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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第一部 東方視察団
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第一話  教団への招待


 ここは天使の祝福を受け、魔法に溢れた国、イリュジオン王国の王都。


 メイ子のお願いを叶えたカシミルド達は、王都を出て里へ戻ることを決めた。

 早朝にも関わらず、カシミルド達が世話になった宿屋、ビスキュイの人々も見送りをしてくれた。


 カンナはポムおばさんに抱きしめられ、目には涙を浮かべている。王都で一人で生きてきたカンナを支えてくれたのは、この宿屋の人達だ。


 たった数日しか過ごしていないカシミルドもその様子に胸がジーンとした。涙ぐむカンナにポムおばさんは微笑みながら言った。


「いつでも帰って来ていいんだからね」


「はい! ありがとうございます」


「メイ子もまた来るなのの~」


 メイ子もポムおばさんのお腹にしがみついて別れを惜しんでいた。


 それを見てマロンも隣で残念そうにしている。

 そして、少し照れくさそうな顔をして、カシミルドに三人分のサンドイッチ弁当を渡した。


「お前も、遊びに来る位ならいいんだからな! また来いよ!」


「ありがとう。マロン君」


 カシミルドに名前を呼ばれると、マロンは顔を紅くして母親の後ろへ引っ込んでいった。


 次に会えるのはいつになるだろうか。

 そう思うと、やはり寂しい。


 しかし早く出なければ、イカダでの船出に支障をきたすかもしれない。挨拶も早々、カシミルド達は宿屋を後にした。


 スピラルは、バレないように二階の窓から裏口の方へと出て行った。

 カシミルド達と合流してから、イカダまでいく予定だ。


 この島を出る頃には、クロゥとも合流出来れば良いのだが。

 宿屋の外はまだ静けさに包まれていたが、小一時間もすればこの辺りも活気付いて来る筈だ。


 宿屋を出てすぐ、カンナが声を上げた。


「あっ忘れ物しちゃった!」


「スピラルと裏で待ってるよ」


「ごめんね!」


 カンナは慌ただしく宿屋へと引き返していった。


「カンナは慌てん坊なのの」


「メイ子だって慌てん坊じゃないか」


「そんな事ないなの……むう? カシィたま。スピラルいないなのの」


 カシミルドはメイ子と二人で宿屋の裏へ行くが、そこにスピラルの姿は無かった。


「あれ? 先に降りたはずだけど……」


 カシミルドが二階を見上げた瞬間、背後に気配を感じた。振り向くより先に首筋にナイフを突きつけられる。


 カシミルドの後ろには背の高い銀髪の青年が立っていた。柔らかい銀髪がカシミルドの頬にかかり、耳元で囁かれる。

 冷静で落ち着いた氷のような冷たい男性の声だ。


「動かないで下さい。お連れの方と、お待ちしておりました。先日は選定の儀で、ご挨拶も出来ませんでしたので、ご一緒していただきたい場所がございます。来ていただけますね?」


「カシィたまっ」


「メイ子! 戻れっ」


 銀髪の青年に飛びかかろうとしたメイ子を、カシミルドは魔獣界へと押し戻した。

 首筋に回された青年の手に力が入る。


「許可を得てからお連れするつもりでしたが……次に余計なことをした場合、無理やりお連れ致します」


「……スピラルは?」


「スピラルさんはこちらですよ」


 カシミルドの目の前に気絶したスピラルを抱きかかえた銀髪の青年が現れた。後ろの青年と瓜二つだ。


 この二人の目的は……自分の捕縛……か?


