プロローグ R3FL⧉CT_0
P4TCHW0ЯK_W0R⧉D≪パッチワークワールド≫ にようこそ。
その日は見上げた空に柱が二つ重なる、とても珍しい日でした。
柔らかな風が渡る春の青空。雲一つない蒼空に吸い込まれるように、まっすぐに伸びる細い灰色の線が二本、重なるように見えてます。空を支えるとされる割には糸のような頼りなさで、先端はかすれて見えないほどの遥か上空へ伸び、一方で根元の方はというと、手前の青々とした木々の枝葉に阻まれ見ることはできませんでした。以前見たときは地平に吸い込まれるほどの距離でしたが、あの時にみた柱の太さとさほど変わっているようには思えません。
本当にその名の通りに柱ならば、単純に距離や地面へ近づくにつれて太く見えて行くものだと思うのですが、一定の太さを維持して地面へ続いています。根元への距離がとんでもなく遠いからかもしれませんけど、そもそも柱ですらなく、空に走るただの筋という事もありそうです。世界中で遠距離で確認された報告があるくせに、その根元に誰も行ったことが無いのだから、何が真実がわかりません。
こういう詳細不明なものをあまりまじめに考えると、頭が痛くなりますのでお勧めいたしません。この空の柱については、一般的に言われているように見つけるといい事がある縁起物の類とするのが一番です。脳に回す貴重な糖分はもっと別の事に使いたいところ。例えば、積年の問題をどうするかとか。
「高い場所に登れば、何か見えると思ったのですけどね」
呟き、深呼吸のようにため息をつく少女が腰掛けているのは、落ちたら無事では済まないそれなりの高さにある何の変哲もない木の板です。
構造物から飛び出した板、ではなく、空中に浮かぶ板。支えなんてなく、静止しています。彼女の周囲には他にも地面が破裂し、その破片が空中で時間が止まったかのように固定されている、土の塊や金属の構造物、あるいはその破片が、登るための道とばかりに螺旋状に並んで浮かんでいました。
空の柱しかり、こういったものを奇妙と思えるならば、辺りの景色もずいぶんそう見えるでしょう。
かつての文明を支えた四角い建物群。五から六階層ほどだったと思われるそれらの建物の多くは巨大に成長した木々の枝や根に蹂躙され形を保っていません。おまけに砕けた上部の建物は斜めになりながら空中に浮かんだまま。それもふわふわと浮かぶというよりは、縫い留められたように微動だにしないのです。
黒く塗り固められたアスファルトなる地面はひび割れ、場所によってはそれこそ地下から爆発したように吹き飛ばされ、その破片もやはり空中で浮かんだままになっています。スプーンですくったような丸く空いたクレーターはそこかしこにありますが、その断面はついさっき出来たような綺麗なものでした。
劣化した道路は不規則な距離で断裂。点在する錆びついた箱は知識なしにかつての用途を見出すことは難しい有様です。浮いた文明の残骸、ぼこぼこの地面。その中を平気で飛び回る小鳥達。建物が健全だった頃の住人が見たら頭がおかしくなってしまうかもしれません。でも、そんな景色を一望できる空中の板切れに腰掛ける少女にはこの世界こそが日常なのです。そんな彼女の容姿は、きっと景色に比べればずっとまとも。少なくとも、現在では人と呼ばれる種族で伝え聞く人間の容姿にとても近いのですから。
華奢で小柄な体つきは身軽さを体現しており、あどけなさの残る顔立ちは整っている方だと評価できると思います。白いシャツの上にはフード付きの深緑のショートジャケットを羽織り、下半身は裾を大胆に切り落とした形の短いズボンを合わせております。腰に巻いたベルトには大きなポーチがぶら下がっていて、白い飾り布が前開きの短いスカートにみえなくもないです。空中になげだした細い足には金縁の黒の長いソックスと軽量でも無骨さのあるブーツ、かさかさの携帯食を口に運ぶ手には細い指の出るグローブをしていて、外観を総合的にまとめるとフィールドワークに出てきた技術者といったところ。
肩のあたりに届く長さの髪は骨色をしていて、技術者らしく頭に乗っけたゴーグルのすぐ近くにはピンと張る一対の黒いウサギの耳。細い腰からは空中に垂れてゆらゆらと揺れる、短い黒色の毛に先端まで覆われたしなやかで長い尾が生えております。持ち上げれば自らの身長を超えるほどの長さのそれは、今は空中に垂れ下がって左右に波打つような動きでご機嫌に揺れておりました。
