第二十四話 春のシークレットセール
カシミルドが地下道へ入った頃、カンナは第三王区の広場の片隅で皆を待っていた。
もしもはぐれた時の待ち合わせ場所だ。
待っても一向に現れないカシミルド達に、気が気でない様子だ。
そこに小さな黒鳥のクロゥがカンナの肩へ舞い降りた。
「カンナちゃん」
「クロゥ! カシィ君は? メイ子ちゃんも……」
「あー。メイ子は魔獣界に帰ったぜ。カシミルドは……」
「えっ? カシィ君はどうしたの? まさか……」
カンナは顔を真っ青にしてその場に座り込む。
「いや。大丈夫だって。カンナちゃん――」
クロゥの言葉が頭上を掠めていく。
何を言ってもカンナの耳には届かなかった。
目の前が真っ暗になり、カシミルドの言葉が蘇る。
しかしそれは、幼少期のカシミルドの声だ。
「僕が囮になるから、カンナは逃げて。カンナは足が早いから、誰か大人に知らせてよ。ね?」
これは八年前の記憶だ。
ノワールの里の結界から抜け出して、村外れの森で二人だけで遊んでいたときの……カシミルドと最後に遊んだ日の記憶。
カシミルドが誘拐された日の記憶だ。
断片的にその日の記憶が蘇る。
「黒髪のガキだぜ。こりゃー金になるな! 髪も売れるぜ、切っちまおう」
森の奥で口と手足を縛られたカシミルドを二人の男が囲み、その手にはナイフが光る。
カンナは止めようと男に木の棒を持って向かっていったが間に合わなかった。
男はカシミルドの長い三つ編みと首筋を、ゲラゲラと笑いながら切りつけた。
ナイフを伝う赤い血。短くなった黒髪。
カンナは何もできず、もう一人の男に木の棒を掴まれ簡単に捕まってしまった。
「こっちも変わった髪色のガキだな。こいつも高く売れるぜ」
カンナは髪を掴まれ男に引き摺られた。
――その時だった。カシミルドがカンナの手の届かない世界へ行ってしまったのは……。
「いやぁっ」
カンナは頭を抱えて踞り悲鳴をあげた。
クロゥは驚いてカンナの頭上を円を描いて飛び回る。
「どっとうした? 大丈夫か?」
「また。……また昔みたいになったらどうしよう……」
昔……。
クロゥはカンナとカシミルドの子供時代を知らない。
カシミルドの魔力が暴走した時、クロゥはその魔力に惹かれ興味を持った。
その時にはもうカンナは里にいなかったのだ。
「昔?……何かあったのか?」
「どうしよう……どうしよう……」
カンナは俯いて泣きじゃくる。
また自分が逃げたせいで、カシミルドが傷ついたらどうしようかと。
カシミルドと会えなくなったら……。
「あら? カンナちゃん……よね。大丈夫?」
踞るカンナに一人の女性が駆け寄ってきた。
雑貨屋のパトだ。
髪色も髪型も違う、ましてや踞って顔すら見えないのに、よくカンナと気付けたものだ。
クロゥは近くの木に止まり様子を伺う。
パトはチラリとクロゥを見て軽く微笑んだ。
パトの全てを見透かすような瞳にクロゥは怯む。
パトは優しくカンナの背を擦った。
「カンナちゃん。大丈夫よ。私が傍にいるから……」
◇◇◇◇
カシミルドは恐らく第一王区の地下辺りへ来ていた。
ユメアが教えてくれた通りに進み、奇跡的に迷わずに来られていた。
「ここは魔法が使えるな……。それにしても。地下にこんな場所があるなんて。メイ子のお姉さんも何処かにいるのかな……」
カシミルドは細い通路から一際広い場所に出た。
大聖堂程ではないが、その半分くらいはあるだろうか。
カシミルドが立っている場所から下の方に舞台が見えた。
そこがよく見えるように、ずらりと並べられた椅子は一段一段上へ行くにつれ高くなっている。
椅子はフカフカで高価な物だ。
カシミルドはその段の一番の高いところから舞台を見下ろしていた。
「何をする場所だろう……。ペシュ村に来ていたお芝居とか、楽隊を見たりするようなところかな……。でも、地下でそんな事しないか……」
