第十二話 初めての乗馬
カシミルド達一行は常歩で王区内を移動する。
北側寄りの、王区外の街と物資のやり取りをする為の荷馬車用通路を通り、王都から出る予定だ。
カンナにとって見慣れない第一王区の街並みが、どんどん過ぎていく。カシミルドが馬にちゃんと乗れているか心配だ。
しかしカンナも乗馬は初めてである。
まだ後ろを振り返るほどの余裕は無い。
カンナは正直、二人乗りの相手がテツに決まり安心していた。ラルムやシエルとは、話をする事も触れることすらも引け目を感じる。
この国の王子であるテツの方が一番遠い存在な筈なのだが、テツからはそういった身分によるプレッシャーは何も感じなかった。
そんなテツの腰には、よく見ると杖と一緒に剣も携えてあった。短刀はよく見るが、剣を持っている人も、剣自体もカンナは初めて目にした。
「あの……これは剣ですか?」
「ああ。珍しいだろう? 私は魔法が使えないからな。剣の腕を磨いてきたのだ。まあ、王都で剣を振るうなど、余計に煙たがられるだけなのだがな……」
カンナはテツの言葉の中に孤独を感じとった。
そして、それは何処か自分と似ていると感じる。
「カンナ君は、魔法を扱えるのか? 黒の一族の者ではないのだろう?」
「あ。カシィ君、言ってましたか? 魔法も使えないし、一族の人間でもないって……」
「いや。カシミルド君は、否定も肯定もしなかったかな? ただ、同じ里で育ったとだけ言っていたぞ」
「そうだったんですね。私も……否定も肯定も出来ないんです。まだ、はっきりと分からなくて。でも、私は自分が何者かよく分からないけれど、それでもいいかな。とも思い始めているんです。何処の家の者だとか、一族とか、種族とか、そういった……私が立っていなければならない場所が、私にはありません。だから、私は私に正直に、好きな場所から、好きなように物事を見ることが出来る。すごく自由だなって思えるんです」
言い終えてカンナは動揺した。
何をベラベラと自分の事を話してしまったのだろうか。
テツが相手だと、ついつい話し過ぎてしまうのかもしれない。
「そうか。カンナ君は、いつも前向きで良いと思うぞ。初めて見た時から、君の事が気になっていたのだ。前にもどこかで会ったような気がしてな……こうして共に過ごすことが出来て良かったと思っている」
「へっ!?」
カンナはテツの言葉にどう反応したらよいのか戸惑った。テツの言葉はどういう意味だろうか。
初めて会った時を思い出す。確か同じような事を言われて、女性を誘う時の常套文句だと思ったのであった。
その時は、見た目といい、物腰の柔らかさといい、すぐ女性に手を出すタイプかと思ったが……テツの周りに女性の影は見られない。
何故だろう。王子様だから、嫌煙されるのだろうか?
「カンナ君の活躍を、期待しているぞ」
「はっはい。これからよろしくお願いします」
慌てて返事をしたカンナに、テツは静かに微笑んだ。
◇◇◇◇
スピラルは、ウエストポーチにアヴリルを忍ばせ、ラルムの馬に乗せてもらっていた。
初めはラルムの後ろに乗ろうとしたのだが、危ないからとラルムは自分の前にスピラルを座らせた。
無愛想で何も喋らない眼鏡女子、とスピラルはラルムの事を推察していたが、そこに意外と優しいを追加することにした。
しかし、スピラルは皆の装いを見てあることに気がついた。
自分の制服は短パンとタイツだ。
カシミルドもその他の男性も、皆ズボンだというのに……。自分と同じ服装なのはカンナとラルムだった。
昨日制服を試着した時に、ルミエルがスカートだったから何も疑問に思わなかったが、よくよく考えるとレーゼラは変なことを言っていた。
「君は……こっちの方が好きなのかな?」
と。こっちというのは、女の装いのことだったんだ。
拐われた時も女物の服装だったから、そう思われたのだろう。
何だか悔しいが、言い出すタイミングが分からない。
むしろ、誰かに話しかけるタイミングすら掴めない。
スピラルが思い悩む後ろで、ラルムも考え事をしていた。
スピラルの顔に見覚えがあった気がしたからだ。
でも、思い出せない。元々人の顔など覚えるタイプの人間ではない。それなのに見覚えがあるという事が謎だった。
しかし、相手に聞くほどの事でもないと考える。
「…………」
「…………」
どちらも何も言葉を発することなく、進行方向を見ながら馬に揺られた。
そんな落ち着いた二人の後ろでは、ルミエルが落ち着かない様子で何度も後方を振り向いていた。
もちろん目的はカシミルド。
しかし後ろに座るレーゼで全く見えなかった。
「何で馬なのよ。馬車とか無いのかしら? 折角来たのに、一緒じゃないとつまらないですの」
「ルミエル様。前を向いて頂けますか? 道が広くなれば……そうですね、第三王区を出れば、後ろの馬の横に付けましょう」
「本当!? 早く出ましょう! それと、様は余計よ。レーゼお兄様。フフフ……あっそういえばクロゥを見ていないわね」
ルミエルは上下左右を確認しだした。
「ですから、危ないですよ。……クロゥ様は、私もまだ見ていないですね」
「早い内に挨拶しなきゃ……初めましてって」
「左様ですね」
「あっそろそろ第二王区よ!」
「ですからちゃんと……はぁ」
レーゼはルミエルの動向にひやひやさせられながら馬を進めた。
◇◇◇◇
そして最後尾。シエルは出発早々イライラしていた。
「あのさー。しがみ付くの止めてくれないかな」
カシミルドはシエルの腰にがっしりと手を回し、背中に張り付くようにして掴まっている。顔色は真っ青だ。
「……すみません」
謝るものの、手を緩めるつもりは更々ない。
むしろ緊張して先程より手に力が入る。
どうしても、子供の頃に乗った山羊を思い出していた。
大丈夫。山羊じゃないし馬。
それにシエルと乗っているのだから暴れたりしない!
