カミノコセカンド
薄汚れた赤煉瓦の街を多くの人々が行き交う。
その身なりは決して立派なものではないが、皆一様に活気のある顔をしていた。
「へぇ〜、ここがカイトナッツですか。中立地帯っていうからどんな場所かと思いましたが、普通に活気のある市場町なんですね」
赤煉瓦で出来た石門を見上げて紫頭の童顔の青年が呟く。
《神の第二子》、トーワ・ライクハット。
その言葉を聞き、討伐部隊の隊員達が一斉に馬からずり落ちた。
王都を出発して丸一日。
カイトナッツまで休憩を挟むことなく、ただ只管に馬を飛ばしてきた。
馬も人も既に疲労困憊だ。
その中でトーワだけがピンピンしている。
(こいつ、疲れというものを知らないのか……?)
久しぶりの馬移動でぐったりとしたマイクが他の隊員達に混じって市場通りを進んで行くと、やがてカイトナッツ中央にある噴水広場に出た。
「ここがジアン帝国の人々との待ち合わせ場所の筈ですが……まだ到着していないようですね」
円形の広場をぐるりと見渡したトーワが小さく眉をひそめる。
そのまま、二十分ほど待っていると、
「おい、貴様ら!もっと早く歩けんのか!」
やがて遠くから部下を叱咤する声が聞こえてきた。
直後に竜を象ったような猛々しい鎧を纏った20人くらいの一団が姿を現す。
その先頭に立つ30歳ほどに見える強面の男が、トーワの前まで来て足を止めた。
そのまま、不躾に質問を口にする。
「貴様がリーン王国軍の隊長か?」
「はい、トーワ・ライクハットです。どうぞ、よろしく」
静かに頷いたトーワが若干砕けた口調で挨拶し、右手を差し出すと、
パンッ。
その手を強面の男が素早く払った。
「先に言っておくが、我々は今回の任務で貴様らと協力する気はない。リーン王国の犬共と手を組むなど一生の恥だ」
その言葉を受けてトーワが屈託のない笑みを浮かべる。
「協力する気はないですか……。どうやらあなたとは気が合いそうですね。丁度、僕も同じことを思っていました」
「なにぃ?」
トーワの言葉に強面の男が眉を歪める。
「だってそうでしょう?今いる部下に加えて足手まといを20人も連れて歩くのは大変ですから」
一切邪気を感じさせない軽やかな口調でトーワがそう言った瞬間、
ズパンッ。
爆ぜるような風切り音と共に白銀の刃が煌めいた。
気づくと、ジアン帝国軍の強面の男がトーワの眼前に抜き身の長剣を突きつけている。
「足手まといだと?口には気をつけろよ、小僧。俺が本気になれば、貴様を斬り捨てることくらいいつでも出来るんだ」
身体強化を使った高速の抜刀術。
(ほう。こいつは中々に凄いな……)
その無駄のない動きを遠目から見たマイクが、思わず感嘆の息を漏らしていると、
「よくいるんですよねぇ。いつでも出来るとか、誰でも出来るとか言う人……」
未だに笑顔を崩していないトーワがゆっくりとその剣先を払いのけた。
次の瞬間、酷く冷めた目をして言う。
「お前みたいなノロマに僕を斬れるわけないだろう。この愚図が」
「なっ……貴様ァァァ!!!」
激昂した強面の男が再び長剣を振り上げようとするが、
「ヤンガルさん!抑えて下さい」
それを背後から別の騎士が取り押さえた。
金髪に編み込みを入れた女性のように美しい男。
胸元に金のペンキで竜の顔が描かれており、ジアン帝国最高位の聖騎士、ライクライである事が分かる。
よく見ると、強面の男の鎧にも全く同じペイントがなされていた。
(ジアン帝国は最高位の聖騎士を二人も寄越したのか?今回の任務にそれほどの戦力が必要とは思えないが……)
マイクがそう思った瞬間、
ー 危険だ ー
不意に第六感が警告を発した。
それに従い、周囲の様子を確認する。
しかし、辺りに目立った異変はない。
(一体、何が危険なんだ……?)
