第2話:超えていく
ミレニスが忘れていった魔法のペンダント。
このペンダントのおかげで、俺は転生前の記憶と力を取り戻した。
今の俺なら、確実に天帝の塔を攻略できる実力がある。
そして、あいつが持っていたこのペンダントの謎を解き明かしたい。
俺は謎を抱えたまま、ミレニスに話を詳しく聞くため、今日も冒険者ギルドの酒場で蜂蜜酒を飲んでいた。
しばらくカウンター席に座って一杯やっていると、昼過ぎあたりにミレニスが姿を見せた。
彼女は俺を見つけると、破顔して手を振った。
「や。来てくれたんだね、ウェイド。
昨日の返事は考えてくれたかな?」
ミレニスは俺の隣の席へそっと身体を滑らせながら、言った。
「パーティーの返事の前に、ミレニス。お前に聞きたいことがある」
「なに? 彼氏の有無なら無しだよ」
「そんなつまんねぇことじゃねーよ……。
お前が昨日忘れて行ったこのペンダント。これ、どこで手に入れた?」
俺はルビーの魔法ペンダントを手に掲げて、ミレニスに見せた。
「あぁ、ないなーと思ってたら、やっぱりここに忘れてたんだ」
「返す。だが、これをどこで手に入れたのか教えてくれ」
彼女は俺からペンダントを受け取りながら、こう言った。
「これは家宝として、家の倉庫にあったものだけど?
デザインが可愛いから今は私がつけてる」
家宝……。
「お前は、このペンダントが一体なんなのか、知っているのか?」
「? ただのルビーのペンダントじゃないの?」
「…………」
嘘をついているような感じじゃなかった。
これは古代の時代に俺の恋人のサラがつけていたペンダントだ。
これを持っているということは、ミレニスとその一家も、俺の転生に関わっている可能性が高い。
だが、あの時代からもう1000年も経っている。風化していてもおかしくない。
「もう一つ聞きたいことがある。お前は、冒険者の〝サラ〟という女に聞き覚えがあるか?
特に、お前の家系にサラという女がいたかどうか、それを知りたい」
「聞き覚えはないなー。サラなんて珍しい名前じゃないから、聞いたとしても忘れてる。
少なくとも、私の友人や家族の中に、サラって冒険者の子はいないね」
それなら、ミレニスがサラの転生した姿なのだろうか。
いくらなんでもそれは偶然が過ぎるだろうか。
それにミレニスがサラなのだとしたら、この魔法ペンダントを手にして記憶を思い出さないのはおかしくないか?
俺は、ミレニスが何か重要な鍵を握っていることはたしかだと、そう思った。
こいつとパーティーを組んで天帝の塔をのぼっていけば、秘密が解き明かされるだろう。
五里霧中だったが、俺はミレニスとパーティーを組むことを決意する。
「昨日の話だけどな、受けてやる」
「本当っ!? わぁー、ダメなんじゃないかって思ってたから、嬉しいな。
改めまして、ミレニス。職業は剣士です」
ミレニスは腰のレイピアを俺に見せた。
装飾が凝った、高そうな細剣だった。
「俺はウェイド。オールラウンダーの魔導師だ。マルチレンジから、お前の戦闘をサポートする」
「あれ、魔導師? ウェイドはどっちかと言えばスカウトや盗賊みたいな遊撃手って聞いてたけど?」
「転職したんだよ」
転生で、古代魔法・古代スキル使いにな。
いずれバレるとは思うが、まだこの情報は明かさなくていいだろう。
「あ、そうなの」
「天帝の塔を目指すにあたって、知りたいことがある。
なんでお前はFランクであのダンジョンを目指そうとした?」
「んー……へへへ、それはちょっと言えないかな」
ミレニスはふにゃっとした笑みを浮かべる。
事情持ちか。
俺に話を持ちかけるぐらいだから、何かあるということは見当がついていたが、俺を裏切らないかどうかだけは見ておいたほうがいいか。
「でも安心して。多分、そこらのBランク・Aランクよりはよほど使えると思うよ。
お家の方針で冒険者のランクを上げなかっただけだし」
「お家?」
「うん。見てて」
ミレニスはレイピアを抜いて、誰もいない虚空へ向けて連続突きを放って見せた。
目にもとまらぬ、高速の突きだった。
おそらく、敵対するものは何回突かれたかすら分からない攻撃だ。
見た感じ、ミレニスは女だてらに筋肉も締まっているし、動きも俊敏だ。
これなら使い物になるだろう。
まずは低い階から攻略を始めて、少しずつ互いの連携を鍛えていけばいいか。
