挑戦状
「…………どう……進藤……」
背中を何度も叩かれ呼ばれる。しかし、俺の睡魔にそんなのは通用しない。またも襲ってくる睡魔を俺は抵抗なく受け止めた。
次の瞬間、頭に衝撃が走った。さっきまで襲ってきていた睡魔が吹き飛び、俺は体を起こす。すると真横には古典の教科書を丸めた教師が立っていた。
「俺の授業はそんなにつまらないか?」
腕を組んだ光原が超絶怖い顔で言ってくる。古典の担任である光原は一年の先生の中で一番怖いとされている。俺はそいつの授業で寝てしまったようだ。少し白毛が生えた頭をした五十代くらいの教師が細く、鋭い目で俺を睨んでいる。つうかマジで怖え。
「そ、そんな事はないですよ」
「ならさっさと教科書を開け」
俺は言われるがまま教科書を開いた。
「お前今日めっちゃ寝るな」
ホームルーム後、早水が帰り支度をしながら言う。
「今日どの授業寝た?」
「えっと……数一に英表に科学、後世界史と古典」
「ほぼ全部寝てんじゃねーか。光原の時も起こしてやったのに起きねーし。お前昨日何時間寝たんだよ?」
俺はそう問われて何時に寝たかを思い出す。
「んー、二時に寝て四時に起きたから二時間だな」
「二時間しか寝てねーのかお前!」
「あ、ああ」
俺がこれだけしか寝ていない理由。それは昨日の栗原とのデュエルの後に、もう一つのアバターに切り替えてモンスターを無双しまくったのだ。そこから二時に寝たが、興奮で何度も目が覚めてしまい、結果四時に起きたと言う事だ。
「はあ、お前ちゃんと寝ろよ」
いつもおちゃらけている早水にそんな事を言われるとは思っていなかった。心配してくれているのだろう。
「それじゃ、俺はこれから部活だから。お前も気を付けていけよ」
「ああ、分かった」
なんで気を付けるのかは分からないが、早水が教室を出た後、俺も帰り支度をして部室に向かった。
部室の扉を開けると、今日は何故か高崎だけが席に座っていた。ツインテを揺らしながら足を振る彼女を見て「暇なのか?」と突っ込みを入れる。
「ああ、進藤。暇だよ、すごく」
俺も席に座るや否や、高崎に話しかける。
「二人は?」
「舞は文化祭のクラスTシャツのデザインを、茜は委員長がどうたらこうたら」
「どうたらこうたらって……」
高崎の適当過ぎる返答に呆れつつ、栗原がユニフォームのデザインをしているとは驚く。こういう事もするんだなあなんて感心する。
「お前、目の下にクマが出来てるぞ」
「え……」
俺はそう言われて目の下をなぞる。
「お前、昨日ゲームやってたろ。やり過ぎは良くないぞ」
「そういうお前はやってないのかよ」
「今ヘッドリンクを舞に貸してるから出来ないの」
なるほど、VRゲームをやったことの無い彼女がVRゲームが出来た理由はそれだったか。俺は密かに納得する。
そんな会話をしていると扉が開く。
「すまない、遅れた」
「すみません。遅れました」
篠宮と栗原だ。いつも通り椅子に座る二人を見て、これで揃ったなと内心そう思う。
そんな事を思っていると、栗原が少しずつ近づいて来て、俺の耳元で囁いた。
「昨日はありがとうございました」
俺はそう言われて言い返す。
「いや、俺も久々に楽しかったよ。ところで……」
疑うつもりは無いが、彼女がもし俺の実力を誰かに言ってしまっていたらまたあのトラウマが蘇るのは時間の問題だ。ある意味賭けだが、俺は昨日の事について囁く。
「誰かに言ったか?」
「言ってませんよ」
その即答に胸を撫で下ろす。
「二人とも、何コソコソ話してるんだ?」
「い、いや何でもない」
「怪しいわね。何かあったの?」
「それは……」
二人が問い詰めてくる。このままじゃまずいと俺の中で危険信号が上がった。昨日の事なんて言えるわけがない。この事態の打開策を脳内で探る。しかし、答えにたどり着く前にノックが部室内に響いた。
