その術式を
遺跡の中を探求する。
相変わらず数歩進むと景色が変わる。しかし、呪いの術式を読み取る事で、少しずつ進む方向が分かるようになってきた。
何度も景色が変わり、目の前の景色の構成を読み解くように術式を解読していき、慎重に進んでいく。
そうやって進んでいって、やっとたどり着いた。
そこにあったのは、オルヴァーに聞いていたとおり、人ほどの大きさの水晶で、それは黒っぽい深い紫色で怪しく光っていて、そこから水晶と同じ色の煙の様な物が這い出ている。
この紫の煙みてぇなのが呪いなんだろうな。
すげぇ禍々しい。ってか、気持ち悪い。
これをまた同じように結界を張る要領で封印すりゃいいのか?
それとも、呪いの術式を解読して、この呪いを無効化させるか……
まぁ、無効化できりゃそれに越したことはないよな。
またいつ誰かが封印を解くか分かんねぇからな。
しかし、これは強烈だな……
近寄る度に全身がビリビリ痺れてくる。自身に結界を張っているのに、だ。
辺りには黒ずんだ跡がある。それは人形を形どってあった。恐らくあれは人だったのだろう。ここでは人の姿としては残らなかったって事なんだな。
水晶に手を当てる。
自身の結界を抉じ開けるようにして、呪いは俺の体の中に侵入しようとしてくる。
それに抗うように、俺の体の中の魔力を手に集中させる。それと合わせて術式を手繰り寄せていく。
すげぇ複雑だ……
幾つもの術式が絡み合ってるみたいで、一つ一つをしっかり読み取っていかなきゃならないけど、その一つがすげぇ難しい。
けどここで止める訳にはいかねぇ。元から絶たねぇと、被害は広がってくばっかりだ。
しっかり見て、その術式を解読する。ってか、俺こんなのは性に合わねぇんだって! 元よりデキの悪い頭なんだ。呪術のレベル上げたけど、こんな難しいの、解読とかそりゃ無理っつうもんだ!
だから術式を奪ってやる。
呪い自体を奪うんじゃねぇ。そうなりゃ体がどうなるか分かんねぇからな。
俺の目から奪う力は、あらゆるモノを奪うことが出来る。だけど、奪ったモノがそのまま俺に移る訳じゃねぇ。
それは何かに変換される。体力や魔力に変換される事もあるし、何かの能力を授かる事もある。まぁ、そんな大したもんじゃねぇけど。
それが痛みとなって帰ってくる事もあるし、奪ってみねぇとどうなるか分からないってのが厄介だ。
人の負の感情くらいであれば、魔力へ変換されるので何の問題もねぇ。けど呪いを奪ったら?
それが何に変換されるか分かんねぇけど、こんな強烈で大きな呪いをそのまま奪ったら、何かに変換された時に自分の体が耐えきれねぇかも知んねぇからな。
俺はまだ死ぬ訳にはいかねぇ。
あ、いや、簡単には死なないってか、死ねないんだろうけど、何も出来ずに生きる屍って感じになるのはごめんだ。それなら死んだ方がマシだ。いや、マジで。
リュカを見送るまでは……リュカが大人になって結婚して子供を生んで、天寿を全うするまでは生きててやりてぇんだ……
やべ、そんな事考えてたら涙が出てきた。
とにかく、俺はここでどうにかなってしまう訳にはいかねぇってことなんだ。
だから呪い自体は奪わねぇ。呪いの術式を奪ってやるんだ。
因みに、リュカの能力はまんま奪ったモノが体に宿る。その事をリュカは凄く嫌がった。左手からは何でも奪える。無意識で触れていると、自身に足らないと思われるモノを勝手に奪っている。その事をリュカは悲しく思っていた。
だから今は腕輪のお陰で何も奪わないで済む事を、リュカは凄く喜んでいる。
今はもう何かを奪うと言うことはない。リュカがそうやって人から何かを奪うということは無い筈だ。
あ、ダメだな、リュカの事を考えると止まらねぇ。早く終わらせて帰らねぇとな。
複雑に絡み合った術式の一つを捕らえて、それを奪っていく。そうすると術式が一つ消えた。
変わりに身体中に激痛が走る……!