愛らしい顔立ちに輝く琥珀の瞳は宝石のようですが、縦に引き絞られた虹彩は不気味さも孕んでいます。でもそれもまた彼女の魅力。崩壊した世界でも余裕しゃくしゃくと景色を堪能する姿は画角次第で絵画にでもなってしまいそう。そんな魅力的な少女はウサギと竜のキメラで、名は『イコナ』といい、驚くことに私の事なのです。なんと素晴らしい事実。あふれ出る魅力を無差別に振りまいて一生を面白おかしく過ごしたいですね。
「そんな客観的な視点で自己肯定感を上げてみても現実というのは微動だにせず、問題に対してなんの進捗もないのでした」
すっかり癖になった独り言によって一気に現実に意識は引き戻され、がんばって高所に登った苦労が意味をなさなかったがっかり感を思い出してしまいます。ご機嫌だった尻尾も揺れるのを忘れて墜落。徒労、無駄骨、無為なんちゃら。唯一得られた虚無感は何かご機嫌になるモノで誤魔化したいところ。その辺の廃墟で宝探しでもしようかしら。
さく、といつ製造されたのか不明な塩気しかしないクラッカーの破片をぼろぼろこぼしながら口に運び、透明なだけの雨水を汲んだ水筒で流し込みます。衛生面を考えるならば煮沸くらいするべきなのですけど、このぐらいでお腹を壊していた自分はとっくの昔にいなくなってしまいました。同時に食事に対する執着も不満も無くなってます。口に入ってそれなりにお腹が満ちればいいかな、と思う今日この頃。
嘘です。本当は温かい作りたての食事とか、甘いものとか、味のついた飲み物とかが恋しい。お気持ち程度の塩気のクラッカーや保存性だけを優先しているような脂漬けの缶詰にはもう飽きてます。お茶の葉の缶が空っぽになったのは何週前だったか。デザートの缶詰を見つけて狂乱鼓舞し、泣きながら味わったのはいつだったかも思い出せない。荷物に紛れてるとりあえず回収だけしている中身不明の缶詰がごちそうであってほしい。とりあえず中身が腐ってなければそれだけでありがたいと思える、そんな生活に慣れた自分がなんとも哀れです。
「今回も、コロニー到達は難しそうですかね」
食べ終わったクラッカーの包みをぽいっと捨てると、重力に従い足元の地面のクレーターへと落ちていきます。底なし、というわけではないですけど、スプーンで抉ったばかりに見えるその場所は断面に露出したパイプからとめどなく水が流れ込むというのに空っぽのままのクレーターです。水と同様に落ちた包みも底に触れた瞬間に消えてしまいました。
「ごみ捨てが簡単で大変よろしいですね」
怖いとかひやひやするよりも、そんな感想が浮かんでしまうくらいには、私も大概おかしいのやもしれません。
世界というやつはこれでもかと言わんばかりに崩壊していて、危険に満ちている。
特にこの『パッチ』と呼ばれる領域は格別に壊れてる。しかもこれでもまだマシ。安定してる方なのだから世も末ですね。なんて、終末まで秒読みのまま停止している景色を見ながら思ってみたり。
「秒読みどころかとっくに終わって、新しい世の中というやつになってますけどね」
水筒だけを片手に、ひょいっと板から飛び降ります。飛び降りた先は平らな地面の破片で、アスファルトに旧時代の数字が大きく書いてあります。きっと世の中を上手に制御するための決めごとか何かでしょう。
少女が飛び降りてもびくともしない地面の次は、梯子のように斜めになった横倒しの柵。梯子のようでも梯子ではなく、軽くとも硬いブーツと相性が悪くて歩きにくいものでした。それでもしっかりとしていて、小柄な体格な私が歩いた程度ではぐらつきもしません。
次はトタンの端材。その次は道を区切ってたブロックと地面に近づいていき、螺旋をもう一周させられそうだったので、一思いに飛び降ります。
地面に降りた瞬間、重心が大きくずれました。ずれたというか、崩れたというか。ぼろっといきました。
「はいっ?」
間抜けな声が出ても仕方ないですよね。だって、空中に浮かんでるあれこれがびくともしないのに、クレーターの縁のアスファルトが着地の衝撃で崩れるなんておかしいですもの。弱すぎです。