再びの第六感の警告に備えたマイクがゆっくりと周囲を見回していると、
「あのぉ、トーワ様……先程から気になっていることがありまして……言おうか迷ったのですが……」
リーン王国側の男騎士が一人、自信なさげな様子で声を上げた。
「気になっていること?何でしょう?」
その言葉を聞き、トーワが優しい表情で振り返る。
まるで、強面の男、ヤンガルなど既に眼中にないようだ。
「そ、その、私の記憶が正しければ、カイトナッツの門くぐって以降、女性の姿しか見ていないと思うのですが……気のせいでしょうか?」
おずおずと呟く男の言葉にリーン王国だけでなく、ジアン帝国の騎士達の表情も凍りつくのが分かった。
「女しか……いないだと?」
直前まで真っ赤な顔をして怒っていたヤンガルが、驚くほど鋭い視線で広場内を睥睨する。
その視線に釣られ、改めて広場内を見回したマイクは、自らの背筋がゾッとするのを感じた。
伏し目がちにこちらの様子を伺う女性達。
その数およそ20人。そこに男性の影は一つもない。
(これは、少しマズイな)
そう思ったマイクが腰に差した長剣の柄に手を掛けた瞬間、広場の最奥に佇む大柄な女性が手を挙げるのが見えた。
それと同時に広場中の女性達が一斉に魔術を行使するのが分かる。
次の瞬間、無手のままのトーワが広場の中央に一歩進み出た。
「あっ、皆さん。ここは危険ですから僕のことは気にせず、さっさと逃げてくださいね。怪我したら大変ですから」
そう言うと両手を広げ、魔術の雨の中に身を晒す。
「行くよ、身体強化」
トーワが小さく呟いた刹那、その姿が一瞬で掻き消えた。
◇◆◇◆
「ああ、もう〜。こんな量の書類捌き切れないわよ!」
その日、プルート地方にある領主館の最上階に籠ったレイ・ハイウェーはデスクの前で頭を抱えていた。
ここ数日、出張中の領主に代わって事務仕事をこなしているが、全く処理が追いつかない。
領地内の治安が非常に悪く、窃盗や殺人の報告が後を絶たないのだ。
「ほんと!領主様ったら!責任感がないんだから!王城から帰ってきてまたすぐ出かけるってどういうことよ!」
むしゃくしゃしたレイが八つ当たりでデスクの脚をガンガン蹴っていると、
「レイお嬢様、お客様が見えられています」
不意に白髪の執事が部屋の中に入ってきた。
そちらを振り返り、慌ててデスクの脚を蹴るのをやめる。
(お客様?今日、人と会う予定なんてあったかしら?)
小首を傾げたレイが領主館を出て門の前に立つと、フードを目深に被った一人の女性がゆっくりと近づいてきた。
その怪しげな姿に僅かながら恐怖を覚える。
体を強張らせるレイの前に立った女性が開口一番にこう告げた。
「マイク・ピアスに会いに来た」
(マイク・ピアス?)
突然飛び出した知り合いの名前に安堵を覚える。
「もしかして、領主様のお知り合いですか?残念ながら領主様は今、昇王様の言い付けでカイトナッツへ魔女退治に出掛けています!ほんと自分勝手な人ですよね!面倒な事はいつも私任せなんですから!」
緊張から解き放たれ、早口で捲し立てたレイ。
そこまで話したところでハッとする。
(あっ、これ隠密任務だから言っちゃダメだったかも……)
「領主様のお帰りは一週間後の予定です!遅くても二週間後には帰っていると思います!」
慌てて取り繕おうとするレイだったが、フードの女性は既に話を聞いていなかった。
興味無さげに背を向けて呟く。
「……カイトナッツに魔女がいるのか」