やべぇ……結構くるな……これ……っ!
思わず倒れそうになるのを踏みとどまって、荒く何度も呼吸を繰り返す。
術式一つでこれか……けど、これは呪いが体に入ったわけじゃねぇ。だから大丈夫だ。術式が身体中を巡って暴れてる感じだ。
自分の胸に手を当てて回復魔法を放つ。身体中にいる術式がこれでどうなるか……いや、収まらねぇな……
次は光魔法で浄化してみる。すると、暴れていた術式は段々と落ち着いてきて、やがて小さくなって消えていった。
そうか、やっぱ呪いには浄化が効くんだな。
水晶に光魔法を放ってみるが、それは何かに阻まれて弾け飛ぶ。やっぱり簡単じゃねぇんだな。
仕方なくまた術式を読み取り、奪っていく。
奪った途端に、鋭利な刃で切り刻まれたみてぇに全身が傷付いて出血した。
マジで厄介だっ!
まずは光魔法で浄化して、呪いの術式を無くしていく。そうしねぇと傷はどんどん増えていって、俺は出血多量で意識が無くなりそうだったからな。
それからすぐに回復魔法を自身に放つ。
自分には効果が薄いが、何もしないよりマシだ。ジワジワと身体中に出来た傷痕が無くなっていく。マジで俺じゃなかったらこれ、無理だっただろうな。
しかし、やっぱり回復は早いな。
それは俺が不死身になったからか?
多分回復魔法を使わなくても、時間と共に自然に傷は無くなっていくんだろうな。
不死身すげぇ!
って、こんなところで実感してる場合じゃねぇな。
次はどんな事が体に起こる? 良いことは起こらねぇんだろ? 呪われて黒くなったりしねぇ分、また変な作用が起きそうな気がする。
正直ちょっとは恐怖心ってのがある。死ねたらまだいい。けどそうならないのが一番キツい。何年も何十年も、いや何百年もただ苦しむだけで生き永らえるって、誰でも怖くなんだろ? けどここで止める訳にはいかねぇ。まだ終わってねぇ。
まだある術式を奪っていく。
奪った瞬間、四肢がぶっ飛んだ。
いや……四肢だけじゃねぇ……
俺の首もぶっ飛んだ……
俺の胴体が、手足が転がってるのが見える。
マジでヤバイな、この術式……
けど、切り離れた腕が、脚が、胴体へと戻っていく……
自分の体なのに、見ていて気持ちの良いもんじゃねぇ。
あ、首も勝手に動いてんのか。視界が変わる。胴体に近づいていってる。胴体にくっついて、繋ぎ目から皮膚が再生していく。大量に出血したが、体の中の血液も少しずつ増えていってる。
不死身、やべぇな。
体は戻っても、服や装備は切られたまんまだから、回復魔法で復元する。
うん、全部元通りになったな。
ここに誰もいなくて良かった。こんなところを見られてたら、流石に気味悪がられるだろうからな。俺だって自分で気味悪いって思ってる。人間の成せる技じゃねぇからな。
とはいえ、やっぱ切られたりすんのは普通に痛ぇ。初めて手足を切り落とされたけど、半端ねぇくらい痛かった。首も勿論だ。胴体から離れてる間は呼吸とかもできなかった。まぁ当然か。
なるべくなら痛い思いはしたくねぇ。って、誰でもそうか。
体を動かして、ちゃんと動くか確認する。大丈夫だ。全然問題ねぇ。
深呼吸をして気合いを入れ直し、次の術式を奪う。これが最後か……
その瞬間、身体中に力が漲ってきた……
なんだ? 今までの感じとは違うぞ?
見ると俺の体は光輝いていた。
って、何でだ?! 何が起きた?!
体に不調はねぇ。すげぇ清々しい感じがする。辺りは今まであった呪いの嫌な感じが全く無くなっている。
水晶を見ると、黒っぽく濃い紫色だったのが、凄く澄んだ透明の水晶へと変わっていた。
その変わった様子にも驚いたが、それを見た途端、驚きで息を飲んでその場で立ち尽くしてしまった。
その中に佇むようにして、一人の少女がいたからだ。




