16.魔法使いはしばしば情緒不安定
「なんでえぇ? なんでできないの? なんで! なんで!」
頭痛をこらえながら宿舎の庭に行くと、案の定ポーリンさんが泣きわめいていた。アイエエ……。
「どうしてー! 私才能ないの? なんで! なんでえええぇぇぇ!」
「――ポーリンさん」
小声で呼ぶと彼女の首がぐりんっと回ってこっちを向いた。怖い。
「りゅーなーちゃああああぁぁん!」
そして私を認めると飛びついてきた。げふ。
「『爆熱弾』がね使えないの何回やってもできないのどうしようこれから私才能ないのかなあがんばって練習したのにこれじゃあダメダメだよどうしよう私才能が」
「落ち着いてください」
というか、むしろ今成功しなくてよかったです。こんな街中の庭先で『爆熱弾』とかとんでもない話だ。本気でテロと間違えられても文句言えないよ。何で止めないのかと追いかけてきたベニートさんに思わずジト目を向ける。
「攻撃魔法は絶対に使うなって言ったんだが……」
聞いてなかったのね。もういっそ仕事以外は杖を取り上げた方が良いんじゃなかろうか。
はあ。戦闘中は普通にカッコいい魔法使いなんだけどなあ。魔法以外のことは本当にからっきしなんだからもう……。まあ、ある意味魔法使いらしいとはいえるかもしれない。魔法にのめり込み過ぎて頭のネジが怪しいエキセントリックなキャラ、というのは前世の色々なフィクション作品にもよく登場していたが、こちらの世界でも割と一般的な魔法使いのイメージではある。
私よりずっと年上のくせにぐすぐすと子供のようなポーリンさんをぶら下げて、私は庭から宿舎の室内に入った。
居間でお茶を出してもらい、ポーリンさんがそれを呑んで落ち着きを取り戻そうとしている間に私は部屋から例の書付けを持ってきた。書くのは全部終わっていたが製本がまだの状態だ。本当は別れ際までに完成させて渡すつもりだったが、彼女がここまで思い詰めているとなると。
とりあえず友人がフェルメランの皆様にご迷惑をかける(というか街中で爆発って犯罪者じゃないですか……)前にどうにかしよう。
居間に戻り、彼女の隣に座ると、またしても彼女の首がぐりんっと私に向いた。だからやめてください。
「リュナちゃん」
「はい」
「私、『爆熱弾』が使えないみたいなの」
それはさっきから聞いています。
「それなんですけど、この」
「私、これじゃパーティに貢献できない」
書付の説明をしようとしたが彼女は構わず続ける。
「いや、呪文一個でそんな大げさな。第一ですね、魔法には」
「パーティに魔法使いはさすがに二人も要らないよね。私の方が足手まといだし」
「んなわけないでしょう。っていうか私話しましたよね? 私フェルメランに残りますよ、第一…」
「だってもう私、リュナちゃんに追い抜かれちゃってるもん」
「いやいやいやいやいや」
なんでそうなるのか。少なくとも現時点では彼女の方がよっぽどたくさん呪文使えるし技能のレベルも高いよ!? 私、セッション一回か二回かしかこなしてないキャラですよ? なんでそうなる? っていうか話を聞け。
「私、こないだ冒険者になったばっかりですよ? 『炎の矢』も使えませんよ? ポーリンさんのほうがよっぽどベテランだし強いでしょう?」
「だって……」
またしてもぐずり始めた。ひたすら根気よく話を聞く。なお男衆は居間の反対側の隅に逃げていた。ちっ。
魔法使いの適性のある人はたいてい、能力値の数値的な意味では知力が高い。が、それは必ずしも世間一般のイメージで「聡明」とか「頭がいい」というのと同じではない。同じ魔法使いでも、何でもとことん理詰めで考える、という人もいれば、巫女っぽいというか神懸かりっぽいというか、浮世離れしたザ・霊感ってな人もいる。一長一短だ。
何が言いたいかというとポーリンさんの話がとりとめなさすぎて聞いてるのがツラいってことです。うん。
えーと。
まず、フェドーラ号であのカニやらタコやらにまったく魔法が効かなかった。そこでちょっと自信を無くした。
さらに目の前で私が初挑戦でカモメに見事に化けて飛んで行って皆の危機を救ったので、さらにちょっと自信が無くなった。
軍船内ではパーティ一同ほぼ完全に私に頼りっきりだったので、魔法使いとしてだけじゃなく年長者としての自信もだいぶ削れた。
そしてここにきてどんなに練習しても『爆熱弾』の呪文が成功しなかったので、決定的に自信が粉砕された。
――まあものすごく抄訳するとこんな感じでした。
そう言われましても! もうこうなったら説得して落ち着かせるとか無理なんで、ひたすら泣き言を聞き続けた。
これも修行、これも修行……ひたすらに相槌を打ち続ける。そう、私は相槌打ちマシーンと化すのだ。GM、これ精神力を上げる修行ってことにしてくれませんかね? 要するに経験値ください。良い笑顔で却下される未来が見えた。
「しっかりしてくださいよポーリンさん。ハベルスへの護衛の仕事受けたんでしょう?」
「うん……リュナちゃんはヴィオーラ様と一緒なのよね?」
いろいろ吐き出してようやくすっきりしたのか、何とか会話が成立するようになった。おそるおそるパーティの男性陣が近づいてくる。実はいいおうちの出身らしい無口なレイドさんがそっとお茶のお替りを差し出してくれた。有難うございます。ふう。
「そうですね。フェルメランの王都へ行って……あとはまあ成り行き任せですね。たぶん学校には入ると思いますけど」
「そっか……」
何となくしんみりした空気が流れた。実際には話は今のところあまり進んでいないがとりあえず彼女の感情の波がおさまったのでよしとする。ポーリンさん、感受性が高すぎて感情のコントロールに影響が出るタイプなのよね。感情の振れ幅が大きすぎるのは社会人としてはかなり不利なんだろうけど、その感受性の高さが彼女の魔法使いとしての特徴というか魔力の源泉というか。例えばモーツァルトに、品行方正な生活しながら作品だけは自由奔放でいろ、とか要求しても無理みたいなもので。つまり私にはどうしようもないです……。ベニートさん、頑張って手綱握っておいてください。
「で、ポーリンさん、これ見てほしいんですけど」
ようやく書付けの出番だ。ああ、ここまで来るのが長かった。




