【第2話】洗礼
カロッソ率いる斥候部隊は坑道の穴から岩肌を伝い、広大な遺跡の入り口に下り立った。
大空洞の天井が薄っすらと光を放っている。そこかしこに発光キノコが群生しており、遺跡は夕暮れ時のような明るさだった。
「なんだか辛気くせえところだなぁ……」
カロッソは大きな鼻をヒクヒクさせて辺りを見渡した。
石造りの街並みは静まり返り、生き物の気配はまったく感じられない。
20人の部下はそれぞれ手斧や矛、短弓などで武装していた。服装は統一されていないが、全員が粗末な軍の部隊章を肩に縫いつけている。
「おいグリッポ、まずはどうすりゃいいんだ?」
副官のグリッポに尋ねる。グリッポは族長サッゴの一族ではないが、実力で下士官まで昇進した叩き上げだ。隊長のカロッソ以外だと、この隊で唯一、読み書きができるオークだ。
「ええと……ヤールゴは広い道をまっすぐ進めと書いているな。たぶん、この道で合っているよ」
グリッポはヤールゴに渡された羊皮紙を見ながら言った。羊皮紙はぜんぶで3枚。1枚目にはヤールゴが目視で描いた遺跡の大まかな地図が、残りの2枚には斥候任務中の注意点が記されていた。
グリッポは注意書きを読みながら続ける。
「……建物や狭い路地には入るな、だとよ。マインカの巣になってるかもしれねえからって」
「へっ、マインカか。あんなサルどもはオレ様の敵じゃねえけどな。で、まっすぐ行って、その後はどうするんだ?」
「ああ。ずーっと行った先にでかい地底湖があるらしい」
「あ~……そういえば、坑道の穴を出た時、池みたいなのが遠くに見えたな。あれのことか」
カロッソはつい先ほど見た景色を思い出していた。
坑道と大空洞の出入り口はちょうど岩肌の中腹辺りにある。そこから遺跡へ下ってきたので、今は建物しか見えない。
「その湖に橋がかかっているんだと。ヤールゴはそこまで偵察したら、何もしないで戻ってこいと書いているな」
「ふーん……とにかく、橋までまっすぐ行きゃあいいんだな。よし、てめえら、出発するぞ。はぐれんなよっ」
カロッソが号令をかけ、オークたちは「おう!」と拳を突き上げながら威勢の良い返事をした。
おう、おう、おう……とその掛け声が遺跡に木霊する。彼らはカロッソとグリッポを先頭に、2列縦隊で石畳の大通りをぞろぞろと歩き出した。
「えーと……遺跡では騒ぐな、とも書いてあるな。こりゃ、どういう意味なんだ?」
グリッポは羊皮紙をにらみつけながら首をかしげた。
「つまんねえところだな。何もねえぞ」
1時間ほど進んだが、景色はほとんど変わり映えしない。この辺りは一般の居住区らしく、2~3階建ての建物が大通りに沿って両側に並んでいる。
石材には黒曜石や玄武岩が用いられており、滑らかに磨かれた表面は、発光キノコの薄緑色の光を鏡のように反射していた。建築技術はかなり高度なもので、例えば、ある建物は巨大なひとつの岩をくり抜いて造られたかのように、継ぎ目というものがまったく存在しなかった。
蛇の頭部を持つ人間のような彫刻、あるいは巨大な蜘蛛がモチーフの彫刻が時々、目に入る。
人間やエルフの考古学者であれば、よだれを垂らす眺めだが、オークの審美眼からすると退屈で仕方がない。
「鉄を掘れ! 銀を掘れ! ドワーフの頭をぶっ叩け!」
やがて一行は退屈しのぎに“鉱山の歌”を合唱しはじめた。カロッソが大声で歌い、部下たちが合いの手を入れる。
「掘れ、掘れ、どこまでも掘り進め!」
そして“鉱山の歌”が終わると、続いて彼らの大好きな歌“この世で一番イヤな奴ら”が始まる。
「この世で一番イヤな奴らは!」
カロッソが歌った。
「闇エルフ!」
部下たちが吠えた。
「この世で一番醜い奴らは!」
「闇エルフ!」
