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深夜水溶液9

 ひさしぶりのお茶会。私たちは取り留めなく近況報告しあった。大学での思い出や家族の話、仕事のこと……。そんな話だ。話題は数珠つなぎのように続いた。ガールズトークはこれだから楽しい。

「月子ちゃんもメジャーデビューだもんねー。遠くの人になっちゃった気がするよ」

 栞は紅茶に息を吹きかけながら感慨深げに言った。

「ぼちぼちな。インディーズで長いことやっとったからいまいちピンとこんけど……。とりあえずこれで一歩前進やな」

 メジャーデビューの話は唐突に。同時に予定調和的にやってきた。私たちバンドメンバーは少なからず驚いたけれど、西浦さん的には完全に予定通りらしい。

 そもそも私たちをメジャーデビューさせるのが彼女の目的だったのだ。西浦有栖的にはメジャーデビューしないほうが問題なのだろう。

「すごいよ! しかもデビューしてすぐツアーだもんね」

「ああ、それな。ほんまに上の人たちのやることはわからんわ」

 本当にお偉いさんのやることは理解できない。西浦さん含め、現場はレーベル上層部の連中の意向に振り回されっぱなしだ。「社会なんてこんなもんだ」と言えばそれまでだけれど、正直理不尽なことが多すぎる気はする。

「そっかぁ……。すごい世界だよね」

「せやな。すごい……。世界やね。汚いこともせなあかんしなぁ」

 と口にして改めて痛感させらた。

 汚れ仕事の大半は西浦さんが熟してくれているのだ。彼女がいなければメジャーデビューどころか会場を押さえることさえままならない気がする。口うるさいこと言われても彼女は私の大恩人なのだ。ちょっとだけ贅沢を言わせて貰えば眉間の皺は減らして欲しいけれど……。

「……。栞も大変やろ? 小説家の事情疎いからようわからんけど」

「うーん。大変は大変かな? でもそこまで派手なことはないから私には合ってるかなぁ」

「ハハハ、まぁ合ってる仕事がええよね。栞には天職やろうなぁ」

 私は箸より先にマイクを持つことを覚えた。栞は箸より先に筆を持つことを覚えた。

 そんな冗談を言い合うぐらい私たちは天職に巡り会えた気がする。生まれ持って私たちは「何者」かになれたのだ。これはかなり希有なことだと思う。多くの人間は「何者」にもなれず死んでいくのだから――。

 栞と二人まったりしていると日常の嫌なことを忘れられる気がした。西浦さんの額の皺も健次の空気を読まない発言も全部許せてしまいそうだ。それぐらい栞は尊いのだ。月並みな言い方だけれど私の天使だと思う。

「『みっつめの狂気』ほんまに良かったで。お世辞抜きで今まで読んだ小説の中で一番やった」

「ありがとうー。そう言って貰えるとすごく嬉しいよ」

「なぁ栞? ひとつ聞いてええか?」

「なぁに?」

 私は『みっつめの狂気』を読んで気になっていたことがあった。気になる……。いや、正確には確認したいことだ。

「あんな、アレってもしかして実話か?」

 私がそう聞くと栞は驚いたように目を見開いた。

「え? なんで分かったの?」

「いやな。あまりにも描写がリアルすぎたから……」

「さすが月子ちゃん……。見抜かれたのは初めてだよ」

 そう言うと栞は事の経緯を教えてくれた。

 ある紅茶を巡る事件について――。


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