そう言い聞かせるも、身体は無情にも固くなっていく。
「……止めろって言ったんだけど……怖いのか?」
「……うん……その、落ちそうで……揺れ方も……」
「おいおい。まだ常歩だぞ……俺、男に抱きつかれる趣味無いんだけど……」
「……すみません」
「はぁーーーー」
シエルは鬱積を晴らすように大きく息をはいた。
話しかければ話しかける程にカシミルドの手には無駄に力がこもる。
シエルは次の休憩でテツに交代してもらおう、それまでは我慢しようと心に決める。
そういえば、自分も初めて馬に乗った時は、怖くて兄の背中に……。止そう、自分と後ろのお荷物を重ねてみるなんて馬鹿げている。
「うっ……」
「ん!? お前、酔ったか?」
「……まだ大丈夫です」
まだって何だよ。シエルの憂鬱と、カシミルドの絶不調は、まだまだ続きそうだ。
◇◇◇◇
昨日の先発隊の出発では、王都の人々も沢山見送りの為に街道に集まっていたそうだが、今日はそんな様子もなく、至って日常のままの王都の姿だ。
一行はそれぞれ親交を深めつつ、第二王区も順調に過ぎ、ついに第三王区の端まで来た。
テツは橋を視界に捉えると、カンナに告げた。
「あの橋を渡れば第四王区だ。四区へ出たら、馬の足を早めるぞ?」
「はい。大丈夫です! あれ?」
カンナも橋を確認すると、橋の前に立つ麻のローブを羽織った女性が目に入った。
「あっパトさんだ!」
カンナはパトに気付くと、馬上から大きく手を振った。
パトもカンナに手を振り返す。カンナはテツに断りを入れ、馬から飛び降りパトに駆け寄った。
「パトさん! どうしてここに? パトさんのお陰で、カシィ君も無事だよ。ありがとう!」
カンナは喜びのあまりパトに抱きついた。
「よしよし。カンナちゃん。テツ様からお手紙ちゃんと戴いたわ。だから見送りに来たの。それと、これ持っていって」
パトは胸元から短刀を取り出した。
光の当たり方によって七色に輝く不思議な短刀だ。
「これは?」
「これは珊瑚で作られた短刀よ。魔力を吸い取り己の力に変えるわ。きっとカンナちゃんを守ってくれる。それに、この短刀の対になる剣を私が持っているの。何かあればすぐ分かるから……だから持っていって」
「いいんですか? 大切な物なんじゃ……」
パトは澄んだ青い瞳でカンナを見つめた。
「大切だからこそ……」
「うん。ありがとう」
カンナは腰に短刀を携えた。
「カンナ君。行くぞ」
「はい」
カンナは馬に飛び乗ると腰の短刀に手を触れ、パトに笑顔を送った。そしてパトはテツを見上げて笑顔で言った。
「カンナちゃんをお願いしますね」
「……ああ。パトリシア……いってきます」
テツはパトと一瞬だけ目を合わせ、優しく微笑んでそう言うと、馬の足を早めた。テツの瞳に、名前を呼ばれて驚いた様子のパトの表情が焼き付いた。
ルミエルはすれ違い様にパトを一瞥しレーゼに呟く。
「あら? こんな所に……上手く化けたものね」
「ルミエル様がおっしゃることでは無いように存じますが……」
「もう! 様は余計よ。それにレーゼラ。貴女やっぱり、レーゼルより冷たいですの!」
「……失礼しました。ルミエル。少し足を早めますので、掴まって下さいね」
「きゃっ」
レーゼラはルミエルの反応を楽しむように馬の足を速めた。
カシミルドはパトとすれ違う寸前で、漸くその存在に気づいた。視界の半分はシエルの背中なのだから仕方がない。
「あれ? パトさん? 色々お世話に~」
しかし、シエルが馬の足を速めた為、最後まで言葉が続かず、必死でしがみついた。後ろからパトの声がした。
「カシミルド君。いってらっしゃい。シレーヌによろしくね~」
「え? シレーヌ? 知り合いって……もう聞こえないか……シエルさん! パトさんと話してたのに!」
「うるさいな。置いてかれるだろうが! この速さで行かないと予定が崩れる。黙ってくっついてろ」
シエルは面倒臭そうに言い切った。
ちゃんとパトさんにお礼が言いたかったのにと、カシミルドは残念がる。振り返ることは怖くて出来ないが、見えないパトに心の中でお礼を言った。