オークの天敵、闇エルフをこれでもかとこき下ろす歌だ。闇エルフの容貌は多くの種族の基準で“美しい”とされているが、オークの美的感覚からすると、この上なく醜悪だ。
「細い目! 細い鼻! 小さい口! 尖った耳!」
カロッソと部下たちは大声で熱唱する。
「闇エルフ! 痩せっぽちの哀れなネズミども……」
「おい、カロッソ大尉。もっと静かにしたほうがいいかもよ?」
上機嫌で歌うカロッソに、副官のグリッポが注意を促した。
「ああん? なんでだ?」
「ヤールゴが遺跡では静かにしろと書いてるんだ。ほらっ」
羊皮紙の注意書きをカロッソに見せる。
「よくよく考えたら、大声で騒いだら、マインカやジャビが寄ってくるかもしれねえ」
「っ……グリッポ、なんでもっと早く言わねえんだ?」
「いや、意味がわからなかったから。喧嘩したり、宴会したりするなってことかと思って」
「くそっ、たしかに騒ぎすぎたな……おい、歌はダメだ。お前ら、今から静かにしろ! おしゃべりはもう禁止だ!」
カロッソはやや焦り気味に大声で怒鳴った。マインカはともかく、ジャビとの遭遇は、オークにしては勇敢な彼でも避けたかった。
だが、彼らが歌を止めた途端、建物の屋根や窓から、ぞろぞろと何かが這い出てくる。
体長は140センチほど。顔立ちはオークに似ているが、もっと野性的で獣じみている。無毛で滑らかな肌は黄土色をしており、筋張った手足には、鋭い鉤爪が生えている。
誰も気づいていなかったが、マインカの群れはカロッソたちの騒ぎを聞きつけ、襲撃の機をうかがいながら、かなりの距離をつけ回していたのだ。
「ちっ、マインカだ! 野郎ども、武器を構えろ!」
カロッソはそう言うとグリッポに火縄銃を渡した。グリッポは手慣れた動作で銃口から火薬を押し込み、鉛の弾を入れ、火縄を固定してカロッソに差し戻した。
「す、すごい数だ!」
「たくさんいるぞ!」
部下たちは武器を構えつつも、奇声をあげるマインカの群れに腰が引けてしまっている。
マインカはオークの原始的な亜種だ。洞窟や地下迷宮を根城とし、集団で狩りを行う危険な生き物であり、鉄牙族の鉱山でも毎月のようにマインカの犠牲者が出ている。
マインカたちは鋭い鉤爪を用い、四つん這いの格好で建物の垂直な壁面を苦もなく移動した。
ギャッ、ギャッ、という甲高い叫び声をあげ、カロッソたちを威嚇する。
「おいグリッポ、サルは何匹くらいいる?」
「ええと……ひぃ、ふぅ、みぃ……いつつ、むっつ……ここのつ、とお……駄目だ、指が足りねえよ。とにかく、たくさんだ!」
マインカの群れは30匹程度だが、オークたちは誰もその数を正確に把握できない。だが、カロッソは怯むことなく火縄銃を構えた。
「ふん……サルどもめ。ぶちかましてやる……食らえ!」
カロッソは一匹のマインカに狙いを定め、銃の引き金を引いた。だが、バスっと鈍い音が鳴るだけで、銃口から鉛玉は出ない。
「お、おいグリッポ! 弾が出ねえぞ!」
「あれ? おかしいな……」
そんなことをしている間に、マインカの群れは吠えながら一斉に飛びかかってきた。
「ぐぎゃっ!」
1人のオークが3匹ほどのマインカに組みつかれた。鋭い牙が首筋に食い込み、鉤爪が皮膚を引き裂いて血を噴かせる。
「た、助けてくれぇ!」
マインカたちは引き倒したオークを、そのまま遺跡の路地へと引きずり込んでいった。
別のオークも群れに飛びかかられ、ほとんど抵抗する間もなく、牙と鉤爪の餌食となり、遺跡の奥へと連れ去られる。
「に、逃げろ!」
「殺される!」
オークたちはパニックだ。だが、カロッソは太い声で一喝する。
「てめえら、びびってんじゃねえ! ええと……円陣だ! 方円の陣だ!」
「えんじん? ほうえん?」
カロッソの指示に部下たちは素っ頓狂な声を返した。
