第十四話 懐かしい毛玉
カシミルドとシエルは、木の下の原っぱに、仲良く二人で寝転んでいた。
ここは第四王区の丁度真ん中当たりの農家で、いつも遠征の休憩地点として使われている場所だ。その農家の庭で、二人は休息中である。
木陰が大好きなカシミルドは、今にも寝そうだ。
そんな至福な昼下がりを過ごそうとするカシミルドの緩んだ顔を、シエルは険悪な顔つきで見ていた。
つい先程のカシミルドの暴走により、二人を乗せた馬は、約一時間で着く筈だった道のりを四分の一の時間で到着した。
目的の農家に着く手前で、カシミルドは魔法を解き、いとも簡単に馬を停めた。その農家の娘に見られてしまったが、あれが魔法だったとは理解していない様子だった。
予定より早く着いたので、農家のおばさんは大慌てで昼食の支度をしてくれている。
シエルは馬を降り原っぱに倒れこみ、やっと地に足が着き胸を撫で下ろした。疲労困憊のシエルとは反対に、カシミルドは農家のおばさんと雑談した後、清々しい自然を満喫するように、シエルの隣に寝転び体を伸ばした。
「お前。俺に何か言うことないの?」
「え? あっ。もし、皆が来た時に寝ていたら、起こして下さい」
カシミルドは笑顔で答えた。
そんな事を聞いたつもりはない。
シエルは自己中でマイペースな奴が嫌いだ。人の苦労も知らずにこいつはいけしゃあしゃあと……腹立たしい。
「はあ。寝る気かよ。ーーあのさ、さっきのは何なんだよ。危ないだろ? 乗ってる方も、周りにもし人がいたとしても……」
「……? 大丈夫ですよ。風の精霊が僕らの周りにいましたよね? だから守ってくれます。落ちることもない筈ですよ。それに、もし道に人がいても……馬ごと飛んじゃえば……」
「馬ごとってお前……。おい。寝てんのかよ。ーー無い。こんな奴とこれから先一緒にエテまで行くなんて、マジで無い」
シエルは気持ち良さそうに眠るカシミルドの顔を見て、頭を抱えた。そしてまた原っぱに寝転んだ。
「まだ、先は長いのにな。すっげー疲れた……」
シエルは溜め息とともに瞳を閉じた。
◇◇◇◇
カシミルドとシエルに遅れること数十分。
テツ達も休憩地点にたどり着いた。
丁度農家のおばさんが昼食を食卓に並べ終えた所だった。カンナが繋ぎ場に馬を見つけ、安堵の声をあげる。
「あ! 馬が繋がれてる! カシィ君、ちゃんと止まれたみたいですね」
「ああ。良かったよ。ーーさあ、休憩にしよう」
皆が馬を繋いでいる間に、ルミエルは誰よりも先に馬を飛び降り、カシミルドを探した。
新参者の自分がカシミルドと親しくなるには、常に一緒に過ごす事だと考えているのだ。
彼が居そうな場所。彼が好きな場所……。
あのお方だったら……ルミエルは農家のすぐ隣の大きな木に目を留めた。そして木の下にカシミルドを見つける。
ルミエルは無意識の内にスキップしながら木の下まで移動していた。木の下では、カシミルドとシエルが並んで気持ち良さそうに寝ている。
「寝てる……んですの? 仲がおよろしいこと。それに無防備で隙だらけ。フフフ。私もご一緒に……」
ルミエルはカシミルドの腕を勝手に枕にして、二人の仲を裂くように間に割り込み、原っぱに寝転んだ。
邪魔なシエルは足蹴にする。
これで二人っきりの空間の完成だ。
カシミルドの横顔がすぐ近くに見え、うっとりと見つめる。
「可愛い。やっと見つけた。私のーーって痛いっ!」
ルミエルは、幸せそうにカシミルドに顔を擦り寄せていたが、いきなり後頭部を固いもので小突かれた。
起き上がり振り向くと、シエルが杖を片手にルミエルを睨んでいる。
「おい! お前、俺のこと蹴っただろ。痛ぇだろ」
「何ですの! 杖で殴るなんて失礼な坊やですこと! 私に喧嘩を売る気ですの?」
シエルを睨むルミエルの瞳に光が宿る。
それと同時に空気が張りつめ、シエルにも緊張が走った。ルミエルは、プレッシャーに怖じ気づくシエルの表情に笑みを溢す。
「フフフ。後悔させてあげますの。ーー光の精霊よ。我が名はルミエル……」
ルミエルを中心に大気が揺らめいた。小さな無数の光が空気中に現れ、それがルミエルに集まり凝縮していく。
カシミルドは異変に気づき、目を覚ました。
そして反射的にその場から後退する。
この魔力にカシミルドは覚えがあった。
選定の儀の時に触れた、あの時の威圧感と背中に走る悪寒を思い出す。
この人はーールミエル?
