喧嘩
「悪い、皆。俺…村に残るよ。」
仲間に向けて告げられたのは、別れの言葉で。
アレイスの決意を聞いた一行は、現在の村の様子と彼の祖父の容態を聞いていた故か、反対だとはどうしても言えなかった。
「ふむ、アレイス君。決して衝動的に言った訳ではなく、よくよく考えて出した決断なのですな?」
「そうだよ、戻って来る間もずっと考えてたんだ。…俺には家族はもう、血は繋がって無いけど…じいちゃんしか居ないからさ。」
「アレイス君は孝行者ですな。私には決して選べない選択ですよ。」
ニルファの問い掛けに答えるアレイス。その表情は暗く、泣きそうだった。そして、それ以上に迷いが見えたのだった。
「おいクソ戦士。」
グレイヴに呼ばれて、アレイスは顔を上げる………が、目の前に迫る拳を避ける事が出来なかった。
そして、殴られたアレイスにアリアが駆け寄った。
「……っ。」
「チッ、今の俺の拳も避けらんねぇ程腐ってる野郎が、よく考えただぁ?」
グレイヴの全身には拘束具の様に金属の輪が着けられている。ただの拘束具では無い、ベアトリーチェによって幾度も付呪を繰り返された能力を抑える拘束具だ。
「ちょっとぉ、馬鹿狼!アレイスに何するのよぉ!」
「いいか、クソ戦士。テメェは何も考えちゃ居ねぇ。単に流されてるだけだ。ジジイが気になるなら、元を断ちゃ良いだろうが。世の中はカミサマがスゲェ力をくれて全部簡単に解決しちまえる程甘くはねぇんだよ。…現実から逃げて甘えてんじゃねぇぞ!」
アリアの静止も無視してアレイスへと説教をするグレイヴ。実際にそのカミサマからチート能力地味た物を貰ってるであろう勇者は、先程から無言だった。
「グレイヴ殿、流石に看過しかねますな。アレイス君の現状を鑑みれば、村を護りたいと想うのも当然の事。それを理解してやってくだされ。」
「知るかよ。テメェの頭で考えねぇなら、ただ流されてるだけなら狂ったウェアウルフと何も変わらねぇんだよ!気持ち悪ぃ!」
そしてグレイヴの凶行に、流石のニルファも止めようとするのだが、そこにエウディアが割って入る。
「けんか…だめだよ。」
グレイヴの革服の裾をクイクイと引くエウディアに、グレイヴは最早言う事は無くなっていた。
「………ははは、そうだよな。……俺はただ、じいちゃんが死ぬかも知れないから、解決しようとかじゃなくて…側で看取ろうとしただけだ。」
アレイスはゆっくりと立ち上がりながら、俯いていた。
「それの何が悪いのよぉ?家族なんでしょ?側に居たいって考えて何が悪いのぉ?」
「うむ、最期まで側に居るのもまた家族としての矜持。アレイス君、我等には構わず心のままになされよ。」
アリアとニルファの肯定、アレイスはポロポロと涙を溢してしまった。エウディアもまた、アレイスに歩み寄り頭を撫でていた。
そして、ここまで沈黙を保っていた勇者がついに言葉を発したのだ。
「アレイス、剣を抜きなさい。」
ベアトリーチェの瞳は真剣そのもので、その手は既に剣に掛けていた。
「…あっ?なっなんでだよ、ベティ!?」
ベティと呼ばれたベアトリーチェは、熱い眼差しでアレイスを睨む。そんなベアトリーチェの威圧感に、アレイスは腰が引けてしまったのだった。
「貴方の竜を討伐して勇者になるって言う夢を覆す程、お爺さまの事は大切なのでしょう。………それでも、このパーティーを抜けるなら…けじめは着けて貰います。」
そう言うと、ベアトリーチェは馬車の外へとアレイスを蹴り飛ばした。
咄嗟の事で反応出来なかったアレイスは、体制を崩しながらも転がりながら剣と盾を構える。
「ちょっと、ビーチェ!?なんでこんな事をするのぉ!?」
「…ふむ。」
「はっ!やっぱりイカレてやがる…!」
各々感想を漏らしつつ、アリアはベアトリーチェへと食って掛かろうとするが、ニルファによって止められていた。
ベアトリーチェを止める事もままならないまま、この戦いを見守る事となった。
「ベティ…!やめてくれよ!」
「…パーティーを抜けるなら、ベアトリーチェと呼びなさい。」
ベアトリーチェは左手で抜いた銀の剣一振り、対してアレイスは剣に盾の基本型だが、アレイスはベアトリーチェの攻撃を避け切れない。
迫る猛攻にアレイスは盾を弾き飛ばされ、剣で剣を打ち返そうとしても読まれて流され柄での一撃を腹で受ける。
余りにも一方的な戦いだった。
「くそっ…ベアトリーチェ…なんでだよ…。」
「終わりです。…さよなら、アレイス。」
アレイスへと慈悲無き刃が振り下ろされた瞬間、ベアトリーチェの後ろから叫び声が聞こえた。
「ファイアボルト!!」
ニルファに拘束されて居たアリアが、詠唱だけで生み出したメラメラと燃える大きな炎の弾丸をベアトリーチェに向けて撃ち放ったのだが、ベアトリーチェは魔法陣の盾を展開して、そして魔法陣で払って退けた。
「そう、アリア。貴女もわたしに敵対するのね…?」
その瞳は冷たく、声は冷え切る様に冷酷だった。
「ははは…なんでだろうね、アタシは別にこの村の人じゃないし。アレイスなんか居なくたってヘーキなのに…。」
「アリア…この馬鹿!」
アリアもまた、ポロポロと大粒の涙を流して居た。
ベアトリーチェは二人の姿に呆れたのか、或いは別の理由があるのだろうか?どちらにせよ、既に敵意は無く剣を納めていた。
「もう行きなさい。……二人共、お元気で。」
アレイスもアリアも、ベアトリーチェ等に向けて何かを言おうとしたが、結局言葉は何も出せなかった。
そして、勇者一行に背中を向けて村へ去る二人に、一行は何も言わずに見送ったのだった。
━━━記憶の一部が蘇る━━━
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕」
━━━記憶の一部が蘇る━━━
「✕✕✕ろ✕」
━━━記憶の一部が蘇る━━━
「✕まえ✕✕✕✕ん✕✕✕え」
「この✕✕✕✕な✕✕✕が!!」
━━━記憶が定着し始めた━━━
その日の夜、ベアトリーチェは夕食を作っていた。
そんな勇者に、エウディアが腰に抱き着いて来た。
「っとと、…エウディア?どうしたの?お腹空いた?」
夕方前に起きた先程の事件の後で、ベアトリーチェはエウディアに寂しい想いをさせた事を反省して居たのだが、どうやらエウディアはそういう風にも見えない。
いつもよりどこか知性を感じさせる瞳は、ベアトリーチェを不安にさせた。
「お姉ちゃん…。後悔する位なら、キチンと話し合った方がいいよ…?ディアも、手伝うから………ね?」
エウディアの瞳は、美しい蒼で輝いていたのだった。




