1.白い部屋1
『本日は○○航空、第○○便にご搭乗いただき、誠にありがとうございます。当機は予定通り、十六時二十五分に離陸の予定でございます。到着地・関西国際空港の現在の天候は晴れ、気温は摂氏……』
キャビンアテンダントさんのちょっと気取ったアナウンスが機内に流れる。別のCAさんが、客室内を歩いて手荷物やベルトを点検してまわっていた。
『お手荷物はお座席上部の荷物入れか、前のお座席の下に……』
私と両親は言われるまでもなくさっさといくつかの小物を手元に残して手荷物を収納した。飛行機には慣れている。母の実家が東北で、陸路よりも空路の方が便がいいので行き来は大抵飛行機利用だからだ。
とはいっても、もうこれからは訪問する機会は激減するだろう。祖父の没後もずっと独り暮らしをしていた祖母が数週間前に亡くなり、納骨も終わった。今はその帰り道だ。
祖父母の親戚もあらかたこの世を去っていたり、他の都道府県に引っ越していたりしてほとんどあの土地には残っていない。たまの墓参でもなければ訪れる理由があまりない。
そろそろ離陸だ。東京で仕事をしているので一足先に別の便に乗った弟にメールしておく。そろそろ羽田だろうが、もともとまめに連絡を取ってくるヤツでもないので、返信を待つ気はない。
『お座席のベルトをお締めになり、デジタル機器の通信機能をオフに……』
電源を切った携帯を座席前のポケットに突っ込んだところで、飛行機は滑走路に向かうため走り出した。
◆◆◆
『当機は現在、太平洋上空を飛行中でございます。ベルトサインが消灯いたしますが、お座席にお座りのあいだは安全のため、ベルトをお締めいただきますようお願い申し上げます』
飛行機は高度を保っての安定した飛行に入る。この時間帯は窓の外を見ても退屈だ。曇ってるし。まあ晴れてても空と、はるか下の海しか見えないけど。
いつもの旅行なら、機内で読む本くらいは用意してるんだけど。今回はあわただしくて本屋による時間もなかったから、機内誌をめくる。運よく、行きとは別の号に入れ変わっていた。あ、このグッズ良いな。
隣の両親――すぐ左の母と通路を挟んだ父―は眠っていた。
父方の祖父母はもう何年も前に二人とも亡くなっている。そして、もう両親も高齢と言っていい年齢だ。
まだまだ元気だし仕事もしているけれど、目を閉じた顔には明らかに老いが見えた。
ああ、二人とも歳とったなあ……私がアラフォーになったんだもんなあ……
◆◆◆
………。
………………。
………………………………。
真っ白な空間だった。
右も左も前も後ろも白い。上も下も白い。ついでに言えばちゃんと立ってる感覚はあるのに足元に影がない。
どういうことなの。
『いらっしゃーい』
何の前触れもなくのんびりとした声がして、私は振り向いた。若い男性……と最初は思ったんだけどひょっとしたら女性かも知れない、と思える人物がそこに立っていた。
『間に合ってよかった。貴女に会おうと思って探してみたらまさにいまわの際だったからねー。完全に死んじゃった人にはアプローチできないからねー。ホント、間に合ってよかったよ』
は? 今なんて?
いまわの際?
『貴女の乗ってた飛行機ね、乗客乗員全員死亡。あ、本当にあっという間だったから苦しむこともなかったよ、それだけは安心して?』
はいーーー?
◆◆◆
どうやら私の乗った旅客機の機体には、未発見の欠陥があったらしい。そして、飛行中に突如空中分解してしまった、という。
私が機内誌をめくりながら両親と自分の年齢に思いを馳せていた、あの次の瞬間だそうだ。高度が何千メートルだったか知らないが、上空でそんなことになったら一巻の終わりだ。気付いたときには死んでいた、という感じだろう。
『……思ったより落ち着いてる?』
「うーん」
いや、動転してないわけはない、と思う。ただ、やっぱり実感できてないんだろう、自分が一瞬で死んで空中に放り出されて、海の藻屑になった、なんて。それに。
「まあ、死んだからってどうこう言うような歳でもないし」
家にまだ幼い子供が待ってるとかなら心配だし、夫を残して、とか、親に先立つ、とかなら申し訳なくて死ぬに死ねないってこともあるんだろうけど……。
あいにくこの歳までおひとりさまで、親より先に死ぬってわけでもない。もちろん、家族を一度に亡くすことになる弟や、数少ない友人のことは気にかかるし、悲しませたりわずらわせたりするのは心苦しいけれども。
私は冴えない勤め人だ。もちろん仕事はまじめにやっていたが、私ひとり消えたくらいで会社がどうにかなるなんてことはあるまい。仕事は誰かがやるだろうし、世間は回っていくだろう。そういう割り切りができるくらいには私は歳を食っている。
「ところで、初対面だと思いますがどなたさまで? ここどこ? ご用件は?」
『ああ、うん』
まずそこを突っ込まなかったあたり、やっぱり私も少しは動転しているんだろう。目の前の人物はひとつ頷く。
『僕はいわゆる神様。貴女の世界のじゃなくて、異世界のね。神様というより創造主かな? ここは僕が、死んでいく貴女を一時的に保護するために臨時で作った空間。用事はっていうと、僕の作った世界に生まれ変わってみる気はない? ってことなんだけど』
そして懐に手を突っ込むと、四角くて薄い物を取り出した。
――え。
『世界をつくるときにね、ちょっと気が向いてこっちに遊びに来てたらこれを見つけて……』
何の変哲もない大学ノート。しかし。
――そ、それは。まさか……!
『面白そうだからこれを世界設定のテンプレートにしたんだよ。せっかくだから貴女を招待しようと思って来たら飛行機分解する瞬間でね。慌てたねー』
表紙に「世界設定」とか書いちゃった大学ノート!
『自作TRPGっていうの?』
「いやああああああぁぁああああぁぁ!!!!??」
やめてええ! 私の黒歴史をほじくり返すのはやめて!!!