「ならオッケーだ。パーティー申請に冒険者ギルドの受付に行こう」
「うんっ」
俺は酒場のマスターに蜂蜜酒の金を払い、礼を言って席を立った。
2人そろって建物続きの隣にある、冒険者ギルド受付へと歩く。
パーティーは、冒険者の責任で自由に組んだり解散したりしていいことになっているが、冒険者ギルドでパーティー申請しておけば、いざ揉めごとが起こったという時に冒険者ギルドが仲立ちに入ってくれる。
利益配分や戦利品の分配で揉めることは多々あるし、消耗品の共有やどこまで経費で落とせるかは、パーティー仲が悪くなれば面倒ごとに発展する可能性が高い。
そういう時のための保険として、冒険者ギルドでパーティー申請を行う。
めんどくさかったが、俺とミレニスは受付に並んで申請の事務作業を行った。
「お2人でパーティーを組まれるんですね。
所定の羊皮紙にサインをお願いいたします」
受付嬢のシャーリーが笑顔で言った。
「分かった」
「はーい」
俺とミレニスが、羊皮紙に羽付きペンでさらさらと署名する。
「次に、パーティーの目的をご記入ください」
その項目には、こう書いた。
――天帝の塔 攻略。
俺が書いた文字を見た時、受付嬢シャーリーの表情が凍る。
「えっ……ウェイドさんとミレニスさんで……天帝の塔を攻略ですか……?」
「ダメか?」
「ダメっていうか……ちょっと無謀なんじゃないかって思うんですけど……。
失礼ながら、ウェイドさんはつい先日、『ソウルブレイズ』から……」
言いにくそうに、シャーリーは言葉を濁す。
「それでも天帝の塔を攻略したい。大丈夫。二人とも死んだ時の冒険者保険には入らないから」
「いえ、そういうことではなくてですね……」
その時、冒険者ギルドの入り口が勢いよく開き、ぞろぞろと冒険者たちがギルドの中へ入ってきた。
ちょっとしたどよめきが起こったから、見れてみれば天帝の塔の攻略を終えて帰ってきたSランクパーティー『ソウルブレイズ』のメンバーだった。
我が物顔でギルドを闊歩する彼らが、俺を見つけると「お」という顔になった。
「なんだ、ウェイドか」
「久しぶり……です」
「慣れない敬語はやめろよ」
ははは、と笑いながら『ソウルブレイズ』のリーダー・カイルは高らかに笑う。
偉そうなカイルの態度に、隣のミレニスが「む」という顔になったが、目線で「いいから」と制した。
「こんなところでどうした、ウェイド? 酒浸りをやめて、ついに復職する気になったか」
「そうなんですよ! 聞いてください、カイルさん。
ウェイドさんが天帝の塔に再挑戦するって言い出して……」
受付嬢が話に割り込んできた。
「はぁ? お前、もう天帝の塔は諦めたんじゃなかったのか?」
「もう一度目指すことにした。悪いか」
しばらく真顔で俺を見つめていたカイルだったが、やがて失笑を漏らした。
「使えなかったBランクと、その新人の女2人でか?
やめとけ、ウェイド。死にに行くようなもんだ」
「それでも、俺は諦めたくない。
夢を諦めたら、すべてが色あせるだろ」
俺の言葉にカイルはじっと目線を合わせて見つめた。
瞳にともした希望の輝きを、ガキだった頃に最強になりたいと誓った思いを。
俺は男として、いつまでも忘れたくなかった。
俺の意思が固いことを悟ったのだろう。
カイルは、ふーっ、と息を大きく吐き出す。
「ウェイド。俺は何も別に、意地悪でお前をパーティーから追放したわけじゃねえんだ。
天帝の塔攻略は遊びじゃできない。
お前が俺たちにくっついてると、いつか命を落とす。
命を落とす可能性があるからこそ、厳しい言葉で責め立て、責任を追及した。
そして叱責される度に、お前は動きが悪くなっていった。
お前に天帝の塔は無理だ――諦めろ」
無慈悲な言葉だった。
あるいは、今までの俺だったのなら、折れたのかもしれない。
しかし、今は転生の知識と古代魔法を思い出した。
今の俺なら、必ず届くと信じてる。
闘志に燃える俺をよそに、カイルは続けた。
「ウェイド、負けるヤツに共通の要素は3つある。知ってるか?」
「いや……」
「1つ、戦力差の分析を怠ること。
2つ、大局観がないこと。
3つ、慢心していること。
お前はこの3つすべてを、悪い意味で満たしていた。
悪いことは言わない、天帝の塔は諦めろウェイド」
古代魔法と古代スキルを思い出したからと言って、俺は慢心しているのだろうか?
