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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第一部 東方視察団
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第十七話 蜥蜴の尻尾 第二特攻部隊

 ここは精霊の森の東の端。

 夜も更け人も獣も眠りに落ちた頃である。


 そこに、闇夜に紛れ岩影を蠢く黒い影が三つあった。

 どうやら黒い装束に身を包んだ三人組の様だ。三人は大きな滝を見つめ、身を潜め機会を窺っていた。


「あの滝の裏に盆地がある。そこが、ルナールの隠れ里だ」


 左側に立つ細身の男が小声で二人に言った。そして右側に立つ筋肉質な大男が、白い歯を見せてニヤつく。


「がはははっ! 全く厄介な獲物を宛がわれたもんだぜ」


「オウグ……もう少し小声で話せ。それに仕事は選べないよ。オークションが潰されたからな。我らが生き残る為には、顧客を大事にしていかないと」


 オウグと呼ばれた大男はその台詞を鼻で笑い飛ばした。

 そして瞳をギラつかせて拳を擦り合わせる。


「はっ!? オークション……あっちの部隊は雑魚だからな。ああ、でもルナールか……早く殺りたいぜ」


「おい。お楽しみはまた今度だ。目的を忘れるなよ?……でも。殺れる分は殺る。ミシェル、合図と回収、頼んだ」


「うん。りょうかい。ディーン」


 二人の間に立つ、影の薄い小さな少女が返事をした。

 空には暗雲が立ち込め星明かりすら遮られ、辺りは闇に包まれる。


 三人はこの時を待っていた。

 頃合いを見て、オウグが大きく息を吸う。


「よぉし!  蜥蜴の尻尾、第二特攻部隊。第一回ルナール奇襲作戦……開始」


 冷たい夜風に紛れ、二つの影が目的の里へと忍び寄った。



 ◇◇◇◇



 ここはルナールの隠れ里。

 精霊の森やその周辺の森に住むルナール達は、人に悟られぬよう月に一度は里を変え、ひっそりと暮らしている。


 先日も里を移動したばかりだった。

 今日は里長ペペジィの家に、ここで暮らすルナールの家長達が集められている。


 皆、人型だが、頭には大きなフサフサの三角の耳が二つ、そして腰の辺りにはモフモフの尻尾が生えている。

 手や足もモフモフしていて、その丸い指先には鋭い爪、掌には肉球がついている。


 ペペジィは、ダランと項垂れた耳を、ピンと立て、皆に語り始めた。


「皆。荷を積めるのじゃ、里を移動させるのじゃ」


 家長達が各々ざわついた。

 こんなに早く里を移るのは初めてだからだ。


「ペペジィ様、それは避けられない事なのですね……」


「そうじゃ。ぐずぐずしてはおれぬ。直ぐに行かねば、里から流れる血が増すだけじゃ」


 ペペジィの言葉に皆は息を飲んだ。


 里から流れる血。


 それが増すという事は、必ず血が流れると言うことを意味するのだ。


「ペペジィ様。何が……視えたのですか?」


「…………。三つの黒き影が、里に災厄をつれてくるであろう……今はそれしか視えぬのじゃ……」


 ルナール種は並外れた身体能力だけではなく、先詠みの力を持っている。力には個体差が大きく、数秒先までしか予知出来ぬ者から、何週間も先の未来を視る事が出来る者もいるという。


