【第1話】鉄牙族
オークの部族“鉄牙族”はヘーレ山の麓に広大な洞窟集落を築き、100年以上に渡って、この地で生活を営んできた。
族長サッゴはオークにしては巨漢で、背丈は人間の成人男性に迫る170センチほどだ。筋骨隆々のため、実際の身長以上に体は大きく見えた。
サッゴはオークらしい深緑の、なめし革のような肌をしていた。
深く落ちくぼんだ瞳と幅の広い大きな鼻、分厚い下唇からは2本の犬歯が上を向いて飛び出している。頬はしっかりとエラが張り、あごも力強くしゃくれ、なかなかの美形ぶりである。髪は剃り上げ、太い弁髪を後ろに垂らしている。
サッゴには14人もの妻がいた。オークは部族での位が高いほど、多くの妻をめとることができる。妻の多さは力の象徴なのだ。
この日もサッゴは自室で、数人の妻たちとたわむれながら、酒を飲み、肉にかぶりついて怠惰な時間を過ごしていた。
無遠慮に部屋の扉が開けられ、若い1人のオークが飛び込んでくる。
「オヤジ、大変だ。奴隷どもが坑道の奥にとんでもないものを見つけたぞ!」
現れたのは27番目の息子ヤールゴだ。
オークは数字に弱いので、サッゴ自身、誰が何番目の息子かなど、まるで把握できていない。彼の子供は男女合わせて100人近くいるため、顔と名前さえも、ほとんど一致していなかった。
だが、ヤールゴは部族一とも言われる切れ者であり、サッゴにとっては珍しく、顔と名前が一致している息子の1人だ。華奢で細面だが、頭の良さでは群を抜いており、サッゴの知恵袋的存在である。
「おうヤールゴ、何を見つけたってんだ?」
サッゴは焼いたモイバ――オークが家畜化している大型げっ歯類――の骨付き肉を食いちぎりながら尋ねる。
「口じゃあ上手く説明できねえ。一緒に見にきてくれ」
「今からか?」
サッゴは面倒くさそうなうなり声をあげた。両側にいる妻を抱き寄せ、下品に笑いながら胸や尻を撫で回す。妻たちは媚びた笑みを浮かべ、サッゴにしなだれかかった。
「オヤジ、真面目に聞いてくれよ。それとお袋も、オレの前でイチャイチャするのはやめろ。気色悪いだろ」
サッゴが左腕で抱いているのはヤールゴの実母イガンだ。露出度の高いドレスを着て、派手な化粧を顔中に施している。
本人曰く、若いころは部族一の美貌と謳われたそうだ。だが、ヤールゴには今のふとましい体型の母の記憶しかない。
「ヤールゴ、あんたさっきから生意気よ? お父さんにもっと敬意を払いなさい」
「うむ、その通りだ」
イガンが息子に注意をし、サッゴは隣で大きな口を開けながら笑っている。ヤールゴはため息を漏らしながら話を続けた。
「……おいオヤジ、俺が何の話をしていたか覚えているか?」
「んん? いや……何だっけな?」
「とにかく一緒に来てくれ」
ここで話しても埒があかないと考え、ヤールゴは父親の腕を掴んで強引に立たせようとした。
「まったく、面倒くせえなあ。何なんだ?」
サッゴは尚も文句を言い、名残惜しそうに妻たちと乳繰り合いながらも、ヤールゴに急かされてようやく立ち上がった。
2人は洞窟集落の居住区を地下に向かって進んでいく。通路や階段には等間隔でランプが設置されていた。
オークが地下で暮らすのは、日光のまぶしさを嫌うためだったが、彼らは夜行性でも夜目がきくわけでもない。洞窟内は常に明るく保たれ、酸欠にならないよう通風孔が随所に設けられている。
居住区ではオークの女中の指示で、奴隷の人間の女たちが忙しなく働いていた。料理と洗濯、オークの典型的な家畜であるモイバの世話、それにキノコ農園の管理が彼女たちの主な仕事だ。