銀色に輝く髪を揺らし、ローブを靡かせ、臨戦態勢だ。……こんな平和な原っぱで、何をしようとしているのだろうか。
ルミエルの目の前では、シエルが杖を握りしめ、小さく何か呟いている。
どちらもやる気か?
寝ている間に何があったのだろう。
しかし、こういう時は……止めるべきか。
カシミルドがあれこれ考えている間に、ルミエルは右の人差し指にはめた指輪に口づけをし、己の魔力で前方に魔方陣を形成した。
シエルもそれと同時に目の前に魔方陣を描く。
早く止めなくては……カシミルドは立ち上がり、目の前で白い光を纏うルミエルの左腕を掴み、後ろに引いた。
「ルミエル! もう止めなよっ」
「カっカシミルド!?……」
ルミエルがカシミルドに振り返ったのと同時に、テツが二人の魔方陣の間に立ち、剣を振り翳していた。
素早く剣を抜き、空を切る様にそれを振るう。
テツの剣が互いの魔方陣を掠めると、陣は霧散し、術者に向かって魔力は弾き返された。
「うわっ」「きゃっ」
その衝撃波で、シエルは原っぱにひっくり返り、ルミエルはカシミルドを押し倒して二人で原っぱに倒れ込んだ。
下敷きになったカシミルドは、原っぱに尻餅をつき、その上にルミエルが馬乗りになる。
ルミエルはこの機会を逃さんとばかりに、カシミルドの胸に抱きついた。
「こ。怖かったですの! シエルが怒るんですもの……」
「えっと……大丈夫?」
カシミルドが見た限りでは、ルミエルの方が高圧的で殺気だっていたように感じたのだが、瞳を潤ませカシミルドを見上げるルミエルは普通の少女に見えた。
眉間にシワを深く刻みながら、レーゼがルミエルの元へ駆け寄ってきた。
「ルミエルさ……駄目ですよ。ルミエル。こんな所で心を乱しては……」
レーゼはカシミルドにぴったりとくっつくルミエルを抱き起こした。ルミエルは恥ずかしそうにレーゼを睨んで耳打ちする。
「何で起こしちゃうのよ! 今、カシミルドと……ほら、何て言いうか……いい感じでしたのに!」
「……」
レーゼは自分とカシミルドの事しか見えていない様子のルミエルをテツの前に降ろした。
テツは笑顔だが、右手で鞘に納めた剣を握っているからか、普段と違い何だか怖い。
「ルミエル君。団内で喧嘩はご法度だぞ。それに魔法を用いた喧嘩など尚更だ。今回は許すが、次はないからな。……シエル。大丈夫か? 朝から災難続きだな」
「は、はい。失礼しました」
シエルは慌てて立ち上がり、落とした杖を腰に戻した。
そして先程の出来事を省みる。
テツは魔法が使えないとのことだが、さっき魔法を跳ね返された。あのルミエルとかいうヤバそうな奴の魔法も、意図も簡単に。
それにシエルの魔法が防御魔法であったことも気付いているようだ。
右を見ても左を見ても、おかしな人間ばかりに見え、シエルは頭を抱えた。
テツは、レーゼの後ろに隠れて不機嫌そうなルミエルを一目すると、今度はカシミルドに向き直る。
「それと、カシミルド君。危ないから、魔法で馬を加速させるのは禁止で頼むぞ。隊も分かれてしまっては意味がないからな」
「分かりました……」
カシミルドも勝手なことはしないように釘を刺された。
「さあ。昼食を用意してもらっている。いただこう」
皆はゾロゾロと農家へと足を向けた。
カシミルドも行こうとしたが、木の裏からひょっこり顔を出したメイ子に呼び止められる。