都市の壊れ方を見れば、地面が崩れそうなことくらいはわかりますけどね。経年劣化しているのは誰が見てもわかること。でもおかしいです。この時代に生きるこの私の感覚こそが正常ですので、文句や正論は受け付けません。
理不尽さと後悔と焦りとなんか色々な事が一瞬で脳裏を駆け抜けていきますが、愛しの体がクレーターへと飲み込まれていく前に生存本能が伸ばした手がギリギリ、地面と水平の高さにあった浮いている木片を掴みました。直後に感じたのは、投げ出された体の浮遊感と、腕、特に手や指先にかかる自分と装備の重さ、振り回されたことによる遠心力です。
崩れていった地面はクレーターの斜面に触れて細分化された瓦礫となり、だけど音を立てずに中心へと吸い込まれるような動きで転がり、ふっと消えます。それから一呼吸したころに、ガラガラと音が聞こえて、さらに二回、まったく同じ音が聞こえました。音は聞こえるのに像が結びつかない、慣れてないと混乱しそうな状況に、自慢のウサギ耳が痙攣するようにぴくぴく動いてしまいます。
「うーん。地面よりも静止しているアノマリー現象の方が信頼できるとは。パッチあるあるですね!」
余裕ぶっていますが、揺れながら片手でなんとかぶら下がっている状態。揺れを抑えるべく本人の意思とは別に振られる尻尾がバランスを取ろうとしていますが、既に腕が震えております。せめて両手で掴まろうとしますが、この信頼できる木片、片手で掴めるぐらいの大きさしかありませんでした。
あれ、やばいですね? ウサギと竜のキメラであることは私の自慢でもありますが、竜のような力があるわけではないんですが?
「あ、いや、嫌ですよ! 高いところから眺めたらいいもの見つかるかなーとか、コロニー見えなくても探索し甲斐のある建物ぐらい見つかるでしょとか、そんな浅はかな考えで登ったあげくこんな終わり方なんて! 冒険心はキメラを殺すのでしょうか! イコナさんの冒険はまだ始まったばかりです!」
軽率な思考と勢いで行動した結果、命を脅かす事になるなんて! これだからパッチは恐ろしい! か弱い少女がお散歩感覚で進む場所ではございません!
この手のピンチは実は何度も経験しています。私の日常というやつ。過去の経験からするとマシな方でしょうか。とはいえ、毎度焦るものです。焦る中、ぬぅっと伸びてきた手は見覚えのあるものでした。
「ひぃ! 毎度すみません!」
私の華奢な胴体を、大きな手が片手で優しく掴みます。しかも生えている指は硬く鋭い黒い爪です。
黒いのは爪だけではないです。小さな羽毛か、立ち上がった鱗にも見える光を吸い込む黒い体毛。黒塗りの影が立体的に起き上がったような大きな化け物ですが、長い首の先にある六つの目玉だけが白く、赤い瞳でこちらを見ているのです。
掴んだままの姿勢で、六つの目でじっとこちらを見ると、やがて瞬きと共に四つ、二つと目が減って、最後は細めて緩慢に動き出しました。
クレーターから離れ、地面に置いていた荷物のそばにそっと下ろされますが、なんだか視線が痛く感じます。この子に感情とかそういうものは無いと思うんですけどね。
「へへへ、ありがとうございます……ほんと毎度助かってますよ。あれ、まさかと思いますが、呆れてます?」
一対になった細い目でじっとこちらを見つめる生き物に問いかけますが、首を振ることもしません。
言葉が通じない、観察されている感じです。本当にただ見られてるだけ。
大きさは今のように背中を丸めた姿でも室内では天井に頭が届く大きさでしょうか。爪の生えた巨大な前腕を持ちますが、後ろ足は犬か猫のような生き物を思わせる形状。足先はやはり鋭い爪が生えています。尻尾は六本、鳥の飾り羽のような形状をしています。あまりにも黒く距離感がおかしくなるお腹の部分は体毛の向こう側に小さな星屑のような光が不規則に揺れ動き、眺めていると真っ黒に消えてしまいます。陽の光を飲み込むからか、落ちる影は他よりも濃く墨のよう。そこから湧き出たと言われても納得してしまうところ。
一見すると黒い塊。頭には後ろに倒れた角か耳のような突起があり、黒塗りで分かりにくいですがなんとなくウサギっぽいような気もします。私とお揃いですね。形が全然違いますけど。
