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8、二人の後悔(1)

遅くなりましたm(_ _)m

「それで?」


 黒髪を背に払って、セシルは思わせぶりな視線をジャスパーに送った。

 潤んだ瞳で、ジャスパーをチラ見。それからもう一度ゆっくり視線を合わせれば、大抵の男性は落ちる。しかしジャスパーは、人の良さそうな笑みを崩さなかった。


「以前、夜会で貴女をお見かけしました。こんなにも美しい女性がいるのかと…」


「あら、それはありがとうございます。」


 典型的な誉め言葉に、ますます胡散臭さが漂う。


「ところで、失礼ですが卿は二十歳とお伺いしました。ご婚約者などはいらっしゃらないのでしょうか。」


(そう来たか…)


 回りくどいことはセシルも好きではない。それにしてもジャスパーは、交渉としてはあまりにも単刀直入な言い方で話を進めるようだった。


「えぇ…残念ながら。良いご縁があればとは思っているのですけれど。」


 困ったわ、という顔を作って、セシルは相手が望んでいるだろう言葉をつなぐ。

 掛かったなとでも思ったのか、ジャスパーの笑みが一瞬崩れた。が、それもすぐに収まり、さらにこちらが油断するように優しい表情になる。それこそ、恋しい人に向けるような。


「では私も候補にして頂けませんか。爵位は劣りますが、実はこれでも王家の血を引いているんですよ…」


(……へぇ、なるほどね。)


 今さら思い出したが、確かに現フレライン国王の妹が、ゼルキス伯爵家の夫人──つまりこの男の母だった。当時、王妹が降嫁するには伯爵家は身分が低いと揉めたというが、末の娘に甘かった前国王の鶴の一声で許されたという。ロマンス小説のような話だ。憧れなどしないが。

 なんだか焦臭くなってきたな、とセシルは気を引きしめる。


「まあ……実はわたくしも、イザリエ王家とは血縁なのですよ。だからフレライン王家とも多少の繋がりはあるかしら?」


 かなり近しい隣国であり、言語や文化の似た両国は昔から王家の間で婚姻が結ばれている。

 セシルは彼が欲しがっているであろう展開へ、進める言葉を与えた。ここまでくれば彼が何の意図を隠してここにいるのか分かってくる。そもそもジョシュアはとっくに分かっていながら、セシルにこの男を引き合わせたのではないだろうか。それが何故だかは知らないが。


「ええ!存じておりますとも。それでですね……いかがですか?一度私の屋敷までいらっしゃるのは。」


 ぐいぐいくるな、馬鹿なのかな、とセシルは思い始めてきた。


(貴方が王位を狙っていらっしゃるのはわかったけど、何故わたくしのところまで来るのよ!)


 フレライン王家は現在、王族の減少が著しい。フレラインは女子にも王位継承権はあるが男子優先のため、この伯爵家のジャスパーでさえ、王位継承権第四位ほどのはずだ。加えて、現在の王太子が長年に渡り病で臥せっている。水面下での王位継承争いが始まりつつあるとは聞いていたが、まさかセシルのところにまでそれが波紋してくるとは思わなかった。


(確かに、イザリエとフレライン両王家の血と引く侯爵家当主と結婚すれば、持ち点は上がるでしょうね。一時とはいえ、フレライン王家がファドリック侯爵領を手にするようなものだし。話題性もある。)


「……すぐには決められないことですわね。少し考えさせて頂いても?」

「そんなに考えることでしょうか?これはとても利益のある話だと、あなたもお気づきなのでは?」


 セシルが今回の対話を穏やかかつ早急に終わらせようとしたのに、それに気づかなかったのか、あるいはまだ勝機があるとでも思っているのか。ジャスパーはこの話には王位が絡んでいるとセシルも気付いているのだろうと匂わせてきたのだ。


(なるほど、馬鹿なのね。)


 ジョシュアは廊下にでもいて、この状況を面白がってでもいるのだろうか。そろそろ面倒臭いので、セシルは一気に終わらせようと決めてジャスパーに向かって笑ってみせた。


「貴方が言う利益とやらが何かは存じませんが、わたくしにも選ぶ権利はございますのよ。例えば、先日は我が国の王弟殿下にも……あら、嫌だわ。わたくしったら、自慢みたいに。」


 くすくすと嘲笑いながらジャスパーを見回して、それから思いを馳せるようにうっとりとする。


「王弟殿下はご存知かしら?我が国の女性ならば一度は憧れる、麗しの貴公子なんて言われておりますのよ。」


 比べられたことに気付いたのか、ジャスパーが少し唇の端を歪めた。


「え、えぇ、存じております。しかし、私の気持ちは彼に負けない。」

「貴方のお気持ち?……王位への野心かしら?ふふ、笑っちゃうわ。」


 あからさまな嘲りに、ジャスパーは顔を赤くする。いきなり立ち上がるとセシルのもとまで寄ってきて、ソファに座るセシルに覆い被さった。


「どうせ王弟殿下はいつものお遊びでは?…私の話に乗りなさい。王妃の位をあげよう。誰もが憧れる、国一番の女性の地位だ。」

「何をおっしゃっているか分かりませんわ。聞かなかったことにしてさしあげるから、さっさと身のほど知らずな夢は捨てることね。」

「…っ、お前!」


 こんな男にお前呼ばわりされるなんて、と暢気に思っていたセシルだっが、ジャスパーの手がドレスのスカートをたくしあげ始めて焦る。

 ドアは完全には閉められていない。呼べば誰かが来るはずだ。襲われかけただけ、セシルはそう説明するだろう。しかし、噂が広まったら……既成事実とはそういうふうに生まれるのだ。


(不味いわ。陛下はどうしていらっしゃらないの!)


「どうしました?急に大人しくなって…もう降参でしょうか。」


 ジャスパーが顔を近付けてセシルの耳を舐めた。あまりの気持ち悪さに鳥肌がたち、震える。

 先程まで強気で攻撃的だったセシルの弱りきった姿は、意図せずにジャスパーの興奮を煽っていた。


「ああ、もしかして、口づけは初めて?」


 ふわっと触れるだけの口づけを落としたあと、ジャスパーは嫌らしい笑みを浮かべる。


(キス……)


「いや……やめて…」

「そんなか細い声を出して…愛らしいだけですよ。」


 口づけは初めてではなかった。消したい過去と思い続けてきた、あの雨の日に。クリスティアンとの初めての口づけの記憶。

 それが奪われてしまう気がして、セシルはめちゃくちゃに暴れた。


「やめて!やめなさいっ…」

「ちっ、大人しくしろ!お前が俺と結婚すると言えば良いだけだろ!」


 誰がクリスティアン以外の男と、結婚なんてするものか。

 昔から、そう、もうずっと昔から、セシルはクリスティアンだけを───


「……助けてクリスお兄さま!」





「セシル!」


 今一番、聞きたかった声が響いたかと思うと、目の前の醜悪な男が吹き飛んだ。


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