「僕が付いていけば、スピラルは離してもらえますか?」


 カシミルドの言葉を受けて、スピラルを抱えた青年がクスリと笑い、丁寧に言葉を返した。


「お連れ様もご一緒に招待いたします。返答次第では、こちらの宿の方にもご挨拶せねばいけませんね」


「……そうですか」


 今ならカンナだけでも助けられるか……。


「シレーヌ」


 カシミルドは小さく口を動かさずに呟いた。

 しかし背後の青年はそれを見逃さなかった。


 カシミルドの後頭部をナイフの柄で殴り、一瞬で意識を奪う。カシミルドの瞳から光が消える。


 青年は、気絶したカシミルドを抱え、もう一人に目で合図を送った。


「引くぞ。レーゼラ」


「了解。レーゼル」



 ◇◇◇◇



 その頃カンナは自室でワンコフを抱きしめていた。


「ごめんね。最後に鞄に入れようと思って忘れちゃうなんて……」


 そう言ってカンナは唇に手を当てた。

 あんなことがあって、動揺していたんだ。


 カシィ君とキスをしてしまうなんて……いくら事故とはいえ、思い出しただけで顔が急速に火照る。


「はっ早く行かなきゃ!」


 カンナが自室から出ようとすると、窓の方からシレーヌの声がした。


「カンナ様!?」


「へ? シレーヌさん?」


 姿は見えないが、確かに声がする。


「教団の者に、御主人様が連れていかれましたの。スピラルもアヴリルも。……メイ子は魔獣界へ戻ってきました。私はカンナ様にお伝えするために呼ばれたのですが……」


 シレーヌの声はどんどん力を失い遠ざかっていく。


「シレーヌさん? どうしたの? 声が……」


「……そろそろ私も限界です……御主人様との繋がりが途絶えてしまって……カン……」


「シレーヌさん! 待って、行かないで」


 シレーヌの声はそこで途切れてしまった。

 教団の者ということは……リュミエの顔が浮かび、背筋にぞっと悪寒が走る。


 カシミルド達は教会に連れていかれたのだろうか。

 こんな時にクロゥがいたら……。

 何処へ行っているのだろう。


「どうしよう……」


 そうだ……教会に口添えできるってテツさんは言っていたそうだ。だったらテツとコンタクトが取れれば……。

 まずはパトさんに相談しよう。


 カンナはパトの雑貨屋へと急いだ。



 ◇◇◇◇



 王国直属聖魔術育成管理教団が有する教会、東側に位置する白薔薇の塔。その塔の最上階がリュミエの自室だ。


 そして自室内の隠し部屋にて、クロゥは人知れず監禁されていた。


「あー。だりぃー、もうムリ。趣味わりぃんだよ……クソババァ……ぐはぁっ」


 豪華な装飾の施された白い椅子を血に染めて、クロゥは呻き声を上げた。


 白銀の鎖で椅子に縛られ拘束されている。

 鎖が輝くと身体中に閃光が走り雷でも落とされたかのように光に貫かれ、意識が飛ぶ。

 クロゥは気を失い頭を垂れ、鎖はそれでも肌を締め付け食い込み、血を滲ませる。


 クロゥの前にはリュミエ=ブランシュが立っていた。

 手には薔薇の茎で作った鞭を持っている。


「あら? またイッちゃったのかしら? ほら、起きなさいよ!」


 気絶するクロゥに容赦なく鞭が当てられる。

 気が付くまで何度も。何度も。


「痛っ……っ……」


「起きたかしら? クロゥ。早く言いなさい。昨夜一緒にいた黒い翼の少年は誰? 名前は?」


 鞭を床に打ち付けて、リュミエはクロゥに尋ねる。

 その声は高圧的で微かに悦びの色が伺える。


「知らねぇよ。ルミエル。テメーの見間違いじゃねぇか?」


「フフフ……オーホッホッホッ。クロゥって、そんなに虐められるのが好きだったの? 光の鎖よ……クロゥの喜ぶ顔を、私にもっと見せて……」


 リュミエの言葉に呼応して、鎖はより身体に食い込み息が止まる。


「……ぃっ……」


「名前くらい言いなさいよ。お会いした時、困るじゃない。……そうだ。あの方を隠していたのはクロゥ?」


 クロゥを締め付けていた鎖が弛み、離れかけていた意識が繋ぎ止められる。


「隠……してた?」


 リュミエは、クロゥの髪を掴み、顔を持ち上げ、じっとクロゥの瞳を見据える。


「そう……違うのね。じゃあ、クロゥの目的は何かしら? もしかしたら私達。いいパートナーになれるんじゃないかしら?」


「は? ムリ。ぜってー無い……」


「あら、酷い。私はあなたの御兄様のパートナーだったのに。誰よりも永く一緒に過ごし、お側で仕えてきたのに……」


 リュミエがクロゥの頬を優しく撫でる。


「ケケケッ……ストーカーの間違いじゃねーの?」


 リュミエの持つ鞭の柄が音を立ててへし折れた。


「クロゥ。お仕置き決定ね。どうなっても知らないから。魔力を全部搾り取ってボロボロにしてやるわ……。もうあなたに何も聞かないわ。……後は、本人に聞くから」


「おっおい。あいつらに指一本でも触れてみろ! 俺が……」


「フフフ……格下のあなたに何が出来るのかしら? 私の鎖もほどけない癖に。……指一本なんて笑わせないでくださる? 私の身体全てを使って、あの方を虜にしてみせますわ。フフフ……オーホッホッホッ」


 リュミエはそう高らかに笑うと、重い扉を閉じて去っていった。


 主が去るも、鎖は輝きを失わず、クロゥの身体を蝕みその魔力を奪っていく。消え行く意識の中、クロゥは届かぬ声を絞り出す。


「カシ……ミルド……」



 ◇◇◇◇



 リュミエが自室に戻るとレーゼルとレーゼラがそれぞれ少年を抱えて待っていた。


 双子の彼らはレーゼルの方が男性で、レーゼラが女性だ。リュミエの好奇心によって赤子の頃より育てられた双子の従者。

 二人にとって、リュミエは母であり主であり、その存在は絶対のものである。


「レーゼル。よくやったわ。彼は……私のベッドに寝かせて……」


「はい。リュミエ様」


「こちらの少年と魔獣はどうされますか?」


「ああ。別室で休ませてあげて。レーゼラが見張りに付きなさい。……私の部屋はレーゼルが。誰も部屋に通さないでね。私は……彼とお話があるから……」


 ベッドで眠るカシミルドを見つめて、リュミエは微笑みながら言った。


「承知いたしました」


 二人は深くお辞儀をすると、音もなく部屋から出ていった。リュミエはカシミルドが眠るベッドに腰かけた。


 彼の手に触れ、そっと顔を近づける。

 あの方と同じ魔力を感じる。顔も似ている。


 でも、あの方はこんなに小さかったかしら?

 まだ……子供ね。



 でも、私はこの方に……愛されたい。


 しばらくの間、眠るカシミルドを見つめ、髪を撫でる。


 そして、リュミエはそっと、眠るカシミルドに口づけをした。


 

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