オークは掃除が嫌いで不衛生な環境もまったく苦にならない。だが、人間の女たちはそうでないらしく、放っておいても彼女たちは集落内をこまめに清掃していた。
やがて居住区を抜け、長い階段から地下の鉱山に入る。そこでは人間の男の奴隷たちが汗と土にまみれながら、つるはしを振るっていた。大柄なオークの監視兵が怠けている奴隷はいないか、鞭を構えて目を光らせている。
オークは生来、怠惰な生き物で働くことが大嫌いだ。彼らの洞窟集落は奴隷の労働力によって成り立っていた。
奴隷は、地上の孤立した人間の集落を略奪した時にさらうか、奴隷商人から鉱物と引き換えに買うかして手に入れている。
「おいヤールゴ、まだなのか?」
「まだだよ。坑道の一番奥だ」
「えっ、まだ奥があるのか? この先はオレも行ったことねえな」
「ここからはトロッコだ」
ヤールゴに案内され、サッゴはトロッコに乗り込んだ。奴隷のドワーフの操作により、トロッコは坑道の緩やかな斜面に敷かれたレールの上を走り出す。
このトロッコは作業効率を高めるために、ドワーフたちが自発的に造ったものだ。いったい、どういう仕組みで動いているのか、オークたちはまるで知らず、また知ろうともしなかった。
「おい、まだなのか!」
「もうすぐだよ」
トロッコを降り、坑道の最深部に到着する。そこでは屈強なドワーフたちが黙々と重労働をこなしていた。男女も関係なく、つるはしを振るい、ハンマーで岩を割り、荷車で土を運んでいる。
「オヤジ、この先だ。見たら腰を抜かすぜ?」
「もったいつけやがって。珍しい食い物でも見つけたのか? ……んん? なんだありゃ?」
サッゴが首をかしげた。坑道の先がぼんやりと明かりを放っている。見慣れたランタンや松明の光ではなかった。
そこではオークの監視兵や奴隷のドワーフたちが集まり、興奮した様子で何かを話し合っている。
「てめえら、つるはしも持たないで何を遊んでやがる? おい、その先に何があるんだ? どきやがれ!」
サッゴはオークやドワーフを乱暴に押しのけ、光に導かれるように坑道を奥へと進んでいった。
「こ、こいつは…………!」
突然、サッゴの視界が大きく開けた。
一瞬、外に出たのかと錯覚するほどだった。狭い坑道の先に、とてつもない広さの空間が広がっている。
天井までは100メートル以上はあるか。幅や奥行きは数キロに達しており、果てが見えなかった。眼前には噂に聞く、闇エルフの地下帝国のような石造りの荘厳な建物が並び、その光景がどこまでも続いている。
「誰も住んでねえのか……あれか、遺跡ってやつか?」
「そうだよ、オヤジ。こりゃあすげえ大発見だぜ!」
「お、おおお……きっとあれだな。この遺跡には金ぴかの財宝が山ほど眠っているに違いねえ……!」
サッゴは拳を握りしめ、湧き上がる期待と興奮に体を震わせた。オークはうまい食い物とすぐに酔っ払える酒、何より安っぽい輝きを放つ財宝に目がなかった。
「それにしたって、なんでこんなに明るいんだ?」
「発光キノコや光苔のせいだろ? もしかしたら魔法の光かもしれねえが」
「よし! 早速、財宝を奪いに行くぞ! おいヤールゴ、腕の立つ兵士どもを集めろ!」
サッゴは今すぐにでも遺跡へ乗り込む勢いだ。
「ま、待て、オヤジ。いくらなんでもそりゃあ無茶だ。まずは斥候を送ろう」
「斥候だぁ? 何百年も地面の下にあった遺跡だぞ? 危ないことなんかねえだろ?」