変な生き物。生き物ですらないと思います。何かの現象とか法則とかが偶然、生き物の形をしているだけなのかも。この子に関しては私の命を助けたり、私が困っていることを手伝ったり、危険だらけのこの世界で私にとても都合がいいありがたい存在です。もしやイコナさんは世界の法則に愛されてるのかもしれません。気のせいかもしれませんけど、そうであってほしいですね。
この生き物、リムって呼んでいるんですが、彼はのそりと動くと、地面に置いたままの私の荷物、旅のあれこれが詰まったそれなりに大きな鞄をひょいと摘まみ上げ、緩み切った肩ベルトに頭を通し、胸飾りみたいに胸元にぶら下げます。横向きになってしまいますが、傾いて困るようなものは入ってないので大丈夫。
彼は私の荷物持ち。彼と出会って私が慣れた頃に試しに鞄をひっかけてみたら、学習してくれました。よくわからない生き物ですけど、使えるものは使わないと生存が厳しい世界ですので、大変頼りにさせていただいています。
ちなみに積極的に荷物を持つ時はなんとなく、早くいこう、と急かされてる時か、私が先に進もうとした空気を読み取ってる時です。今回は後者ですね。謎の生物ですが、空気を読むのはとても得意なのです。イコナさんの中では運命とか読み解いてる説が有力。なぜならその方がロマンがあるから。
「行きましょうか、リム」
長く一緒にいてこれまでに害はなく、助けてくれる。邪険にする理由はありません。おまけにお腹周りの体毛はとても柔らかく寝心地が良いのです。
名前を呼んでも反応なんて無いですが、空の柱が見えた方角へ歩き出した私の後ろを、大きな両手を地面につきながらゆっくりと付いてくる姿は、その巨体も相まってなかなかの頼もしさ。今ではかなり愛着があります。
しかし、パッチ領域内は歩きながら巨大謎生物に癒されている暇なんて無いのです。
クレーターに落ちた際の危険はすでにご存じの通り。荒れた地面は歩きやすさなんて皆無です。何か変な事があったら危険なアノマリーが潜んでる証拠。突然地面が爆発して衝撃だけを受けて吹き飛ばされたり、軽率に蹴飛ばした空き缶が微動だにしなくて足首を痛めたり。小鳥だと思っていたものがなんか違う化け物だったり。ちなみに全部経験済み。
太い木の根をまたいで超えると、隆起した一帯の地面がほんのり上り坂になってました。相変わらずアスファルトはぼろぼろに劣化していて、ひび割れから草花が生えております。
壊れた機械が詰め込まれていた錆鉄の箱の横を通ろうとしたとき、不意に上半身だけがその場に取り残されてしまいました。
「ぐぇ」
ジャケットのフードを後ろから引っ張られて、下半身だけが先行し首が締まってしまったのです。
何をするのかと器用に私のジャケットのフードに爪をひっかけていたリムに不満をにじませた視線を投げれば、四つの目で鉄の箱のすぐ脇を見ていました。彼が一か所を注視する際はそこに意識を向けるべき何か、特に危険があるという事。
彼の視線の先をよく観察すると、透明な、光を反射する何かがいくつも浮いてます。それは、割れたガラスのようです。
地面から水平に、私の首の高さにあったガラス片。砕けた、というよりは、破片の形に切り取られたか、成形しなおしたような違和感。試しにかがんでみると、破片は私の首の高さに合わせて音もなく上下するのです。このまま進んでいたら、想像するだけで首元がむずがゆくなる事態が現実になっていたかもしれません。よく見れば首の高さだけでなく、腹部にも、胸の高さにもある。細かいのが目の高さにあるのも見えて、悪意の塊って感じです。
「これだから都市型のパッチは」
パッチにはいくつか種類があるものですが、旧文明を模した廃墟型のパッチは経験上一歩間違えれば大けが、悪くて即死な超常現象が多い傾向にあります。その分状態のいい物資も多いですね。
様々な形で見られる超常現象や現象を引き起こすモノをアノマリーと呼んでいます。制御するのは難しく、回収して利用できるのはほんの一部。それですら何がきっかけで暴発するかわかりません。
ちなみに友好的に見えるリムでさえ、トリガーがどこにあるのかわからない、なんて肝を冷やしながら過ごしたのは最初の一か月だけでしたね。今のところ、私に対して攻撃的な態度をとった事なんてないです。最近は多少大胆に触れ合ってたり。
