第1話 誰も悪くないわよ。国が悪いの!
その日、空に大きな黒い岩が現れた。
地上に近づくとともに火を纏い、燃え落ちるように海へと落ちた。
沿岸は海底の土砂と岩のかけらを多数含む、激しく重い津波に襲われ、一部の村は壊滅的な被害を受けた。
それから、十年の月日がたった。
極寒の地にある唯一の港、凍結港クリッパー。十年前の隕石落下による気候変動の影響でこの港は一年中凍り付いている。そんな極寒の地の酒場で長い金髪のポニーテールが床を掃除していた。いや、髪が汚れることなど気にせずに、頭を床にこすりつけるようにして謝る女性が一人いたのだ。
「ごめん! シルバーナ! この通り!」
あたしの友人、エリシア。あたしが所属しているパーティのリーダーであり、誰でも拾ってしまうお人好し。その彼女からこの場であたしに切り出された話は普段の彼女から切り出されるような、明るいものではなかった。
「私だってシルバーナをここで解雇なんてしたくないよ! だけど、ワルドさんの治療魔具は首都ハーゲルンでの依頼で必須だって、トルンが言うんだ。ハーゲルンの法律だと、パーティの人数は六人までの登録制。私と、ユーリ、イザベラは前衛だから抜けなくて、参謀のトルンと弓が使えるエスターはどうしても抜けない。薬師と治療師、どっちかしか、余裕がないんだ……!」
今にも泣きだしそうなエリシア。見かねたあたしが宥めるよりも早く、エリシアはあたしの手をギュッと掴んだ。そして、潤んだ目であたしの目をじっと見つめながら、言葉を紡ぐ。
「本当はね、本当はハーゲルンの拠点に戻って、シルバーナに拠点の切り盛りをお願いして、拠点機能を強化するべきだと思うんだ! だけど、だけど今回はトルンが首都の様子がおかしいからシルバーナをここに置いていくべきだっていうんだ……!」
いや~ だったら、エリシアがこうして謝るんじゃなくて、トルンがどうしてあたしをここに置いていくべきなのか理由説明した方が良くない? って思ったんだけど……どうせ、いつも通り押し付けられちゃったんだろうなぁ、と同情した。
トルンはいつもそう。重要な決定に口出す癖に、それを実行するのはぜーんぶエリシア。
「ああ、もういいわよいいわよ。そんなに謝らなくても。うんうん、パーティ編成の構成についてはあたしもしょうがないかなって思っちゃったわ。ユーリはエリシアとのツートップだものね。二人がいるからエスターが輝くんだし。イザベラはスカウトで絶対抜いちゃダメ。そうなると、トルンかあたししかいないものね。トルンが自分から抜けるなんて言うわけないし」
さりげなくトルンに話題を寄せる。これぐらいの権利はあるよね。
「う、うう……ううん。私が、私が一度首都に戻ってからにしようってもっと強く言えば……」
いやぁ……クリッパーの位置とハーゲルンの位置を考えると、片道三日よ? 受けた依頼の期日的に大丈夫なのそれってことになるから、理論的にもトルンは正しい提案はしてるのよ。どちらかというと文句を言うべきは法律! 隣国グランディウスには同行人数制限に関する法律なんて無いから! だから国をまたいで活動するために必然的にハーゲルン王国で比較的グランディウス王国に近い、首都ハーゲルンに拠点を構える冒険者ギルドが多いんだよね……絶対これ、首都を栄えさせるための国策だって! もっと冒険者を自由にしろ! ……あ、いや、待てよ……
「ほら、泣かないの! リーダーでしょ? それにほら、今あたし面白いこと思いついたからさ、聞いてよ!」
「うん? なに? シルバーナ?」
「あのさ、エリシア。ここにも拠点作っちゃえばいいのよ。そうすればほら、必要なタイミングであたしがまた合流できるじゃない? どう?」
そうよ、拠点はこの国にいくつも作っちゃダメなんてルールはなかったはず! これならエリシアも泣かずに済むじゃない! 完璧じゃんあたし!
「ほう? その拠点を作る資金。誰が出すんだ?」
この天才的なあたしのひらめきをぶち壊す悪魔のような声が響いた。出たわね元凶トルン! 顔を出したのはいい度胸よ! トルンは眼鏡の縁を押し上げながら呆れたようにあたしを見つめる。
「あ~ あたしに怒られるから絶対顔出さないと思ったら出すんだ~? へ~?」
「そういう態度をとられることぐらいは計算済みだよ。それで、またとんでもない事を言いだして。その資金は誰が出すんだって聞いてるんだ」
「あ? そりゃ、言い出しっぺのあんたじゃない?」
「あ、ああ……! 二人ともやめてよぉ!」
売り言葉に買い言葉の応酬に困るエリシア。あ~ ……エリシアを困らせたくはないのよね。薬師なんてマイナーな職のあたしをこんなガッチガチの国で拾ってくれた大事な友人だもの。そういう意味では最初からエリシアの提案を受け入れるつもりで、エリシアが一番悲しまない方法を模索しただけなのに喧嘩してたらいけないわよね……
「ま、あくまで案だから。依頼を受け続けなきゃ、資金のやりくりが厳しいってのはわかってるから無理になんて言わないわ。素直に抜けてあげるわよ。エリシアのためだから」
そう言ってため息をつきつつも承諾して見せたその時だった。
「……お前がそうやって素直に受け入れてくれるなら、こちらも譲歩を考えてもいい。エリシアが悲しむのが一番問題だからな。いくらあればいい?」
つい、きょとんと効果音が出てしまうかと思うぐらい、呆気にとられた顔をしてしまった気がする。それぐらい、トルンの譲歩が信じられなかった。え? あんた、エリシアそこまで慕ってたの? ……なら、まあ……自分がした判断に、納得はした。本当にエリシアを思ってこの決断をした。その気持ちが見えたから。
「あ~ もう、馬鹿ね。あたしがそこまで計算して提案するわけないじゃない。資金がいくらかかるかなんて想像してないから。でも拠点づくりを許可してくれるなら、現地で稼げる方法考えながらやるわよってだけの話をしてるの。金はサポートの確約さえあればいいのよ、わかる?」
「なるほどな。まったくお前らしいな。わかった。エリシア、シルバーナの提案は僕も合理的だと思う。受け入れていいと思うが、どうだい? といっても、ここでシルバーナと別れることには違いないのだが……」
トルンがエリシアに視線を合わせて尋ねると、エリシアの顔がパーッと明るくなった。そうそう、あんたはそれでいいの。
「シルバーナ! 本当に、本当にいいの? 大変だよ? ここ、植物も育ちにくいし、シルバーナの本来のお仕事もしづらいはずだよ? もっと、他の場所でもいいんだよ? 首都までは遠いから難しいってお話だから、近くの村に一旦行ってっていうのもあるんだよ?」
エリシアの口から出たのはあたしへの心配だった。本当この子は……頭を撫でながらあたしはエリシアに答えた。
「ここで大丈夫よ! そもそもあんた勘違いしてるわよ。薬師は少ない。珍しい職業。でもそれは逆に言うとどこへ行っても貴重な職業ってわけ。腕に自信があればどこでも食える職ってわけよ! お姉さんに任せておきなさい!」
どーんと構えてエリシアを安心させて見せる。これぐらいしないとこの子は安心しないものね。
「シルバーナは本当にすごいなぁ……絶対。絶対戻ってくるからね。それまで、元気でね!」
こうしてあたしは、エリシアパーティを一時的に抜けて、この地に、エリシアパーティの拠点を作ることになったのである!