「どうぞ」
(ナイスタイミング)
俺は心の中で呟く。これで追求は免れた。しかし試練はここからだった。扉を開けた人物は言うまでもなく、部活申請をしに行った時にいた超絶美人の副会長だったからだ。腕を組み、膨れ上がった胸を突き出しながら、副会長は美しくも強みのある声を発した。
「ここが低年齢特化型現代文化研究部ですわね?」
金髪のドリルツインテがそう言う。て言うかよくあの長ったらしい名前を覚えられたな。
「そうですが、何か用ですか?」
「ええ、あなた達の部活動が不適切だと聞きまして参ったのですわ」
「なっ……」
篠宮が驚いた顔で後ずさりする。
「あなたの表情と後ろに置いてあるゲーム機を見ると図星みたいですわね」
もうちょいポーカーフェイスしろよと内心で突っ込む。
「廃部にするつもりですか?」
「まさか、その仕事をするのは生徒会長と決まっていますわ」
「なら、何しに来たのよ!」
高崎が声を荒げる。しかしその気持ちは最もだ。廃部にする理由もないのにいきなり副会長がどうしたというのだ。
「簡単な話ですわ。進藤君、私とデュエルしなさい」
「は?」
副会長の提案は予想外のものだった。
「待って、進藤は初心者よ! やるなら私がやるわ」
「いや祐奈。ここは私が……」
「進藤君でなければいけませんわ」
俺を指名する副会長の目は真っ直ぐに俺を捉えていた。
「嫌だと言ったら」
「この部活の在りようを会長に相談するとしましょう」
「ひどい……」
栗原が悲痛な声を上げる。確かに、この状況はさっきの数十倍まずい。
「何か、賭けでもするんですか?」
「進藤!」
高崎が叫んだ。しかし、今回ばかりは無視して副会長に耳を傾けた。
「察しが良いですわね。あなたが負けたら、あなたは私の犬になりなさい」
「なっ……」
まさかあの日思った事が現実になるとは思っても見なかった。
「俺が買ったら……」
「あなたが勝てば、今後の部活の存続を認め、私に何でも命令していい権利を与えます」
副会長が賭けたものは大きかった。俺はそれを聞いて少し頭を整理する。そして俺は一つの決断をした。
「分かりました。その勝負、受けます」
「進藤……」
今度は篠宮が弱々しく俺を呼ぶ。周りを見渡すと、栗原も高崎も心配そうな目をして俺を見ている。俺は目で「大丈夫」と言って副会長の方に目線を向ける。
「受けましたわね。勝負は明日の午後二時。この部室で」
「分かりました」
それだけ言うと、副会長は高笑いをしながら去っていった。
「進藤! 相手は今男子生徒を倒しまくっている相手よ! そんなのに勝てるわけないじゃない!」
「そうだぞ進藤、今の賭けは降りてこの部活を廃部にする方がずっと……」
二人が詰め寄って言ってくる。俺はそれを冷静に返す。
「受けなきゃゲームオーバーだ。俺は、数パーセントの確率に賭けるよ」
「でも……」
「それに……」
俺は高崎の言葉を遮って口を開いた。
「この部活は、なくなってほしくないんだよ」
これは俺の本音だった。またみんなで楽しくゲームが出来る空間を俺は壊したくない。いや、俺が壊す事になっても守りたいと思った。俺は知らぬ間にこの部活に愛着心が湧いていたようだ。まだ五日目だと言うのに、不思議な話だ。
「今日は……もう帰ろう」
「そう……ね」
二人はバッグを持って振り返った。
「じゃあな進藤」
篠宮と高崎が俯き加減に部室を出て行った。恐らく責任を感じているのだろう。だが、俺の隣で立つ栗原は真っ直ぐな目で俺を見ていた。
「進藤君、勝てますよね」
俺は少し間を置いて言った。
「ああ、勝つさ」
俺がそう言うと、栗原は「はい」と笑顔を見せ、部室を出た。いつもの如く取り残された俺は部室内を見渡して一言呟いた。
「…………やるか」