鉄の箱を避けるために、大きく迂回。建物の影から何か飛び出してくる可能性を考慮しつつも斜面を登りきると、登ってきた高さをそのまま崖にしたような段差にぶつかります。飛び降りるのはちょっと危ない高さです。
断層のようになった崖は幸いなことに断面を縫うような形で木の根が突き出していて、滑らないようにすれば大した問題でもなく、安全に降りることができました。地面は相変わらず水平という言葉を忘れてしまったようですが、下に降りるとなんとなく空気感が柔らかくなったのを肌で感じます。
辺りを見回しますが、浮いた建物の瓦礫や、歪んだ地面は変わってません。建築様式や植物の大きさもそれほど変わってない。ただ明らかに、さっきまでその辺にたくさんあったクレーターは一つもありませんでした。その分、浮いた瓦礫も少なく視界が広い。
それに、鳥類の声がよく響く静けさ。遠目には鹿……たぶん鹿のような生き物もいます。なんにせよアノマリーの密度が明らかに薄い。現実的な景色に寄った印象。
「これはもしや、当たりでは?」
段差などものともせずに崖を静かに伝って降りてきたリムの顔を見ますが、やはり何も答えない。しかしよく見ると、少しだけ首が先にある建物の方へと向いていることに気が付きました。この子が私以外に視線を向ける時は、興味を向けるべき何かがある時です。私は彼が運命を読み解いてる説を推しておりますので、探索して損はない。
二階以降が盛大に巨木に飲み込まれた多層階の建物。その一階部分は、悪くない状態でした。少なくとも、瓦礫や巨大な根で埋まってはいない。
周囲や歩く先の警戒はそのままに、建物に近寄ってみると、そこはこの数日で何度か見た旧時代の物資の販売所のようでした。もちろん廃墟の。
並んでいた棚は斜めになったり、倒れていたり、崩れていたり。どれもまともとは言い難い姿。
外れてぶら下がった照明器具も、壊れたカウンターやよくわからない機械も、沈黙を貫いてます。
アノマリーも無ければ、大した物資も無し。床に転がったラベルのない缶詰。劣化した紙。棚にかろうじて並ぶは化石となった食品か何か。それにボトルが数本。匂いがしないのは腐ったものが風化するほどの年月が経っているからです。
店内に入り、比較的きれいな物資、転がった缶詰の一つを手に取ってみます。プルタブが無い、のではなく、下半分だけの缶詰。底側と底側がくっついている変異した物資。浮いた錆やへこみの位置まで上下で鏡映しです。パッチ特有の現象として存在が歪んでしまっているモノ。外れ品。がらくたの中のがらくた。価値というものが無い。中身、食べ物ではないでしょうね。開けた時に生きた虫がぎっしりとか、想像しただけで胸のあたりがもやっとする。釣り餌としてだったら、なんて考えが浮かびますが、開封時に削られる精神的なアレコレを考えると、その辺の地面を掘ってミミズを探した方がいいですね。
建物の奥へとつながるドアは木の根に塞がれてます。めぼしい物資はそういう奥にこそ沢山あるのですが残念。時間と労力を使い木の根を除去してまで得られる物はないでしょう。
少なくとも物資の補充は叶いません。しかし得られるものはありました。床に。
「リバインドが起こると、この手の遺跡というのは少なからず健常な物資が必ず『湧く』ものです。しかし残ってる保存食は全部歪んでるものだけ。アノマリーが店内に発生していないとなれば、誰だって回収はできるだけしますよね。それこそ何度往復してでも」
積もった埃に残された足跡、たくさんあるように見えます。でもよく見るとそれはすべて、同じ足跡でした。もちろん、私のものではないです。
二つに割れた蹄のような形状の靴跡です。どう見ても自然の動物の足跡ではない。キメラ種で下半身に特徴が出る人は一定数存在します。
つまりこの建物はすでに誰かによって物資を回収された後だという事。本来であれば、それこそパッチに潜ってめぼしい物資を集めるワーカーにとっては先客がいたという意味で外れですが、私にとってこれは当たりも当たり、大当たりです。探していた物と言ってもいい。