 ペペジィはその力に秀でており、何日も先の未来を視て、里の者達を導いてきた。


 ペペジィはいつも自分の未来を視て里のその先を予知してきた。そして、悪い未来を見た時は、里の他の者の未来も視る。


 ルナールが視る未来は確定の未来ではない。


 行動次第で、その未来は変えられる。しかし、避け難い未来を視る事がある。


 それは、未来を視ようとした相手の……未来が視れない時だ。それ即ち、その者の死を暗示する。


 ペペジィは家長達を解散させた後、六人の里の者を呼んだ。彼らに告げなければならないことがある。


 彼らのその先に、未来が見えないことを……里の為にも、伝えなければならない。



 ◇◇◇◇



 オウグとディーンは、夜風に紛れ各々の目指す場所に疾走していた。


 ディーンが目指すは滝から数十メートル離れた巨木の根だ。そこは隠れ里の入り口の一つ。根の下には抜け穴がありそこには三匹の見張りの獲物がいる。


 そして、オウグが目指すは滝の裏。一番大きなこの入り口にも三匹の見張りがいる。


 蜥蜴の尻尾は強欲だ。獲物は一匹も逃がしたくない。


 別の入り口に襲撃を知らされる前に、一気に潰そうと目論んだ。今回の標的は六匹。たった六匹だが、戦闘特化の魔獣。


 オウグもディーンも極上の獲物を前に高揚した気持ちを押さえられずにいた。二人を纏うミシェルの俊足の加護の風が、そんな二人の気持ちをさらに高ぶらせる。


 ミシェルはオウグの後を静かにゆっくり追いかけた。

 そして風が二人の動向をミシェルに伝える。

 二人は各々の潜伏地点に到達し、ミシェルの合図を待っていた。


「準備かんりょう?ーー我が名はミシェル。姓は無い。風の精霊よ。哀れな虫ケラどもに、更なる風の加護を与えよ。筋肉野郎には力の増幅を、頭でっかちな優男にはその身を防衛する力を……ゆけ」