カシミルドが入ってきた扉以外にも広間には扉がいくつもあった。
何ヵ所か見て回ったが、そのさきは全て上り階段だった。きっとどこか地上に続いているのだろう。
ユメアの忠告通り階段は上らずに下り階段を探した。
その途中、扉の横で一枚の紙切れを拾った。
何処かのお店のチラシの様だ。
そのチラシには大きく「春のシークレットセール」と書かれていた。
カシミルドはチラシの内容を読み進めていく。
「男の子(五歳位)三名。女の子(七歳)一名」――どういう意味だ? カシミルドは首を傾げる。
チラシはまだ続く。
「目玉商品。一品目、フェルコルヌ種(中古品。年間四匹繁殖可)角は薬として高額取引可能。※除角すると絶命するため、繁殖させてからの除角がオススメ」
――これってメイ子の……。カシミルドは息を飲んだ。
しかしまだ続きがある。
「目玉商品。二品目、火の魔法を扱う子供(八歳中古)先日の第一王区◯◯家焼失事件の火元。気性が荒いので、魔法上級者向け。実験の材料などにもオススメ」
――チラシの内容は以上だ。読み終えた瞬間、カシミルドは吐き気に襲われた。
「――なんだよ。これ。人を物みたいに……」
いや物扱いなのだ。
これはおそらく闇市という物だろう。何だか息苦しい。
黒くて重く冷たい鉛のような感情が胸の奥にズンっと落とされたようだ。
その感情の存在を体に知らしめるように、胸の辺りがズキズキと痛む。
日付はアヴリルの月十四日。三日後だ。
皆に知らせないと……。
チラシを鞄に押し込むと、カシミルドは急いで二区へ降りる階段を探した。
なんとか一層下りユメアに言われた通り井戸を見つけ、そこから二区の工場地帯へ出ることが出来た。
夕陽が眩しく目に染みる。
今ならまだ三区への門が空いている筈だ。
しかしここから先の道はユメアから何も聞いていなかった。
取り敢えず三区との境である灰色の壁を目指す。
この壁を伝って行けば、いつか門へたどり着く筈だ。
「やっぱり右だったかな……」
暫く進んで見たものの代わり映えの無い町並みに不安を抱く。
陽はそろそろ沈みかけようとしている。
門が閉まったらどうしようか……。
足を早めた時、後ろから声をかけられた。
「おい! 坊主。迷子か? お母さんはどこかな?」
カシミルドが振り向くと、そこには図体のデカい二人の男がいた。
二人はニヤつきながらカシミルドに近寄ってきた。
「俺達がお母さんのところまで送ってやろうか?」
「おい。何とか言えよっ」
男はカシミルドの胸ぐらを掴み壁に叩きつけた。
そしてカシミルドの長い三つ編みを掴んで笑う。
「おい。男の癖に髪なげぇな? それとも女の子でしたか?――なぁ、金目の物出せよ」
カシミルドは男から顔を逸らした。
それが男達の気に障る。
カシミルドの顎を力強く掴み無理やり男達の方に顔を向けさせられる。
「おい。無視してんじゃねぇよ」
この男達に言葉は通じないだろう。
カシミルドの眼光に金色の光が宿る。
「シレー……」
「あら。何か愉しそうなことをしているわね。子供相手に何をしているのかしら?」
男達の後ろから女性の声がした。
聞き覚えのあるこえだが、カシミルドは思い出せない。
「ああ?」
男が威嚇しながら後ろを振り向くが……
「ひぃっ」
と声を上げ腰を抜かした。
「どうした?――ひぃっ」
もう一人の男も同じ反応をした。
カシミルドから手を離し、始めに腰を抜かした男の後ろに隠れようとしている。
こんな大男達が恐れる女性とは、どんなに厳つい女性かと思いきや……。
そこには、やけに布の領域の狭い服を着た、穏やかに微笑む女性が立っていた。
雑貨屋のパトであった。
「この子、私のお得意様なのよ……。何かご用かしら?」
「いっいえ。失礼しました――」
二人の男達は腰を低くして地べたを這うようにして走り去って行った。
パトとは一体何者なのだろうか。
