2.白い部屋2
テーブルトークロールプレイングゲーム……TRPGという遊びがある。
テーブルでトークするRPG……という意味合いなのだろう、和製英語だそうだ。
このTRPGが、どういう遊びか説明するのはちょっと面倒ではある。日本でロールプレイングゲームといったら、有名タイトルで言えば「ドラゴンクエスト」とか「ファイナルファンタジー」といった、ゲーム機やパソコンのゲームのことを思い浮かべる人が多いだろう。
ものすごく乱暴な、誤解の余地がありまくる説明であることを承知の上で言い切ってしまうと、TRPGとは、ああいうゲームを、出版されたルールと会話を使って人力で行うもの、である。
というか、本来の英語では「RPG」といったらこの人力の卓上ゲームの方であって、これをどうにか「それっぽく」再現したのがゲーム機やパソコンのRPGだったんだそうな(少なくとも最初は。現在のコンピュータのRPGはまた別の進化を遂げているのは皆さんご存知の通りだろう)。
で、日本では先にこのコンピュータのRPGの方が知名度が高くなってしまったので、本来の「RPG」の方がわざわざ「テーブルトーク」と名乗ることになっているわけである、らしい。
職場と自宅の往復以外には大して変化のない生活を送る(送っていた、かな。もう死んでるなら)私の、数少ない趣味のひとつがこのTRPGだ。
まあ私の場合、実際に顔を合わせて遊ぶよりも、自宅のパソコンでチャットを使って行う方が多い。何しろTRPGは少なくとも日本ではマイナーな趣味、身近に集まって遊べる範囲で仲間を見つけるのはかなり難しい。その点ネットなら時間の都合さえ合えば遊び相手はどうにか集められる。
そもそもなんでこんなマイナーな趣味にハマったのかというと、最初のきっかけはとあるシステムの公式の「リプレイ小説」を読んだことだった。
またここで説明の面倒な言葉が出てきたけれど、やっぱり誤解を恐れずに端折って言うと、「リプレイ小説」というのはTRPGを遊んでいるときのプレイヤーたちの会話を、台本の形式で文章に起こした読み物のことである。
TRPGシステムの開発元や出版社が、自分たちで作ったTRPGシステムを自分たちでプレイしたものを公式で出版しているほかにも、一般ユーザが自分の購入したシステムで遊んだ様子を同人誌にしたりネットで公開したりしている。
TRPGも知らなかった当時の私がなんでリプレイ小説を読んだのかよく覚えていないのだけど、公式で出版されているリプレイは書店ではたいていライトノベルの棚にあるから、何かほかのタイトルと間違えて手に取ったのかもしれない。
で、それをきっかけにTRPGというものを知り、遊んでみたいと思ったものの、TRPGは基本的に数人のグループで遊ぶもので、当時の私にはその仲間を見つけることができなかったのである。もちろん当時だって小規模なサークルくらい地域にはあったのだろうけど、ネットもない時代の高校生(何しろその後、大学でも携帯なしで就活する子も少なくはなかったっていう世代なんである我らは)には探すこともできなかった。
遊んでみたいが遊べない。そうやって悶々としながらリプレイ小説の蔵書だけが増えていく中、何を血迷ったのか私は自作システムをノートに書きつづり始めた。
もともと、授業中に先生の目を盗んで自作小説(もちろん流行りの漫画に影響されまくっている)を書くような半端に文学少女なオタクだった私なので、ある意味当然の行動だったんだろう、今にして思えば。
まあうん……世界観とか特殊能力とかそういうのばっかり増えてって肝心のシステム周りは作りかけのままでした。
キャラクター作成ルールはやたら力が入ってる一方で各種判定は未完成だし……
データは全然作ってないのに呪文の文句だけ百個近く作ってあったりしたし……
ご多分に漏れず小説の方もそうだったんだけど……お話は全然進んでないのに設定資料集はノートに三冊とかね……
あいたたた……………………
で、まあ。
実際に私がTRPGデビューしたのは、親元を離れて大学進学したそのさらに数年後、独り暮らしの社会人になってからだった。大学のサークルは、いかにも昔からやってますって感じの男性ばっかりでちょっと怖かったんだよね。
就職して自分のネット回線を手に入れ、雰囲気のいいサークルを見つけて入れたときは嬉しかった。基本はチャットを使ったオンラインセッションだけど、連休には集まってオフセッションしたりしてね。
そしてそうやって自分で本当にTRPGを遊んでみると、若気の至りで作りかけたシステムははっきり言って使い物にならないし、遊んでいて楽しくないだろうということもわかってきた。
第一、現実にすでに完成度の高いシステムが世の中にたくさん(……かどうかはわからない、何しろ冬の時代の後のことだから)あって、一緒に遊ぶ仲間もオンオフ問わずいてくれるのに、自作システム遊んでるヒマなんかなかったのだ。
そうしてノートは奥底にしまいこまれ、転職して実家に戻ったとき、引越し荷物のどこかに紛れ込んだままのはずなのだ。
ああ、それがどうして、異世界の神様に目を付けられることに…………
『いい感じに安定して自律運行し始めたからねー。僕もかかりっきりにならなくてよくなったんだよー。で、せっかくだからワールドデザイナーもご招待しようかな、と』
「わーるどでざいなー……」
あ、なんかときめく響き。
『どうかな? あ、もちろんちゃんとした身元のあるキャラになれるよ。なんならPCみたいに冒険に出てもいいし』
そうやって神様は私ににっこりと笑いかけた。
「ええと、聞きたいんですけど」
『ん? なーに?』
「もしここでお断りしたら、私、どうなるんでしょう」
『その場合は普通に、貴女の世界で人間が死んだときと同じ処理になるよ。それがどういうものなのかは異世界の者である僕は関知できないから、教えてあげようがないんだけど。あ、でも断ったことで不利になるとかないからね。それはきっちり話を付けてあるから。あくまでいつも通りになるってだけ』
いつも通りかあ。
私はただの勤め人だ。特に何かの才能に恵まれていたわけでもないし、世間に名を知られるような業績があるわけでもない。仕事内容だってただのオフィスワークで、まあ、私でなければ、というものでもない。
もちろん自分の仕事はちゃんと責任を持ってやっているつもりだし、それで自分と老親(まあ年金もある)を食わせていたんだから誰に恥じることもない。それでも。
特別な何者かになって、他の誰にもできない何かをやってみたいとか。
何の変哲もない雇われ者の日常でない日々を送ってみたいとか。
そんな願望がないわけではないのだ。でも現実では私はアスリートでも芸術家でも起業家でもなくて、ただのその他大勢で、毎日会社に行っていつもの仕事をして……。
でも、この話を受ければ、私もTRPGの中で演じているような格好好い戦士や素敵な魔法使いになって、それにふさわしい冒険ができるというのだろうか。
――――冒険。
あ、まずい。ときめいてしまった。
割とその気になってる……みたいだ、私。
『どう?』
「…………やってみる」
再び問いかけてきた神様に、私はうなずいてしまったのだった。
『じゃあキャラクター作成しようか。あ、せっかくだからこのサンプルキャラクター……』
「いやあああ!?」
システム完成してないのに「サンプルキャラクター」は作ってあるという痛々しさよ。