なら、目の前にいるカイルと決闘してみれば実力が分かる。
冒険者の都市・アインで頂点に立つカイルと戦って勝てば、俺の実力は天帝の塔で通用するはずだ。
「そこまで言うならカイル。お前に頼みがある。
ここで、俺と決闘してくれ」
俺がそう宣言すると、カイルは真顔で俺の顔をまじまじと見つめた。
「本気か? 決闘中の出来事は保険が効かない。
腕を切り落とされても、文句は言えねえぞ」
「ここで試金石にする。俺がここでカイルに負ければ、天帝の塔は諦める。
俺はそれだけのヤツだったというだけだ」
「はっ。3~4日でそう実力が変わるわけねえだろ。
まぁ、お前を『ソウルブレイズ』に入れて、夢見せちまった俺にも責任がある。
かかってこいよ。きっちり、俺が引導を渡してやる」
「あぁ、俺は、お前を越える」
俺とカイルが十歩ぐらいの距離を開けて向かい合う。
これから私闘が始まるのだと、冒険者ギルドの酒場で飲んでいた奴らが騒ぎ立てる。
「いいかぁ、ウェイド。一発でやられんじゃねーぞ」
「せめて一矢は報いろよ」
「ちょ、ちょっと! ギルド内で喧嘩はやめてくださいよ!」
「シャーリーは黙ってろ。これは漢の喧嘩だ」
「何が漢の喧嘩なんですか……。男ってホントこれだから……」
俺が言うと、受付嬢やギルドの職員たちは呆れた表情を見せる。
カイルが懐から銀貨を取り出して、目の前に掲げて見せた。
「いいか。私闘の合図は、この銀貨が床に落ちたらだ。――行くぞ」
「かかってこい」
カイルが「ふ、気構えはいい」と笑い、指で銀貨を上空に弾き飛ばした。
緩やかな弧を描いて、銀貨が落下していく。
カイルが剣を抜いて、俺は徒手空拳で構えた。
世界がスローモーションに動く中で、俺は戦闘の作戦を立てた。
古代魔法はマズイ。威力が強すぎて冒険者ギルドごと吹き飛ばしかねない。
古代スキルの体術で戦おう。
古代スキル【体術上昇】と【身体能力強化】を発動。
現代にも同じスキルはあるが、古代スキルのほうが性能や上昇幅は遙かにでかい。
俺の身体の性能が飛躍的に向上する。
そして、銀貨が床に落ち、音を鳴らす。
――コツン、という音がしたと同時に、カイルが俺をめがけて高速ダッシュし、上方から剣を振り落としてきた。
彼なりの慈悲が見えた。剣の刃で斬りかかるのではなく、剣の腹で俺を殴打しようと目論んでいた。
それは、残像すら見えそうなほどの、カイルの高速の払い落とし。
だが、俺はすべてを見切っていた。
古代スキルの上昇補正で、動作は見えているし、先制攻撃も読めていた。
対応する。素直にもらってやる義理はない。
瞬間、俺はバックステップを踏んで、後方に跳躍する。
カイルの剣が誰もいない虚空を空振る。
「なっ……!?」
まさか外れると思っていなかったのか、カイルは驚愕した表情を浮かべる。
鋼の剣が、木の床に命中して ガン! という鈍い音を上げる。
振り落とし攻撃を空振りしたカイルは寸隙の隙ができて、俺はその隙に前に出た。
瞬間とも言える時間で、俺はカイルの目の前にステップインして、彼の胴を薙ぐ空中回し蹴りを放った。
彼の攻撃に対する、読みと反応速度で上回る、差し返しの回し蹴りだった。
剣の攻撃を外して動作硬直していたカイルは、俺の高速の蹴りに反応できなかった。
「がぁっ!?」
胴にクリーンヒット。
あばら骨をたたき割る音を鳴らしながら、カイルは俺の蹴りによって冒険者ギルドの中空を転がるように飛んでいった。
そして併設の酒場のテーブルに突っ込み、ガラガラガシャン! という騒がしい音を立てながら、カイルはテーブルに乗っていた料理の皿とともに崩れ落ちた。
しばらく、無言が場を制した。
誰もが呆気にとられている。
「あ、あれ……?」
「え……? ウェイドさんって、こんなに強かったですっけ……?」
ポツリと、ギルド職員とシャーリーが漏らした言葉がすべてだった。
その言葉を皮切りに、冒険者ギルドが歓声で湧いた。
――ウェイドが勝った。あのカイルを一撃でノシたぞ!!
しばらくの間、冒険者ギルドは拍手喝采の嵐が沸き起こる。
ミレニスが満足そうに頷いていた。
俺は実力を確信した。
イケる。Sランクパーティーのリーダーに圧勝した。
前は捉えることすらできなかった攻撃も、すべて見えていた。反応できた。
この力があれば、天帝の塔だって再び攻略できるはずだ。
俺はこの力で、最強まで駆け上がる――。




