14.ヴァモントのマルシェ
商業権の譲渡取引が終わり、私はお屋敷を後にした。フェルメラン上層部の難しいお話はこの後じっくり行われるのだろう。まあ私はヴィオーラ様や代官様の都合に合わせるだけだからね。
宿舎からこの屋敷には馬車で連れてきてもらったのだが、歩ける距離だったので、気晴らしの散歩も兼ねて徒歩で帰りたいと申し出てみたら、年配の騎士さんと騎士見習いのトランくんとが付き添ってくれることになった。アレクさんは打ち合わせ中だしね。たぶん断る方が面倒なことになりそうなので(軍船が停泊するくらいだからヴァモントって軍港の機能もあるんだろう。外国の民間人にうろつかれたくない区画もあるに違いないし)、素直に送ってもらうことにする。
「お疲れでなければ、少々回り道して行かれませんか? この時間でしたらまだ市も賑わっていると思います」
屋敷を出たところで、騎士さん(フラニスさんというそうだ)が優しい表情でそう言った。
「市、ですか?」
「近隣の農家の生産物や細工物などを売っています。軽食の屋台も出ているんですよ」
「トランは屋台が目当てだろう」
「ち、違います!」
説明を引き継いだトランくんをフラニスさんがからかう。うん、この年頃の男の子って、常にお腹すかせてるもんだからね……なんかもう二言目には腹減っただもんね十代男子って……。紺色の騎士見習いの制服に身を包んだ凛々しい少年もそこは例外ではあるまい。
正確な時計はないので日の高さや影の長さから推測するしかないが、時刻は十四時くらいだろうか。ちょうど小腹が空くころではあるし、外国の街並みにも興味がある。連れて行ってもらうことにした。
お屋敷の裏門から出てしばらくすると、近道ということで大通りから路地に入った。石畳の整備された道を歩く。見た感じ、道の左右に並んでいるのは大商人や貴族のお屋敷ではない普通の都市の市民の家だと思われるのに、建物も道も清潔だし、雰囲気も荒れたところがない。もちろん私のために治安のいい綺麗な場所を選んで通っているんだろうけれど。
「下水はどうなっているんですか?」
「おや、ご興味がおありですか? 地下に下水道が通っていますよ」
「……フェルメランはさすがに大国ですね」
なおこの世界では、トイレの後のアレとか残飯とかをそのへんに投げ捨ててよしとする習慣はあんまりない。毎日お風呂、とまではいかなくとも行水なりお湯で体を拭くなりで体を清潔にする習慣も定着している。もちろん地方色はあるんだろうけどね。
中世ヨーロッパ風のファンタジーなら「はい、ごめんよー」でばしゃー、が定番だろという人たちがいるだろうが、古代ローマには公衆浴場もあったし、下水どころか上水道もあったように記憶している。ヨーロッパがそこまでいろいろ無頓着になってしまったのはペストの流行とかキリスト教の縛りとかの影響だったはずだ、確か。私の世界ではそういった影響はなかったので、清潔に保つとか衛生状態をよくするという概念がちゃんと順当に残って発達したのだ。そういうことにしておいてほしい。垂れ流しとか耐えられない!
とはいえ、下水道を街の隅々(かどうかまではわからないけど)まで行き渡らせてきちんと保守できているのはやっぱりフェルメランの文化レベルの高さだろうと思う。脇道ですらこれなのだからやっぱりフェルメランはすごいな。アルバも開けた街だったけど、こんな裏まで整備されてはいなかった。まあアルバは今でこそ大陸との貿易の玄関口だけど、割と最近まで漁港だったらしいからね……。
「王都や、『学都』においでになれば、もっと驚かれるかもしれませんよ」
「『学都』? 魔法の学校のことですか?」
「何と説明すればいいのか……」
フラニスさんとトランくんが交互に説明してくれたところによると、フェルメラン王国の都は大河がフェルメラン湾に注ぐ河口付近にある。そして、学院は湾内の、王都に匹敵する面積を持つ大きな島まるまるひとつを占めており、学校と言いつつ街のようなもの、なのだそうだ。……確かにトレッガの学校とは全然違うだろう。
「そして、王都も『学都』も、神代の遺跡の上に建っている街なのです。ですからいろいろなものが整備されていますよ。現在ではどうやっても真似できないようなものも」
ベリザンドやウユローラたち、この世界を造った八柱の神々は、今この世界にはいない。いや、正確にいえばこの世界の中の、ちょっと別の場所に住んでいる。
私たち人間や普通の動物・植物はそこにはたどり着くことができない仕組みになっているし、神様たちも今はもう、普通の手段では世界のこっち側に来ることはできない。
けれど八柱の神々はかつて、私たちと一緒にこの空と大地の間に住んでいた、とされる。そのころは神様たちと直接お話ししたり、技術を習ったりということができなくもなかった。その時代を神代と呼ぶ。そして当時は神々の知恵や技術(純粋な技術の意味でも、魔法という意味でも)を借りて、とてもとても便利な生活を送っていたのだ。部分的には前世の二十一世紀よりも進んでいたんじゃないかというくらい。
けれどそれはもうずっとずっとずっとずっと……ずっと大昔のことだ。神様の力あってこそ運営できていたあれこれは、彼らがここからいなくなると同時に崩壊せざるを得なかった。壊れずに残っていたものも、かつてと同じようには動作しなくなってしまった。そのとき――神々が去ったとき――に、世界を動かす理も大きく変わってしまったからだ。
とはいえ、今でも時折神代の魔法技術の産物で、ある程度であっても動いて使えるものが見つかることはある。まあ、前世で言えば電気ポットとか扇風機とかミシンみたいな、あまり大げさでない機械とか道具なら、割とまともに使えるのがごくたまに見つかって売りに出される。単なる装飾品や家具調度の類であればもう少し見つかる頻度は高くなるだろう。神様パワーのたまものなのか、神代の品はやたらと保存状態がよいのだ。
この世界での冒険者は本来、そういった神代の遺品を探して遺跡に潜るトレジャーハンターであって、荒事系の何でも屋という側面は二次的に発生したものでしかない。まあ、何でも屋の仕事の方が圧倒的に量が多いからね……。
フェルメランの『学都』とやらがそんな神代の遺跡の上にあるというなら、いろいろ面白いものが見られそうだ。トレッガじゃなくてこっちに流れ着いたのは事故の結果だけど、私自身の人生を考えてみれば結構、良い巡り合わせなんじゃないかな。GMがどこまで計算してるかは分かんないけど。
路地を抜けてもう一度大通りに出る。そこはもう代官屋敷のある一角とは違って、商店や食堂、宿屋が軒を連ねる区画だった。雰囲気が全然違う。
「旬のロット茸、見て行ってよ!」
「冬支度用のタラの干物、北から届いたばかり!」
「いらっしゃいいらっしゃい」
私の耳に呼び込みの声が届く。通りのあちこちに、適当に箱なんかを積んで陳列台にし、棒切れに布を張ってテントにした仮設の店舗が並んでいる。わあ、と思わず声が漏れた。
「ほぼ一日おきに、朝から夕方までこのように市が立つのです。お気に召したようですね」
こういうのは見てるだけでも楽しいし、街の賑わいが懐かしい。フラニスさんが娘を見る父のような顔で笑った。
「この道を抜ければ宿舎に着きます。店を見ながら参りましょう。お好きなものがあればゆっくりご覧になってください」