「カシィたま。メイ子を置いていくなんてひどいなのの」
「ごめん。メイ子。馬が思っていたより楽しくて……」
「むう。馬に負けるなんて悔しいなのの……クロゥたまがね、ルミエルたまがいない所で話があるそうなのの」
「え? それなら、今でいいかな? 皆お昼食べに行っちゃったし。クロゥ?」
カシミルドが呼び掛けると、クロゥが木の裏から顔を出した。鳥ではなく人の姿だ。
ルミエルがいないか警戒している。リュミエの娘だからとはいえ、まだルミエルの事は何も知らないだろうに、そんなに嫌いなのだろうか。
「ちょっとこっち来い! カンナちゃんは?」
カシミルドとメイ子はクロゥに言われた通りに木の裏側へ行く。しかしカシミルドは昼寝から起きてからまだカンナには会っておらず、首をかしげた。
代わりにメイ子がクロゥの問いに答える。
「カンナはスピラルと一緒に馬のお世話中なのの」
「ならいい。メイ子、お前やっぱりお荷物だからさ、俺様にいい考えがあるんだよ」
唐突なお荷物発言に、メイ子は頬を膨らませ、目を細めてクロゥを見る。
「どうせいい考えじゃないなのの」
「ケケケ。そう言うなよ。メイ子、モコモコに戻りたいとは思わないか? 小さくて邪魔にならない、可愛いモコモコに」
「むう? 何かちょっと鼻につく言い方なのの。でも、眼鏡っ娘の視線はイヤなのの。だから小さくなって、カシィたまにくっついて、悪い虫を追い払うなのの!!」
「いや。カシミルドには俺様が付くから、メイ子はカンナちゃんを頼む!」
メイ子はクロゥの言葉を聞くと、カシミルドの腕にしがみついた。
「ズルいなのの。メイ子がカシィたまなのの!」
「ほら。ルミエルもいるし。カンナちゃんにメイ子がついていたら……安心なんだけどなぁ~」
不満そうに唸りながらも、メイ子は渋々頷いた。
「でも。メイ子、戻れないなのの。モコモコに」
「それは俺様に任せろ! あいつら見てて思い付いたんだよ。いくぞ、カシミルドからちょっと離れろ……」
クロゥはメイ子の頭に右手を乗せた。
そして左手で指をパチンと鳴らす。
メイ子が白い光に包まれたかと思うと、視界から消えた。地面の方からメイ子の声がする。
「むう!?」
「あ! メイ子だ! 何か懐かしいね。やっぱりメイ子はこうだよね!」
カシミルドが地面で丸くなるメイ子を拾い上げ頬を擦り寄せた。フワフワの毛、円らな瞳、丁度良いサイズ感。
これぞ癒しの魔獣だ。
「むぅ。カシィたま。くすぐったいなのの。……でも、こんなこと出来るなら早く言うなのの。選定の儀の時もこの姿の方が動きやすかったなのの……」
「さっき思いついたんだよ。でもこれは俺様の魔法だからな。メイ子が戻りたければ解ける様にはしてあるけど面倒臭いから大体そのままでいろよ?」
「分かったなのの!」
「んじゃ。俺はカシミルドのフードん中に隠れっから。カシミルド? さっきみたいに魔法使って周りに迷惑かけんなよ~」
「ははは。楽しかったんだけどな……でも、もうしないよ。……何だろ、三人でこうやって話すの久しぶりだね。里に戻ったみたいだ」
「そうなのの。懐かしいなの。メイ子は、何があってもカシィたまの味方なのの」
「ん? メイ子、何か言った?」
「いいなの。早く戻るなのの!」
風に乗って美味しそうな香りが漂う。三人……というか見た目はカシミルド一人だが、皆が待つ農家へと走っていった。




