第十三話 乗馬は疾風の如く
急に馬の足が早くなり、カシミルドは驚いて顔を上げた。そして辺りを見渡すと、いつの間にか街から離れ農業地帯に来ていた。人も殆ど見られない。
「あ。そうだ! メイ子」
カシミルドが喚ぶとメイ子がカシミルドの背中にピッタリとくっついて現れた。
「カシィたま。どうしたなのの?」
「クロゥが復活したから、そろそろ誰か喚んでおけって煩くて」
後ろから会話が聞こえ、シエルもメイ子の存在に気付いた。
「おい。荷物も乗せてんだからこれ以上重くすんなよ。馬鹿かお前は!」
カシミルドは速攻シエルに怒られた。メイ子は咄嗟に機転を利かせ、カシミルドから手を離す。
「メイ子。飛んでくなのの!」
馬の速さに合わせてメイ子はカシミルドの隣を飛んで付いて来る。カシミルドもメイ子の提案を快諾した。
「そうだね! それなら重くな……」
「駄目に決まってるだろ! 四区っつっても人が住んでるだろ? そいつが飛んでたらおかしいだろ!!」
そしてまた速攻シエルに怒られた。
「ほー。確かに」
カシミルドとメイ子は感心して声をあげた。
シエルは疲れた様子で肩を落とす。
「シエル。何を騒いでいるの?」
ラルムが馬を横につけて会話に入ってきた。
そして飛んでいるメイ子を見てその姿を凝視する。
「とっ飛べるの! 凄い!」
メイ子は、眼鏡を光らせ鼻息の荒くなるラルムに目を潜めた。そしてその視線から逃れるように、カシミルドの肩に身を寄せる。
「むー。眼鏡っ娘、苦手なのの……」
「そんな!? 怖くないわよ~。スピラルは小さいし、私の後ろに乗ってもいいのよ? メイ子ちゃん」
「メイ子。乗せてもらえば?」
カシミルドに勧められ、メイ子は渋々ラルムの後ろに乗せて貰うことになった。シエルはそれを横目に見て不満そうに言った。
「前みたいにどっか帰ればいいだろ? 何で荷物増やすんだよ」
「……すみません。僕、魔力のコントロールが下手で、最低でも一匹は魔獣を召喚していないと駄目なんです」
「へー」
シエルはカシミルドの言葉に興味なく相槌を打ち、隣のラルムを見た。するとラルムは、手綱をスピラルに任せて手帳にメモを取っていた。
「ってラルム。危ないだろっ」
「はい!」
ラルムは景気良く返事をしたが、行動を改めるつもりはない様子だった。
◇◇◇◇
「後ろは賑やかだな……」
テツが後ろを振り返り、楽しそうに笑って言った。
カンナもそれを見て安心する。
馬の足を速めてから、テツの様子が少し変だったからだ。何か考え事をしているような、そんな印象を受けた。
「カシィ君達、何を話しているんですかね。子供みたいにはしゃいでます」
「そうだな。ーーカンナ君。さっき会ったのは、手紙をくれた雑貨屋の主人かい?」
「そうですよ。パトさんです。もしかしてお知り合いでしたか? さっき、パトリシア? って呼んでいたので……」
テツは一瞬言葉に詰まった。
「いや。知り合いに似ていてね。つい、そう呼んでしまった。雑貨屋の主人に会ったら、先日の礼を言おうと思っていたが……失礼なことをしてしまったな」
テツの背中が寂しく見えた。
パト。パトリシア。名前も似ていて、見た目も似ている知り合いなのだろうか。
しかし手紙の件は、カンナの方からテツに迷惑を掛けてしまっただけなのに。お礼を言うなど、テツはとても律儀な人だな、とカンナは思った。
「テツさんって、すっごく大人の男性って雰囲気がありますよね」
「ん? そうか? まだ十七だけどな」
「うっ……そですよね。三つ違い……」
「そんな老けて見えるかな?」
「いえ……そうでは無いですけど……落ち着いてて、物識りで、思慮深くて……」
「まあ。中身はおっさんだよ」
「えっ? 何かすみません。そんなつもりじゃなくて……」
慌てるカンナにテツは面白がっていた。
「いいんだ。カンナ君は間違っていないよ……ん?」
言葉の途中で、テツが急に後ろを振り向いた。
そして後ろから迫り来るある物を見て、眉間に皺を寄せる。カンナもその気配に驚き、テツに触れる手に力を込めた。
次の瞬間。
テツとカンナの横を猛烈な勢いで一頭の馬が駆け抜けて行った。
