No.2 ぶっとんだマンホール ※挿絵あり
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一年前。
世界で『都市伝説』が暴動を起こす少し前ーー
夕暮れ前の放課後。
学校の校門前で、元気な少女が手を振って大声を出していた。
「私今日用事があるからここでー!」
去って行こうとする少女に、もう一人の少女が焦って呼び止める。
「えっ!?色葉まっすぐ帰らないの!?」
色葉と呼ばれた少女は笑って言い返す。
「うん!今日はちょっと寄りたい所があるんだ!愛菜ちゃんは先帰ってて!」
紅色葉。
ここの高校に通う16歳で、元気で明るい少女。
綺麗な桃色のロングヘアーと、そして上品な紺色の制服、短いスカートが良く似合う。
もう一人の愛菜と呼ばれた少女は、茶色のショートボブに、制服の上から赤いフードパーカーを着ていた。
背中に部活で使うテニスラケットを持っていた。
そんな愛菜が、一人で帰ろうとすると友達ーー色葉の事を心配する。
「止めときなよ色葉……最近物騒な噂も多いんだよ?」
「大丈夫よ!変な奴がいたら蹴り返してやるんだから!」
色葉は機敏な動きで、軽やかなフットワークを見せつけた。
長い脚で踊るようにステップを踏み、その場で素早く振り上げる。
それを見た愛菜が、呆れ顔で呟いた。
「……パンツ見えてるよ」
「えっ!やば!」
素早く脚を下ろして、短いスカートで抑え隠す。
赤面している色葉だったが、愛菜は冗談抜きの真剣な表情で続きを話した。
「『都市伝説』があるのよ色葉……!」
「えっ……?『都市伝説』?」
「うん……!しかも一つや二つじゃない……!実際にこの辺りで人が消えたり、怪奇現象に襲われたなんて話もあるんだからーー」
そこまで愛菜が言ったところで、聴いていた色葉が笑って言い返した。
「ちょっと勘弁してよ愛菜!私達もう高校生なんだよ!?」
「本当なんだって!クラスでも話題になってるし……!色葉は転校してまだ間も無いから、噂話に疎いかもしれないけれど……!」
深刻な表情で言っていたが、この手の脅しで怖がる色葉ではなかった。
怪談話には昔から耐性があり、並のホラー映画を観ても悲鳴を上げることはない。
「そんなのどこかの誰かが、適当に作ったガセ話でしょ?それじゃ私はここで」
再度明るい笑顔で手を振ると、愛菜と別れて別の道を駆け出した。
スキップのような軽い足取りで、繁華街で人混みを避けて抜けて行く。
都市伝説がどうであれ、早く用事を済ませたいのは色葉も考えている事だった。
ーー都市伝説なんて、あんなのただの子供騙し……!大人が子供をしつけたりだとか、そんな理由で作られただけの単なる噂話よね……!
色葉は今日、何がなんでも欠かせない大切な予定が会ったーー
ーー今日は愛菜の誕生日……!やっとできた友達だから……!前もって予約しておいた、駅前のケーキを買ってサプライズプレゼントするんだ!