「いや、油断は禁物だ。マインカやジャビがいるかもしれねえ。他にもどんな怪物が潜んでいるか、わかったもんじゃねえぞ?」
「むぅ……」
サッゴは渋い顔でうなる。マインカ、ジャビというのは地下に棲む凶暴な亜人で、オークにとっては身近な脅威だった。
「……しょうがねえな。だが、財宝を見つけたら絶対に隠さず、まずはオレに差し出すよう言っておけ。絶対だ」
「オヤジはそんな心配をしてたのかよ。で、誰を行かせる?」
「そうだな……ええと5番目の息子……シャッダに行かせよう。ヤツを隊長にして、兵士は20人ばかり連れて……」
「オヤジ、シャッダの兄貴はこの前、くたばっちまっただろ?」
ヤールゴが肩をすくめて指摘した。
「んん? そうだったか?」
「覚えてねえのかよ? 闘技場で熊と戦って」
「ああ……ああっ、そうだった、そうだった」
サッゴは思い出したという風に拳で手の平を叩いた。オークは臆病な性質ながら、闘技場のような命がけの野蛮な娯楽を楽しむという矛盾した側面も持っていた。また、家族間の愛情がきわめて希薄な種族としても知られている。繁殖力が高いため、いくらでも替えが効くからだ。
「よし、7番目の息子ロッダに行かせる。アイツは腕が立つ!」
「オヤジ、ロッダの兄貴は8番目だ。それに、ロッダの兄貴は去年に死んでるぞ? 酔っ払って坑道の竪穴に落ちちまって」
「覚えてねえよ! くそ、もう誰でもいい! ヤールゴ、お前が決めろ。指揮官を選んで……兵士は100人だ!」
「100人は多すぎだろ? まずは20人でいいと思うぜ」
「それも……お前に任せる!」
サッゴはヤールゴにすべてを一任した。彼は20と100の差が、正確にはわからないのだ。
サッゴが居住区へ戻った後も、ヤールゴはその場に留まると、遺跡に通じる穴からその外観を観察した。
あくまで見てわかる範囲だが、羊皮紙にペンを走らせ、都市の大まかな地図を書き込んでいく。
ヤールゴはその日、一晩かけて斥候の計画を立てた。指揮官にはサッゴの13番目の息子カロッソを選ぶこととした。
オークは人間の軍隊を模倣しており、カロッソは大尉の地位にあった。だが、佐官や士官は能力ではなく、族長の血縁から恣意的に選ばれるため、階級と指揮能力は必ずしも釣り合わない……というより、釣り合うことなど決してなかった。
それでも部族の切れ者ヤールゴの目から見て、カロッソは軍人としてかなりましなほうだった。何よりカロッソは字が読めるので、ヤールゴが紙に書いた指示を理解することができるのだ。
2日後。
ヤールゴはカロッソと坑道の最深部にいた。ぽっかり空いた穴の向こうでは、遺跡の横たわる大空洞が薄ぼんやりとした光を放っている。
「頼んだぜ、兄貴。遺跡には何が潜んでいるかわからねえ。気をつけろよ」
「おう、オレに任せろ。たんまり財宝を持ち帰ってやるぜ」
豪奢な軍服に身を包んだカロッソが得意げに胸を張る。その胸には騎士の位を示す銀章が輝いていた。カロッソは地上での略奪経験が豊富で、人間との戦争でも兵を率いて戦ったことがあった。
「兄貴の役目は斥候だ。わかっているよな?」
「どんな化け物がいようと、オレ様の銃にかかりゃあ……」
カロッソは自慢の火縄銃を構える。これも人間を真似て造ったものだが、性能は粗悪で不発や故障が多い代物だった。
「兄貴、そいつはいざという時、信頼できねえ。油断するなよ?」
「心配ねえよ。土産を楽しみにしてな」
ヤールゴの不安をよそに、カロッソは火縄銃を肩に担ぐと、20人の部下を連れて意気揚々と遺跡へ乗り込んでいった。