「陣形を組め! 背中合わせに丸くなるんだよ!」
混乱していた部下たちは、その指示でどうにか持ち直した。陣形を組み、斧や矛を振り回して、飛びかかってくるマインカを撃退しようとする。
「カロッソ大尉、今度は大丈夫だ!」
再装填が済んだ火縄銃をグリッポがカロッソに手渡した。
「おう! この下等なサルどもめ……おら、くたばりやがれ!」
カロッソは一匹のマインカめがけて銃を撃った。轟音が響くと、壁を這っていたマインカは「ギーッ!」と悲鳴をあげて石畳の上に叩きつけられる。手足をじたばたさせた後、マインカは動かなくなった。
「ぐははっ、見たかぁ!」
「おおっ、さすがはカロッソ大尉だ!」
部下たちは武器を振り上げて歓声をあげた。
マインカは銃に慣れていないらしく、警戒するような叫び声をあげながら慌てて距離を取った。一旦、建物の屋根や高いところに退避する。
「よし、蹴散らすぞ! 矢を放って仕留めろ!」
カロッソの指示を受け、何人かのオークが短弓を構えて矢をつがえた。
すると1匹のマインカが「キーキキッ!」とひどく甲高い耳障りな声を叫んだ。それが合図となったかのように、マインカは蜘蛛の子を散らすように退散しはじめた。屋根伝いに、あるいは建物の窓に逃げこんで、オークたちの視界から1匹残らず消えてしまう。
「なんだぁ? 急に逃げやがったぞ?」
「はっ、オレ様の銃の腕前に恐れをなしたんだろうよっ」
カロッソは銃を肩に担いで得意げに笑った。
が、その声をかき消すように「うあああ!?」と部下の1人が叫び声をあげる。カロッソが振り向くと、部下の体は、ある建物の入り口から長く伸びた巨大な手に掴まれていた。
腕の本体がのっそりと建物から現れる。大きな頭部、岩肌のような皮膚、異様に長い前腕。ジャビだ。
極端な猫背だが、それでも体高は2メートル近くある。巨体のわりに目は小さく、どこか爬虫類じみている。
「で、出たぁ!」
「ジャビだ!」
部下たちはまたもや恐慌状態に陥った。
ジャビは前腕でとらえたオークをそのまま口元に運び、短剣のような歯が並んだ巨大な口で食らいついた。哀れなオークは悲鳴をあげる前に頭から貪り食われる。
「う、うおおお……おいグリッポ! 早く弾を込めろ!」
カロッソは慌てて銃をグリッポに手渡した。
「無理だ、カロッソ大尉! こんな銃でジャビには勝てねえ!」
「うるせえ、早くしろ!」
グリッポは仕方なく銃に弾を再装填する。他の部下たちは恐怖のあまり身動きが取れなくなっていた。
「この化け物め……くたばりやがれ!」
カロッソはジャビの顔めがけて火縄銃を撃った。激しい轟音と火花、鉛玉は確かにジャビの頭部に命中した。だが、ジャビは少しうっとうしそうに目を細めただけだ。意に介さない様子で、捕らえたオークをむしゃむしゃと食らい続けている。
「よし、効いてるぞ! もう1発だ!」
「カロッソ大尉、どう見ても効いてねえよ! 逃げるしかねえ!」
「バカ野郎、お宝も手に入れてねえのに逃げられるかっ! てめえらも戦え! 何を突っ立ってやがる!」
オークたちはカロッソに叱咤され、震えながらも短弓に矢をつがえ、ジャビめがけて放っていった。だが、硬い皮膚は矢を弾くか、わずかに表面が傷つく程度だ。
やがてジャビは食い散らかしたオークの死体を石畳に投げ捨てると、肉片と血にまみれた口を開け、地底から響くようなおぞましい雄叫びをあげた。
「ひいいい!」
「だ、駄目だ! やっぱり勝てっこねえ!」
オークたちは口々に叫んだ。グリッポは「どうする、カロッソ大尉!」と叫んでカロッソに視線を向けた。
だが、そこにカロッソの姿はない。
彼は真っ先に逃亡し、部下を置き去りにしたまま、来た道を全速力で駆け戻っていたのだ。