「ワーカーが通える範囲にコロニーがありますね! こうしてはいれません! 次のリバインドまでになにがなんでも居住地をみつけなければ!」
嬉しさ余って思わずぽいっと缶詰を後ろに放ってしまいます。その瞬間、外からのぞき込んでいたリムの顔、六個の目が大きく見開かれました。怖い。ひゅって思わず息を短く吸い込んじゃいました。
生存本能再び。私の体は本人が理解するよりも先に頭を低くし縮こまり、素敵なうさ耳を抑えるように頭を庇います。直後、バァン! と破裂音が背後で響き、音にビビって尻尾の毛も爆発。さっきまで頭があった場所を超高速で物体がかっ飛んでいきました。
一呼吸もしないうちに遠くでこぉん、ころころ、と間抜けな音が聞こえ、砲弾のように飛んで行ったものは私が放った缶詰だったと知ります。
恐る恐る顔を上げると、リムの見開いていた目がゆっくりと閉じていき、細めた二つに戻ります。危機は去ったと。
「こ、こわぁ……」
爆音に心臓が早鐘を打ってました。何があったのかと振り返ると、爆発が起こったと思わしき場所は何か液体が飛び散ったような形で、濡れた場所が全部、鏡になってました。
そこに写るウサギ耳の少女は顔が青ざめてます。こんにちは私。いったい何をやらかしたんですか? 缶詰を放った? なんて愚かな。
混乱したまま鼓動が元に戻るのを待っていると、じゅるりと音がして、鏡の色をした液体が波打ち、棚の方へと集まっていきます。
細かな破片となっていた容器も一緒に元の位置に戻っていき、やがてそれは旧時代で流通したとされる一般的なボトル飲料の形へと復元されました。手に取りやすい細さ、開封に便利なキャップが付いてるあれです。
ラベルも残ってます。ただし、現代の言葉に近いもので。
『R3FL⧉CT_0』
リフレクト・ゼロ。一部文字が変異して欠損していましたが、私にはそう読めました。
世界が壊れ、歪んだ際に巻き込まれた旧時代の飲料。一体何がゼロなのかはわかりませんけど、飲み物のふりをした爆発物。先ほどの缶詰よりも激しく変異したアレは、内容物が液状の鏡になっているようです。復活する、という事は罠型のアノマリーです。
復活したアノマリーは、静止しています。今わかっているのは、衝撃が加わると起動する、罠のような性質。放っておけばなんてことないです。ですが、このまま放っておくのももったいない。
危険です。わかってます。先を急いだほうがいいことも。でも好奇心、抑えられない。恐怖をねじ伏せてました。本当にただの爆発する類の罠型アノマリーですかね。
「ねぇリム。これ、持ち帰れると思います?」
わくわくが抑えられず、笑顔で振り返ると、リムは興味なさげに床に落ちていた物資を爪でつついていました。体の大きな彼ですが、実は主食はガラクタ。好き嫌いはあるらしく食べる物は限定的です。今回もアノマリーに反応して視線を向けていたのではなく、ご飯がありそうだから行こうって促してたんですね。そんな気はしていました。
埃も散らばっていたガラクタも吹き飛ばされているくせに健全な状態の棚の前へ、慎重に近づいてみます。破裂、無し。恐る恐る手を伸ばして、触れそうなところでもう一度リムを見てみると、相変わらず床のガラクタに興味津々でした。本当にやばいものなら、引き離そうとします。彼は私の保護者なのです。
「てい」
ボトルを指先で軽く小突いてみますが、触れる直前に指が弾かれます。厳密にははじかれる、というか真正面から同じ力で正確に指で小突かれたような感じ。
今度はそっと触れると、ほんのわずかに、ボトル側から押し返される圧力だけを感じました。さらに掴もうと力を加えると、少しだけ容器がぺこっと音を立てて全体的に膨らみます。
おそらく、跳ね返そうとする力が一定を超えると、容器自体が耐え切れなくなって爆発するように弾けるのでしょう。予想では、液体そのものは同等の力で押し返す程度の反発力しかないと思われます。液体の密度が高すぎて反発力がおかしな方向に作用しているのかも。なんにせよ、ただ爆発すだけの罠じゃない。
優しく扱う分には破裂はしなさそう。握ると違和感がすごいので、両手で包む形で恭しく持ち上げると、変形もせず、とても安定していました。
外まで運んで、空に掲げてしまいます。
「リフレクト・ゼロ回収成功です!」