 ミシェルの蒼い瞳に光が宿り、周囲に魔力の渦を巻き起こす。そしてそれは、周囲に知られぬように勢いを殺し、静かにひっそりとミシェルが言う虫ケラの元に飛んで行った。



 オウグとディーンにミシェルの風が同時に届く。

 これはいつも、作戦開始の合図になる。


「おっ。来たぜ。ミシェル……今日の風も冷てぇなぁ……でも最高だぜ……ふんっ」


 オウグは魔力増幅の加護を受けると、鼻を鳴らし全身の筋肉に力を込める。盛り上がる背筋、胸筋、上腕二頭筋。


 全身に血管を浮き上がらせ、赤黒い体が倍のように膨らんで見える。荒い息を吐き、焦げ茶色の瞳に淡い光を呼び寄せる。


「地の精霊よ。我が名はオウグ=オーデュ。止めどなき大地の力を、我の拳を用いて顕現せよーー」


 オウグは詠唱をしながら滝の中腹からその裏側へ向かって飛び降りた。そして見張りの二人の間を目掛けて、燃える炎の様な光を帯びた拳を振り下ろす。


「ーー割れ大地を、裂けろ……うおおおおおぉぉ」


「!!!」


 頭上から轟く男の叫び声に、ルナールの見張りはすぐに反応を示した。咄嗟に滝の方へ飛び退きオウグの攻撃を難なくかわす。


 岩で出来た滝裏の洞窟は、オウグの拳を大地に受け、轟音と共に崩れ、その瓦礫によって里への道は完全に塞がれた。


 見張りの一人は洞窟の奥にいた。

 恐らく瓦礫の下であろう。

 オウグが頭を掻いてバツの悪い顔をした。


「しまったなぁ。脆い洞窟だぜ……こりゃミシェルに睨まれるな……」


 オウグは悠長に瓦礫に埋もれた洞窟を眺めていると、背後の滝の中からルナールの二人が姿を表した。

 そして肥大した鋭い両の爪をオウグの背中目掛けて突き立て猛進する。


 しかしオウグは落ち着いていた。その場を動かず、顔だけルナールに向け、その大きな歯を見せてニヤリと笑う。


「がっ!!」「何っつ……」


 後数センチでオウグの背に爪が届くというところで、二人のルナールは地面から突き出た太い木の根に体を貫かれた。


 一人は腹を貫かれ手足をバタつかせ、もうは一人は脇腹から肩にかけて突き刺されピクリとも動かない。


「がははははっ。図体がデカイからって体張って戦うとか思うなよ? ルナールの糞共が……あれ? 一匹死んじまったか? ミシェルが残念がるな……」


 オウグは、動かなくなったルナールの耳をつまみ上げ、顔を確認した。


「あー。やっぱ、駄目だぜ……おい。お前もあんまり動くなよ。死んじまったら悲しむ奴がいるんだからな」


 腹を串刺しにされたルナールは地面に四つん這いになり大量の血を吐いていた。


「おいおい大丈夫か? でも……そういう格好してると本当ただの犬っコロだな。ははは」


「……貴様ら……人間など、いつか根絶やしにしてくれる……げはっ……」


 オウグは笑いながら、生意気なルナールの髪を掴み顔を覗き込んだ。


 その時、瓦礫が崩れる音がした。


 オウグは咄嗟に横に飛び退き、後ろからの襲撃を寸でのところで避けた。

 先程までオウグがいた所には、瓦礫から生還したルナールのもう一人がオウグを睨み付け立っていた。


「おっ! 不意討ち良いねぇ~!」


 オウグは、その敵愾心に満ちた視線を笑って跳ね退けた。そしてまた詠唱を始める。


 しかしルナールがそれを待つ義理などない。


 詠唱中を狙い真っ直ぐにオウグの懐に向かって突っ込んできた。発達した足の筋肉とバネは人間の比ではない。


 一瞬で距離を詰めてオウグの首に爪を立てた……が、金属がぶつかり合うような音と共に、その爪はオウグの拳で弾き返され、ルナールは攻撃の体勢を崩し仰け反った。


「ちっ。かってぇ拳だな……」


「まぁな……。地の精霊よ。ーー」


 オウグの声と同時に、ルナールの足元に大きな魔方陣が浮かび上がる。


「しまっ……」


 ルナールは、慌てて陣の外に飛び出し、魔方陣から繰り出されるであろう衝撃に身構えた。


 しかし魔方陣は何の意味もない囮だった。

 ルナールが魔方陣に気を取られている隙に、オウグは容易くルナールの背後に回り、その油断しきった背中に魔力を込めた拳を振り下ろした。


「ぐぁっっ!!」


 オウグは地面に叩きつけられたルナールの顔を足で踏みつけた。その反動で突っ張った尻尾を片手で握り締めて引き捻る。ルナールは苦悶の表情と共に呻き声を上げた。


「いいねぇ。その声……俺さ、さっきから魔法ばっかだけどよ~。見た目通り身体も鍛えてるって訳よ? 油断すんなよ……つまんねぇだろ? がははっ」


 オウグは勝ち誇ったように笑い、力任せにルナールの尻尾を引きちぎった。顔面を地面に擦り付けられながらも、ルナールからはくぐもった悲痛な声が漏れる。


 その時、滝の方からミシェルが現れた。

 惨状を前に、ルナールの状態を心配そうに目視する。


「オウグ。手に持ってるの……何?」


 ミシェルは大きな黒い布袋を肩から下ろし、オウグに淡々とした様子で話しかけた。


「おお。ミシェル。悪いな……ちょっとやり過ぎちまった」


「何で? 上出来だよ、オウグ。後はミシェルがやるよ。足、どけて欲しいな」


「おお。でもこいつ暴れっかもな……」


 オウグは頭から足を外し、その足を背中に乗せ直した。


 ルナールはむせ返り、口から土を吐き出す。


「君。大丈夫? 口に土が入ってしまったんだね……」


 ミシェルが口元を隠していた黒い布を下げ、ルナールに話しかけた。土で汚れた顔に自分の水筒の水をかけてやる。


 ルナールの若者は、霞む視界を水で洗われ、目の前の少女と目が合った。


 まだ若いその容貌、長い金色の睫毛に蒼い大きな瞳、長い髪を後ろで結い上げ、儚げで美しい少女だ。


 こんな所にどうしてこんな女の子ががいるのか、ルナールの若者は理解できず、ただただその少女に魅入った。


「これでお話出来るかな?」


「ああ。ありがとう。君のような子がこんな奴らといてはいけない。早くここから去りたまえ……」


 ミシェルは心底困った様な表情をした。

 それはまるで戦場で血を浴びながらも、儚げに咲く花のように美しい。


 ルナールはこの少女を助けてあげたいと心から思った。


「心優しき少女よ。君はあいつらに弱味でも握られているのだな? なんと哀れな……」


「哀れ?……う~んと……ねえ。この水筒。何で出来てるかわかる? これは動物の胃袋で出来てるんだよ。あなたもよく知っている動物の……どうだった? この水、おいしかった? きもちよかった?」


