第一話
怠惰に過ごした春休みも遂に終わりを迎え、僕は大学二年生になった。明日からは新学期だ。
昼過ぎになり、明日からまた始まる忙しい一週間に備えて、家の近くのスーパーに買い物に出かけることにした。
そして、買い物から帰ったら、夜のバイトまで一寝入りするつもりだ。
***
僕は買い物を終え、家の前に着いた。
エレベーターのドアが開き、中に入り込もうとすると、中には黒いスーツ姿の女性が一人立っていた。
しかし、降りようとしない。
「降りますか?」
「いえ」
「そ、そうですか……」
少し違和感を覚えたが、僕は構わず乗り込んだ。
彼女は階のボタンを押さずに、ただ立っているだけだった。
僕は六階のボタンを押し、エレベーターは上昇し始めた。
しばらくして、不思議なことが起きた。いつまで経ってもエレベーターが上昇し続けるのだ。そして、階数表示も消えている。
故障か?
それにしても、上昇し続けているのはおかしい。うちのマンションは十階までしか無い。
まるで、空にでも向かっているようだ。
一体、どうなっているんだ?
エレベーターはかなり長い間上昇した。
そして、遂に止まった。階数表示は六階となっている。
僕はエレベーターから降りた。
なんだったんだ?
僕は自分の家に向かって歩き出した。
その瞬間だった。僕は外に違和感を感じた。
エレベーターに乗る前まで明るかった外が、真っ暗になっていた。今はまだ昼の三時ごろのはずだ。
訳がわからなかったが、ひとまず早く家の中に入りたかった。
僕は家のドアを開けた。
次の瞬間、鉄のような匂いと共に、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
そこには、僕と瓜二つの人間が腹部から大量の血を流して倒れていた。玄関を入ってすぐのところだ。血の量からして、おそらく死んでいる。
そして、隣には同年代くらいの知らない女性が座っていた。整った鼻筋と大きな目をした、人気女優にも引けを取らないほどの美人だった。
彼女は僕を見てとても驚いていた。おそらく、目の前に倒れている男と瓜二つの人間が現れたからだろう。
しかし、そのまま動かない。
よく見ると、彼女の近くには包丁が落ちていた。
僕はそれを見た瞬間、全身が凍りつくような恐怖を覚え、すぐにその場から立ち去った。
なぜ僕がもう一人いたんだ?
そして、なぜ死んでいるんだ?
それに、あの女性はなんだ?
僕はエレベーターに飛び乗った。
エレベーターの中には、先ほど乗り合わせた女性がまだ乗ったままだった。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。
すぐさま扉を閉じ、一階のボタンを押した。
エレベーターが下降し始めた。
しかし、またもエレベーターは止まらず、下り続ける。
不安に押しつぶされそうになっていた時、隣の女性が口を開いた。
「加藤彰人くん、初めまして。あなたが先ほど降り立った世界は、一年後の未来の世界です。あなたは一年後に死にます」
「え?」
「よく聞いてください。一般に公にはされていませんが、既に日本では今と未来を行き来することが可能になっています。あなたが今体験したように」
「はぁ……」
「そして、未来との行き来を管理している組織が存在します。私はその組織の一員です。我々はこの行き来を利用し、様々な実験を行なっています。今回我々は、あなたが未来に行くことにより、自分の死を回避することができるかについて、実験をすることになりました」
「何だと?」
「もう一度言います。あなたは一年後に死にます。先ほど自分の目で見たように。ですから、これから死を回避するよう行動してください」
「そ、そんな話、信じられない……」
「では、あなたが今の話を信じることができるよう、私がある予言しましょう。これを聞いて、あなたはどうするか、じっくり考えてください。今日、あなたがバイトに行く前に自信が発生します。その後、バイトに行く途中に頭に鳥のフンが落ち、バイト先に着く直前にはにわか雨に打たれます。そして、バイト中に先ほどあなたが家で見た彼女と再開します」
「ばかげてる……」
エレベーターが止まった。
「一階につきました。もう外は今に戻っています。それでは健闘を祈っております」
エレベーターの扉が開くと同時に、僕は彼女から逃げるように外に出た。
外は明るかった。
彼女がマンションの前に停めてある車に乗り込むのが見えた。
僕はもう一度エレベーターに乗り、六階まで上がった。今度はすんなり六階に到着した。
エレベーターをから出ても、外は明るいままだった。
自分の家の前まで来た。
恐る恐るドアを開けてみる。
だが、そこには先ほど見た悲惨な光景は無かった。
よかった。
それにしても、先ほど起こった出来事はなんだったんだろうか?
あれが未来の話?
一年後に僕が死ぬ?
信じられない。
考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだったので、僕は考えるのを辞めた。
きっと疲れてるんだ。
僕は予定通り、バイトまで一寝入りすることにした。
***
「ガタッ……ガタガタガタガタ……」
夕方、僕は地震で飛び起きた。
寝起きの僕は、あの組織の女の言葉を思い出して、一気に目が覚めた。
「た、たまたまだよな?」
その後、僕はバイト先に向かう時間になった。
僕はごく普通の居酒屋でバイトしている。
今日は時期的にかなり忙しいことが予想されるため、僕はいつもより一層憂鬱な気持ちで自転車を漕ぎ始めた。
その時だった。
頭に小さな衝撃を感じた。触ってみると少しベタベタした。
「まさか……」
そのまさかだった。
頭に落ちてきたそれは、まさに鳥のフンだった。
またも、あの組織の女の予言が的中した。
僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
バイトまで時間がない。
早くバイトに向かわないと。
僕はおかしな考えを振り払い、自転車をひたすら漕いだ。
バイト先が目前まで近づいてきた。
次の瞬間、上空から水滴が落ちてきた。
そしてそれは、一気に地面を叩き始め、道路はあっという間に黒く染まった。
うそだろ?
今のところ、あの組織の女の予言は全て的中している。
地震にしろ、鳥のフンにしろ、雨にしろ、人間がどうにかできる話ではない。
バイト先の駐輪場に到着した。
自転車にロックをかける手が震えていた。
***
バイト先の店の外にある蛇口で鳥のフンを洗いながら、僕は今日見たあの光景を思い出していた。
あれは本当に僕の未来だったのか?
そして、僕の横にいたあの女性は誰だったんだろう……
僕は彼女に殺されたのか?
トイレから出ると、満席の店は活気に満ち溢れていた。バイトのみんなも大忙しにしていた。
僕も急いで注文を取りに向かった。
今日はやはり大忙しだった。
僕はホールスタッフなので、止まることのない注文対応やお皿下げ、お会計など、目の前のことを捌くので精一杯で、今日あったことなど完全に忘れ去っていた。
そんな時だった。
通路を歩いていると、同じホールスタッフで僕と同学年の藤原凪沙の姿が目に留まった。
彼女はとある卓で、知り合いと思われる人間と立ち話していた。社交的な彼女には珍しい話ではない。
こんな忙しい時に……
そう思いながら、その卓の横を通り過ぎようとした時、衝撃的なものが目に入った。
その卓で凪沙と話していたのは、あの時僕の死体の横にいたあの女性だったのだ。