正式名称は不明ですけど、ラベルに書いてあるのでそう呼んでじゃました。
パッチ内部で散見されるアノマリー。異常現象の中でも回収ができるのはごく一部で、こういうのを特にリマナ、と呼ばれます。
リマナはこの世界ではアーティファクトなる貴重な道具に加工できる可能性を秘めており、かなりの高額で取引されます。探索を主とするワーカーにとってのお宝。大当たりですね。
ちなみに、リマナの共通点として、見つけた場所から持ち出すと暴発から復元される能力というのは失われ、同時に宿っている性質も若干弱くなります。安定する代わりに次に暴発したらそれで終わりという事。
「ふふふ、これでまたコロニーに帰った時のお楽しみが増えましたね。さぁリム、これを丁寧、丁重に鞄に保管しますよ!」
手持ち鞄から布切れを取り出し厳重にぐるぐる巻きに、リムが姿勢を低く、体をひねって鞄を正しい向きにしてくれたので、丁寧に収納。大鞄の中はだいぶガラクタが多いです。今夜あたり整理が必要ですね? 食料缶は少し減らしてもいいかもしれませんね。
大鞄の留め金をしっかり止めて、柔軟体操をしているみたいだったリムの姿勢が戻っても鞄は破裂しません。破裂してもまぁ、リムなら大丈夫でしょう。この子が負傷したところは見たことないです。
鼻歌混じりにご機嫌でお店を離れます。リムも口によくわからない、カウンターにあったガラクタをくわえてました。一抱えほどの何かの機械、ですかね。どうせ見ていないうちに食べられちゃうのでどうでもいいです。
「いやー最近のワーカーは漁りが甘いですね。危険に近寄らなければお宝というのは手に入らんのですよ。まぁ、イコナさんはパッチの中で生活できちゃうぐらいのプロで特別な技術者で竜の混じったキメラなので、凡人なワーカーさんには真似できないか!」
ふっふーん、と誰かいたら自慢したくなる気分。これで後は人の住む地域に無事に出られれば完璧……なんですけどね。
歩き始めてすぐ、違和感に気づきました。
やや斜めになった広い道路。右手に高低差のある崖が続く、私がいる場所とは反対側に、何やら人影が倒れております。
人。つまりキメラ種です。うつぶせです。遠目で見ると、黄色い髪、ふさふさの尻尾と、下半身がずいぶん獣っぽい。犬ですかね?
すばらしい。なんと幸運な。空の柱の幸運の噂は本当ですね。今度から見つけたら無理をしまくってもいい結果が得られるでしょう。
ただ、問題がありました。致命的と言ってもいい。その人のすぐ近く、缶詰落ちてるんですよね。
ラベルのない、下半分と下半分がくっついた、存在が歪んだ缶詰。そう、少し前に私の手の中にありました、軽率に投げたあれです。リフレクトゼロの暴発によって砲弾と化してましたね。
旧時代の言葉、へっどしょっと、というやつですね。頭に命中! って意味で得点が高いらしい。やったぁ!
じゃないです。
「え、当たったんですか? 命中したんですか? 幸運効果で必中だったんですか!? 嘘ですよね!? お亡くなりになられてたりしませんよね!?」
血相が変わるとはまさにこの事。危険を顧みずに大慌てで近寄ると、相手はなんとか息をしておりました。ただし虫の息。
命中した場所がしっかりとわかります。額です。ど真ん中。赤くなってますもの。焦点のあってない目がぐるぐると回っております。
「しっかり! 誰が一体こんなことを! パッチを歩くときは前方に注意して突然の飛来物に気をつけましょうね!」
一瞬だけ、翡翠色の瞳がこっちに向きますが、たぶん私の顔に焦点が合う前に白目をむいてがくりと脱力。気を失ってしまわれました。
「見知らぬ人ー! くそぅ! こんな事をしたやつを絶対に見つけて見せますからね! 犯人捜しはどうぞ私に一任してください! 見事迷宮入りにしてみせます!」
空の柱は幸運の前触れ。それが二本も見えたら、とんでもないラッキーデイになるのです。
そして私はウサギと竜のキメラ。ウサギも古来より幸運の象徴らしいですね? 三つ揃ったらそりゃ、最強になっちゃいます。偶然で一人を仕留めてしまっても不思議はない。
気絶してるだけでしたけどね。
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