色葉にとって、愛菜はこの街で親しくしてくれた唯一のクラスメイト。
引越しの多い転勤族の両親を持つ色葉は、またすぐに他所の街に行く可能性が大きい。
それを知ったクラスメイトは、皆今まで必要以上に色葉と親しくしようとしなかった。
何故なら親しくなったところで、どうせすぐに関係が切れてしまうからだ。
そんな色葉に愛菜は、初対面の日にこう言ったーー
『時間なんて関係ないよ!少しでも貴女の事を教えてね!仲良くなろ!』
色葉にとってその愛菜の台詞が、今まで生きてきた中で一番嬉しいものだった。
駅前のケーキ屋にたどり着き、カウンター越しの店員に笑顔で言った。
「すいません!予約していたケーキを取りに来ました!」
「はいいらっしゃいませ。お待ちしておりました。御名前をお伺いします」
「紅色葉です!」
色葉が名前を言うと、店員は予約名簿から紅色葉の名前を探す。
するとすぐに名前を見つけたようだったが、戸惑ったように驚きの台詞を口にした。
「あれ?紅色葉様ですか?」
「はいそうです!」
「えっ、ですが……」
「ん?どうかしました?」
「紅色葉様ですよね?紅色葉様は先程、御予約されたケーキを受け取り済みと書かれています」
「えっ!?そんなはずないです!」
予約名簿にミスがあったのかと思ったが、奥から別の店員が出てくると、色葉の顔を見て笑顔で言った。
「あっ!さっきケーキ取りに来られたお客様じゃないですか!?どうでした!?お友達お喜びになりました!?」
確かに友達の愛菜に向けたプレゼントだったが、その件は店員には話していないし、何よりこの店員の台詞だと、色葉が既にケーキを受け取った後かのように話が進んでいる。
困惑していると、不審に思った先程の店員が、1枚の紙を見せてくれたーー
予約受け取り完了の小さな書類。
そこには受け取り者の欄に、紅色葉のサインがしっかりと書かれていた。
「嘘……!これ、私の字だ……!」
一瞬最初、誰かが色葉になりすましてサインしたのではと考えたが、そうして得られるメリットが不明である。
何より動機が分からない。
色葉はカバンから、学校で配られた問題プリントを取り出した。
そこに自分で書いていた名前と、目の前の予約名簿の筆跡を見比べてみた。
文字の書き方、構成、形態、筆圧など筆跡には他人が完全に真似出来ない癖が現れる。
しかし書いた覚えはないが、誰が見てもこの予約名簿のサインは紛れもなく色葉の筆跡で間違いないと言えた。
「どういうこと……!?えっ、なにこれ気持ち悪い……!」
さすがに自分が寝ぼけてケーキを買いに来たとも思えず、何が何だか分からないまま、仕方なくショーケースの中にあった別のケーキを注文した。
店員が戸惑いながら、言われた通り頼まれたケーキを箱に詰めてくれた。
愛菜に言われた『都市伝説』の話を思い出し、全身鳥肌が立って身震いした。
「や、やめやめ!考えるのなし!都市伝説なんかいないって!」
そう自分に言い聞かすと、ケーキを受け取って店を出る。
きっと何かの間違いで、たまたま同姓同名の顔が似た人物が買いに来たのだとーー
半ば無理矢理これをこじつけとして片付ける。
友達の事を想い、すると自然と笑みが溢れ出た。
「急いで愛菜のお家に行かなくちゃ!ケーキは予約した物と違うものだけど、これも凄い美味しそう!きっと愛菜は喜んでくれるよね!」
ケーキの箱が入った袋を大切そうに抱え、愛菜の家に向かって歩きだそうとしたーー
刹那。
色葉が踏んだマンホールが、突如唸り声のような水の音と振動が伝わって来た。
そしてそれらに気づいた時はーー色葉の身体が空高く吹き飛ばされていた。
まるで間欠泉が噴き出したかのように、マンホールの下から急激に大量の水が押し寄せ、色葉もろとも空高く打ち上げた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
色葉は意識が薄れていく途中で、同じ空に飛ばされた別の二人の存在に気が付いた。
一人の男は空の上で両手足を無邪気に広げ、笑い声と共に大声を上げる。
「空が青い!空気が美味い!はははっ!やったぞ!生きてるかリーベ!?」
隣の女ーーリーベは尻尾と頭の耳をピクピクと揺らし、満面の笑みで男に抱きつきながら言った。
「シャバの空気は最高にゃー!」
「確かにあっちは刑務所より酷い世界だったがここは違う!世界が滅ぶ過去の世界……!時間転移成功だ!!」
未来の都市伝説に滅ぼされた世界から、この一年前の世界にやって来た。
俺ーーライル・クルーエルは、この世界で都市伝説の権化を見つけ出す。
空高い場所で水しぶきを浴びながら、リーベと共に顔を見合わせて笑っているとーー
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
落下中の少女の存在に気が付いた。
「あっ、やべぇ!人撥ねた!?」
いつもありがとうございます!