カシミルドの中でパトという人物の謎が深まる。
「カシミルド君。迷子だなんて可愛いんだから。お祭りがあると、あぁいう柄の悪い大人が、お子さまにイタズラしちゃうからね。気を付けなさいね。うふふっ。ーーこっちよ。ついていらっしゃい」
パトに案内されカシミルドは無事に第三王区への門に着いた。
やはり真逆の方向へ歩いていたのでパトに会えて助かったと胸を撫で下ろす。
「パトさん。ありがとうございました」
「んふふ。貸し一つだからね。どんなお礼をしてくれるか、楽しみにしているわね。――そうだ。カシミルド君? 女の子を泣かせちゃダメよ」
カシミルドがなんの事か分からず呆けていると、パトは微笑み、
「じゃぁ。またお店に来てね」
そう言って手を振り店の方へ帰っていった。
「カシィ君!」
後ろからカンナの声がし、振り向くと同時にカンナが飛び付いてきた。
体勢を崩して転びそうになるが持ちこたえてカンナを抱き締める。
「カンナっ」
「心配したんだから!」
カンナはずっと泣きながら待っていたのだろう。
泣き腫らした目からまた涙が溢れる。
「ずっと待ってたんだよっ。もう別々なんて絶対に嫌だからっ」
「ごめん。心配かけて……。カンナも無事で良かった。一緒に帰ろう」
カンナはコクコクと何度も頷いた。
◇◇◇◇
二人は一緒にビスキュイへ戻った。
カンナが泣いた顔をしていたのでマロンがとても怒っていたが、なんとか誤魔化した。
部屋に戻ると、カシミルドは早速鞄の中身をテーブルに出した。
地下で拾ったチラシだ。
そしてメイ子ではなくシレーヌを召喚する。
水泡に入った小さな人魚は、初めて会ったときと同じように丁寧に挨拶した。
「お初に御目にかかります。私、荒波の魔獣セイレーン種が一人、シレーヌと申します。カンナ様、よろしくお願い致します」
「私はカンナ、あなたがシレーヌさんね。凄く綺麗。ーーこちらこそよろしくお願いします」
人間嫌いのシレーヌだが、カンナにはその様子を微塵も見せなかった。
カシミルドが意外そうな顔でシレーヌを見ていると、シレーヌはこっそりと笑顔で告げた。
「先程の姫君とのデートは秘密にしておいて差し上げますね。クスクス。――ところで。御用は何でしょうか?」
「えっと……。このチラシを見てもらいたくて。メイ子に伝える前に……シレーヌに」
カシミルドは苦い表情でテーブルの上のチラシをシレーヌに見せる。
シレーヌはそれを見ると瞳は凍りついたように冷ややかに憎悪と嫌悪感を顕にする。
「そうですか。人に飼われ、棄てられ、売りに出される……ということですのね」
悲しげにカシミルドは頷いた。
カンナもチラシの内容に衝撃を受ける。
「ひどい……」
「人身売買……闇市ですわね。昔から人間はこういった種でしたわ。変わらないものですのね。しかし、人間の子供もその対象とは……呆れて笑えますわ」
「これは第一王区の地下の広間で拾ったんだ。そこで三日後に闇市が開かれるらしい。どうにかしてメイ子のお姉さんを僕たちで買えないかな?」
「それは如何なものでしょう? こういった闇市は一般人は参加出来ないのでは? それに金額も……」
チラシだけでは闇市の実態が掴みきれず部屋に沈黙が流れる。
「そうだ。パトさんなら、知っているかも……。あそこは雑貨屋だけじゃないんだ。情報も売っているの。明日聞きに行ってみるよ。三日後なら、まだ時間があるし」
「そうしよう。パトさんって不思議な人だとは思っていたけど……情報屋か。やっと納得の行く肩書きに会えた気がするよ」
「パト……。どこかで聞いたような……。まぁ良いですわ。メイには私から伝えておきますわ。今晩はそっとしておいてくださいませ」
「シレーヌ。メイ子を頼むよ。ありがとう」
シレーヌは小さく頷くと、泡となって消えていった。
カシミルドとカンナは二人きりになり、部屋に重い空気が流れた。




