……違うわよ。あれは穢れた気に当てられて自我を失った精霊よ」


「精霊? あれが?」


 シエルは信じられない様子で、眠るラルムを見つめた。

 ラルムはあれを見てどう思ったのだろう。

 何よりも憧れ、愛していた存在に、殺されかけたというのか……。


「今はいいから、早くリリィの家に戻りなさい。レーゼ、案内してあげて」


「はい。シエル、ラルムを背負えるか? 無理なら私が背負っていくが……」


 シエルはレーゼを見て驚いた。

 右手に枝が蔦でくくりつけられ、血が滲んだ跡がある。


「レーゼさん。腕……」


「問題ない。直ぐに治る掠り傷だ。それより、ラルムを家で休ませてやろう。濡れたままは体に良くない」


 シエルはそれを聞いて、自分もずぶ濡れであることに気がついた。急に体が寒く感じる。


 ルミエルはその場に腰かけてレーゼに声をかけた。


「じゃあ気を付けるんですのよ」


「え? ルミエルは行かないのか?」


「私は……あの人が起きたら一緒に戻るわ」


 ルミエルは木の下で眠るテツを見て言った。

 シエルもテツが心配であるが、テツの顔色は悪くない。


 怪我も擦り傷程度、それに濡れてもいない。

 大事はなさそうだ。


 しかし、シエルはラルムを背負おうと立ち上がろうとするが、足は震え、オンディーヌの顔が脳裏を過り上手く立てなかった。


「くそっ!」


 シエルは、恐怖と寒さで震える足を何度も殴り付けて立ち上がる。

 そして濡れて冷えきったラルムを背負い、レーゼの案内でリリィの家へ向かった。




 ルミエルは、眠るテツの隣に腰掛け、ぼんやりとその寝顔を眺めていた。


 自分の魔法が、この男に弾かれた。

 いや、自分だけではない。


 オンディーヌの水も彼には無意味の様だ。

 だって彼は、少しも濡れていないのだから。


「んっ……」


 テツが寝苦しそうに顔を反らし、唸り声を上げた。

 木の根の枕では痛いのかもしれない。


 何度も自分の鎖で彼を弾いてしまった。

 自分が駆けつけた時は、彼の意識はしっかりしていたのだ。


 という事は、彼が気を失っているのは、鎖で何度も宙を飛ばされたせいだろう。


「……何かしら、この罪悪感……」


 テツがまた、寝苦しそうに眉間に皺を寄せた。

 せめてぐっすり休んで欲しい。


 ルミエルはそう思い、テツの頭を自分の膝の上に寝かせてやった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