防守
帝城へ帰って来た。
すぐに部屋へ戻り、リオとテオ、そしてミーシャの様子を見に行く。
ここ二日ほど、僕はゲルヴァイン王国へ行っていた。その間にリオとテオの体には黒い皮膚の症状が出ていて、それは体の半分程を覆っていた……
こんなにすぐに体に出るのか!?
子供たちのこんな姿を見て、僕は急に恐ろしくなった……
さっきまでゲルヴァイン王国で多くの呪いの症状を見てきていて、その恐ろしさは分かっていた筈なのに、自分の身内がこうやって侵されているのを見て、急に実感が湧いてきたと言うか……
そういうつもりではなかったけれど、さっきまでは僕はこの事を他人事として捉えていたのだ。
急に自分が冷酷な人間だったような感覚に陥って、自分自身に嫌気が差す。こうやって我が身に降りかからないと、分からないものなんだね……
リオやテオの身体中をくまなく調べる。黒い部分は腕と脚に集中してあって、もう自分では起き上がれない程になっていた。
「リオ、大丈夫か? 苦しくないか?」
「お父様……大丈夫、です……あの、み、水を、飲みたい、です……」
「水だね。 分かった」
リオの体をゆっくり起こして、コップに注いだ水を飲ませる。
少しずつ口に含み、リオは水を飲み干した。
「すみません、お父様……」
「謝らなくていいよ。きっともうすぐ治る。だからもう少し我慢するんだよ?」
「はい……」
ホッとした顔をして、リオはまた眠りについた。
横のベッドにはテオが眠っている。二人の腕には、黒の石の腕輪がつけられてある。込み上げてくる涙を何とか我慢して、子供たちの頭をそっと撫でて、ミーシャの元へ行く。
ミーシャにも黒い部分が所々ある。だが、リオやテオより範囲は少ない。子供の方が広がりやすいのか……?
「ミーシャ、苦しくないかい?」
「ゾラン様……大丈夫です……ごめんなさい、私まで……」
「これはね、風邪とかの病じゃないんだ。呪いなんだ。言ってなかったんだけど、エリアスさんはこの呪いを抑える為に動いてくれていてね。それでなかなか帰って来れないんだ。でも、きっともうすぐ帰って来てくれる。そうすればこの呪いも解けるからね」
「そうだったんですね……エリアスさんならきっと大丈夫ですね……ふふ……安心しました……」
「辛いだろうけど、もう少し耐えてくれるかな? 何か欲しい物はあるかい?」
「ゾラン様の……顔が見られたから……それだけで充分です……」
「ミーシャ……」
「やっぱり離れていると不安ですね……だからお顔を見れて……嬉しいです……」
「僕もだよ。何かあったらすぐに言うんだよ? いいね?」
「はい……ありがとうございます……」
ミーシャは嬉しそうにニッコリ笑ってから、ゆっくりと目を閉じた。
大人でも、周りに何人も人がいてても、思う人が傍にいないと不安になる。
リュカの気持ちは如何程だっただろうか……!
とにかく今は帝都を守らなければならない。
すぐに執務室へ行って、帝都に蔓延っている呪いの対策はどうなっているのか確認する。
まだ呪いに侵された人々はいるそうだが、かなり人数は少なくなったようで、その人達に黒の石を装備させる事でその進行を止める事は出来ている。
薬屋や治療所には兵達を据えており、リュカが現れたらすぐにもう止めるように説得するよう伝え、保護をさせる。
この呪いが何処まで広がっているかは分からないが、すぐに近隣の街や村へも通達し、黒の石を出荷出来るよう手配する。
しかし、こうなれば黒の石は大幅に足らなくなってくる。今でもギリギリだ。そうなれば止まることなく呪いは広がっていく。
きっとエリアスさんなら、呪いを解除する方法を見つけて帰ってきてくれる。だから、エリアスさんが帰って来るまでに、僕はこの状況を何とかしておかなければならない。それが僕の役目だ。
他国にも既にこの呪いについては通達済みで、対処方法も合わせて伝えている。
呪いに侵されてからすぐに皮膚が黒くなる訳じゃない。猶予はある。それまでに何とか出来れば良いんだ。
今できる対策は限られている。それよりも僕はリュカの事が気になる。
大丈夫なのか?
何人もの呪いをあの小さな体に取り込んで、自身の体も黒くなっていって……
きっと怖い筈だ。誰かに頼りたい筈だ。寂しくて悲しくて、どうしようもない筈だ。
そんな状態のリュカを、まだ幼い女の子を、一人でいさせる事しかできないなんて……!
リュカの事が気になって、その日は一睡も出来なかった。
眠れない変わりに、と言ってはなんだが、溜まっている仕事をこなしていたけれど。
朝、ミーシャとリオとテオの様子を見て、症状が落ち着いている事に安堵する。
部屋で朝食を摂りながら、リュカが来るのを待ってみる。
エリアスさんが帰って来なくなって、リュカが帝城にいるより家にいたいと言った時、一日一度は顔を見せるように言っておいた。それをリュカはちゃんと守ってくれていた。だから、今日もちゃんとやって来るかも知れない。
そう思って待ってはいたけれど、リュカはやって来なかった。
昨日遠目でだが見たリュカの腕や脚は黒くなっていた。もしかしたらそれを見られるのが嫌だったのかも知れない。
しばらく待っていたが、仕方なくその場を離れる事にする。
リュカはまた帝都に行くかも知れないな……
この帝城の中でも体調不良の者が何人もいて、その者達には黒の石を渡している。それで症状が落ち着かなければ、それは呪いではないから薬を飲んだり治癒させるように言う。
薬屋等につかせている兵達からは何も報告がない。夜は現れないと思ってはいたが、念の為にという事と、呪いに侵された人が現れたら、黒の石を装着させる為にという事で、一晩中交代で兵達にいて貰ったのだ。
リュカが呪いを奪ったであろう人達は、また呪いに侵される事はなかった。ウィルスの様に免疫がついたのかどうか、理由はまだ分からない。
そういう事があって、帝都は少し活気が戻ったようだった。
閉まっていた店が開きだして、それを求めて来る人達も多くいた。
因みに、現在黒の石を持たない住人には帝都から出さないようにしており、また帝都に入る者も黒の石を装着していないと入れないようにしている。
これ以上呪いを広げる訳にはいかないからね。
ゲルヴァイン王国にいるジルドとも連絡を取り合っていて、現状かなり落ち着いてきているとの報告に胸を撫で下ろす。
まぁ、ゲルヴァイン王国は呪いを終息させてからも大変なのは目に見えている事だけど、それは僕の得意分野だから上手くできる自信はある。
だから、あとはエリアスさん頼みなんだ。
帝都で様子を見ながら兵達に話を聞き、住人の様子を伺っていると、カルレスから連絡が入った。
「ゾラン様! リュカさんが来ました!」
「そうか、すぐに戻る!」
急いで帝城へ戻る。
もう大丈夫だ。リュカ、もう良いからね。一人にさせて悪かった。
だからリュカ、何処にも行かず、ちゃんとそこにいるんだよ!