どんなに鞭を打ったとしても出せるとは思えない速さで、それは過ぎ去っていく。
背中に、カシミルドとシエルを乗せて。
「な……カシィ君、乗ってました?」
「ああ。……まあ、シエルが一緒だから大丈夫だろう」
息を切らしたラルムが、テツの横に追いつき状況を説明する。
「すみません。テツ様。カシミルド君、速い方が酔わないとか何とか言っていて……そしたら急に……」
「心配せずとも大丈夫だろう。休憩地点で合流出来ることを……祈ろう……」
テツは至って冷静であった。焦って追うこともせず予定通りに馬を走らせた。
ルミエルはレーゼに不満を漏らす。
「レーゼ。私もカシミルドみたいなのやりたいですの」
「出来ませんよ。ルミエル」
「そうですけど……ふんっ。もういいわ」
三頭の馬は連なって休憩地点を目指すのであった。
◇◇◇◇
その頃カシミルドとシエルは風を切って街道を猛進していた。いつの間にか手綱はカシミルドが握っている。
カシミルドの瞳は爛々と輝き、遠くの景色を見据え、風を楽しんでいる。一方、シエルは体勢を低くして馬の首に必死でしがみついていた。
「おいっ。止まれって!? 次の農家で休憩地点だからな!」
「了解!」
真っ青な顔のシエルとは対照的に、カシミルドは満面の笑みで答えた。王都にいた時とは、真逆の関係性だ。
「風の精霊よーー。後少し。僕に力を貸して……」
シエルは、カシミルドから魔力のうねりを感じ取った。
自分と同じ風の力。
「お前……まさかっ」
カシミルドの口角に笑みが浮かぶ。
その瞬間、馬はもう一段階速度を加速させた。振り落とされそうになるシエルをカシミルドが手で支える。
「シエルさん。乗馬って楽しいですね!」
「……」
これは乗馬ではない。
シエルはそう言い返したったが、そんな余裕は微塵もなかった。何故自分がこんな目に合うのか……シエルはカシミルドとペアになった事を酷く後悔した。
◇◇◇◇
少し前の出来事である。
カシミルドがメイ子を召喚し、ラルムと話していた時だ。
「カシミルド君。馬は苦手なのかと思ったがけど、大丈夫そうですね」
ラルムがカシミルドに安心したように言った。
カシミルドはその言葉で気づく。
ゆっくり王都内を進んでいた時は落ちそうで怖かったが、道が広くなって速さも上がると……気持ちいい。
ここもまだ王都ではあるが、郊外ということもあって空気が美味しく感じる。
木々の香り、開けた視界。
とても開放的な気分だ。
頬を打つ風は爽やかで風の精霊を感じた。
そうか……ここの方が、精霊が多いのだ。
「風の精霊……」
「何か言ったか?」
「あ。風の精霊が、一緒に遊びたいって」
「……は? 誰と何が?」
シエルはカシミルドの言葉に疑問を投げ掛けるも、後ろから感じる気配に、その意味を自ら見出だした。
「ちょっと待て。お前……何しようとして……」
カシミルドの瞳が緑色の光を帯びる。馬の蹄一つ一つに魔方陣が形成され、風の精霊が周囲に集まった。
ラルムがその様子に気付き、身を乗り出して声を上げた。
「おお。何ですかソレ!! カシミルド君! 風の精霊がど偉いことに!!」
「あ。僕……速い方が酔わないかと思って。……ちょっと試しに先に行きますね。ーー我が名はカシミルド=ファタリテ。我が思うままに、その力を示せ――」
カシミルドの言葉を受け、周囲に風が巻き起こり、激しい土埃を巻き起こす。集まった風は、カシミルド達を包み込み、疾風の如く空を切り、前へと突き進む力に変わる。
「きゃぁっ」
ラルムはその風に煽られ瞳を瞑った。
そして、次に目を開けた時には、カシミルド達の姿はなかった。
カシミルド達を乗せた馬は、遥か前方を走っていた。
走っている……というより飛んでいるようにも見える。
「あれ? もうあんなところに。どうしよう……」
「むう。仕方ないなの。テツって奴に報告するなの。カシィたまは……最悪クロゥたまが止めてくれるなのの」
「そ、そうなの? メイ子ちゃん。……取り敢えず、テツ様に報告しましょう!」
ラルムは少し前を走るテツの元へ急いだ。