 ミシェルの言う言葉の意味が分からず、ルナールの若者は首をかしげる。そのフサフサの耳に、ミシェルは顔を近づけて優しく囁いた。


「教えてあげる……これはルナールの……同族の胃袋なんだよ? ねえ? お水……おいしかったでしょ?」


「!!!」


 ルナールの若者は目を見開き、両手の爪を肥大させ、ミシェルに襲いかかろうとした。しかし体はいつの間にか細い木の根に縛られ身動きが取れない。


 隣でオウグがルナールを嘲笑う。


「……よくも……。お前らの思い通りにいくと思うなよ! ルナールは決して滅びない。俺達見張りがいるから里を襲ったんだろ? ざまぁ見ろ! 里にはもう誰もいない。お前らは俺達六人殺しただけだっ……ひっぃ……」


 威勢良く啖呵を切ったルナールの若者が急に言葉を詰まらせた。頭が燃えるように熱く、視界が赤く染まり、自分の身に何が起きたのか、まだ理解できていない様子だ。


 ミシェルは手に持ったナイフを地面に置くと、失声するルナールの若者の頬を、濡れた手で優しく撫でてやった。


「大丈夫? もっと声を出していいんだよ? その為に、口の中を綺麗にしてあげたのだから。ほぉら。君の右耳だよ? 血を綺麗に流してやれば、いい値がつくよ。次は……」


 そしてミシェルはとても大事そうに、ルナールから切り落とした右耳を黒い布袋にしまった。


 ミシェルの先程と変わらぬ美しい顔に、ルナールの若者は恐怖を覚えた。


 右耳があった頭部が燃えるように熱い。

 次? 次って何だ……? 次はどこを……。

 ルナールの若者を恐怖と絶望が襲う。


「ひぃぃぃ。やめろやめろ……もういい、嫌だ……先に殺してくれ。殺してくれよ」


「いいねその声……ミシェルね、あっちの串刺しの犬より、お喋りできる犬から回収する方が……好きなんだ。きゃはははは」


 ミシェルは陰鬱とした笑みを見せ、短刀でもう片方の耳も一瞬で切り落とした。ルナールの叫び声が滝に反射して洞窟内に響き渡る。


 次は両足、両腕……それからそれから……。


 ルナールの声に高揚し、ミシェルは回収作業を内から込み上げる衝動に身を任せて夢中で楽しんだ。


 苦しみに満ちたルナールの叫び声は、ミシェルの耳に心地よい余韻を残し……そして途絶えた。


「きゃはっ。良い音色。あれ? もう壊れちゃった。他の獲物も大人しいからな。さっさと回収するね」


 ミシェルは手慣れた様子で商品となる部位を回収し、黒い布袋に詰め込んだ。


「よし。運ぶのは俺がやってやろう。ディーンと合流したら里へ入るぞ」


「うん。ディーンも終わったかな? ディーンはいつも瞬殺だから。つまんないんだよね。……オウグはおこぼれくれるから好きだよ」


 ミシェルに笑顔を向けられオウグは気を良くした。


「そうか! 俺は出来る男だよな!」


「うん。生け捕りの仕方を教えて欲しいよ。私が殺ると、バラバラになっちゃうから……さ、ディーンが呼びに来る前に行かなきゃ。こっちからは入れそうに無いからね」


 瓦礫で埋もれた洞窟を指差してミシェルは言った。


「あ……だな。ディーンの所に早く行こう……」


 二人は巨木の木の根でディーンと落ち合う。

 ミシェルはその場に残り回収作業に勤しんだ。


 オウグとディーンは里へと侵入した。

 里はもぬけの殻だった。一応獲物が隠れていないか確認する。すぐにミシェルも二人に合流した。


「やっぱ誰もいねぇな。ルナールの奴ら、皆尻尾巻いて逃げやがったな」


「これでいい。奴らは千里眼、もしくは先見の明と呼ばれる力を持っているらしい」


「ん~? 何だそりゃ?」


「予知能力、先を見通す力……そんな所だそうだ」


「だから俺達が来るのがバレてんのか」


 ディーンは冷ややかに口元を緩めた。


「ああ。だからこれでいいんだ。今回の任務は成功。運搬部隊にモノを渡して解散だ。ーーそうだ。その前に、この里がもう使えないようにしておこう。オウグ、ミシェル」


「了解だぜ」「りょうかい」


 二人は同時に詠唱を始めた。そしてミシェルの風の魔法で家屋や木々を切り刻み、オウグの地の魔法でそれらを全て大地ごとひっくり返した。


「蜥蜴の尻尾、第二特攻部隊。第一回ルナール奇襲作戦……完遂」

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